濁った茶会と守護の足音
魏影が天珠を「唯一無二の寵妃」として扱うようになってから、後宮の空気は一変した。
特に、大臣の娘である麗貴妃なる女は、面白くないようであった。
ある日、天珠を呼び出して「茶会」と称する嫌がらせを仕掛けてきたのである。
「あら、新しく入られた妃様は、ずいぶんと質素な装いですこと。山育ちの野良猫のようなお方には、この最高級の茶の香りは分からないかしら?」
麗貴妃が、取り巻きの女たちと扇の影でくすくすと笑う。
天珠の隣では、袖の中に隠れていた白ウサギが、ピクリと耳を動かした。
どうやら、主を馬鹿にされたことに腹を立てたらしい。
「ふむ、そなた。この茶を最高級と申したか?」
天珠が茶碗を手に取り、少し鼻を寄せると、そこには妙な薬草の香りが混じっていた。
どうやら、腹を壊す薬でも仕込んだらしい。
「……そなたの歌は、濁っておるのう。欲と妬みにまみれて、耳を塞ぎたくなるほどだ」
「な、なんですって!? この無礼者! 皆のもの、この女を捕らえなさい!」
麗貴妃が怒りに震え立ち上がった瞬間――。
屋根の上で欠伸をしていた使い魔のキツネが、ふっと霊力を放った。
すると、どうしたことか。麗貴妃が豪華な衣装の裾に足を取られ、まるで操り人形のように派手に転んだではないか。
それだけではない。庭の草むらから、天珠の使い魔である熊……の子供たちが、わらわらと這い出してきた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 熊!? なぜこんなところに!」
女たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、袖から飛び出した白ウサギが、テーブルの上の菓子を素早く奪い去る。
さらに、キツネの幻術によって、麗貴妃たちの目には庭の池から巨大な龍が現れたように見えたのであろう。
彼女たちは腰を抜かし、泥だらけになって這いずり回った。
「あらあら、賑やかな茶会よ。そなたらの『歌』は、悲鳴の方がまだマシかもしれぬな」
天珠が悠然と茶を飲み干したところ(もちろん、薬の成分は神の力で消した)、そこへ騒ぎを聞きつけた魏影が駆け込んできた。
「何事だ! 天珠に何かあったのか!」
泥だらけの妃たちと、涼しい顔で座っている天珠。
魏影は一目で状況を察したようで、膝をついて震える麗貴妃を一瞥もしなかった。
「……俺の愛しき妃に、無礼を働いたのは其方たちか。後宮の秩序を乱した罰として、しばらく閉門を申し付ける」
「陛下! お待ちください、この女が怪しげな術を……!」
「黙れ。俺の耳には、彼女の清らかな調べしか聞こえない」
魏影はそう言い放つと、天珠の肩を抱き寄せ、守るように連れ出した。
背後では、キツネとウサギが「ざまあ見ろ」と言わんばかりに尻尾を振っている。
寝殿に戻ると、魏影は少し困ったように眉を下げて笑った。
「其方なら心配ないと思っていたが、やはり目が離せぬ。……少しでも俺の側を離れると、何かが起きてしまうな」
「ふふん、あのような小娘、妾の使い魔だけでも十分であったわ。……だが、そなたが助けに来た時の『足音』は、なかなか力強くて良い調べであったぞ」
天珠がそう告げると、魏影は耳を赤くして、より一層強く天珠の手を握りしめるのであった。




