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第9話 聖女の懇願と、鬼教官の診断と、泥遊びの課題と

「聖女様、なりません! こ、こいつはあの『ハズレ師匠(・・・・・)』ですぞ! 聖女様が師事するような男では断じて……」


 俺は団長の狼狽を無視し、目の前の聖女をじっと見つめた。そして俺のゲーマー脳が高速で回転を始める。


(聖女セレスティア。原作ゲームでの彼女の性能は……確か初期ステータスで【聖魔力】がカンストしている代わりに、【魔力制御】のスキルレベルが1という極端なピーキー仕様だったな。ゲーム序盤ではそのせいで回復魔法【ヒール】が暴発して【ハイパーヒール】になり、回復対象が許容量オーバーでダメージを受ける、なんていうネタ仕様があったはずだ)


 つまり彼女の悩みはゲームの仕様そのものだということか。

 そして原作では彼女はこの問題を、とあるサブクエストをクリアすることで解決する。そのサブクエストとは……。

 よし見えた。

 俺はゆっくりと口を開いた。


「……貴様の器は確かに溢れている。面白い。その壊れかけの器を俺が修繕するに値するかどうか。少し、考える時間をいただきましょう」


 俺の言葉にセレスティアの顔がぱっと輝き、団長の顔が絶望に染まった。


 ◇     ◇     ◇


 結局、聖女様の強い希望というやつは騎士団長ごときの権限で覆せるものではなかったらしい。

 翌日、俺はセレスティアの臨時指導教官に任命されるという、悪夢のような辞令を受け取ることになった。


「いいかカイエン。万が一、聖女様のお身体に何かあれば、貴様の首だけでは済まんぞ」


 団長の脅し文句を背中で聞き流し、俺はセレスティアが待つという特別訓練場へと向かった。

 そこには純白の法衣ではなく、動きやすい軽装の訓練服に身を包んだセレスティアが緊張した面持ちで佇んでいた。その隣には護衛であろう神殿騎士たちが、敵意むき出しの視線を俺に向けている。


「マスター。本日から、よろしくご指導のほどお願い申し上げます」


 セレスティアが深々と頭を下げた。

 ……マスターか。リナに続き二人目だな。


「うむ。まず貴様の現状を正確に把握する。俺に向かって全力で【癒しの光(ヒール)】を放て」

「えっ……。で、ですが私の力は暴走します。マスターのお身体が……」

「案ずるな。俺が受けきれぬとでも思うか? それとも俺の指示が聞けぬと?」


 俺がそう言うと、セレスティアは覚悟を決めたように頷いた。

 彼女が両手を前にかざし祈りを捧げる。

 すると彼女の身体から、昨日リナが見せたものとは比較にならない純粋で、そして暴力的なまでの魔力が溢れ出した。

 まずいなこれは。

 原作知識で知ってはいたが想像以上だ。


「【癒しの光(ヒール)】」


 セレスティアの可憐な唇から放たれたスキル名は、しかしその威力とは全く釣り合っていなかった。

 俺に向かって飛んできたのは癒しの光などという生易しいものではない。全てを浄化し消し去ってしまいそうな、純白の破壊光線だった。


 俺は咄嗟に自身の魔力で障壁を展開する。

 バチバチと障壁が軋む音がした。

 数秒後、光が収まった時、俺の魔力障壁にはくっきりと亀裂が入っていた。


「……申し訳ありません、マスター」


 セレスティアが顔を青くして駆け寄ってくる。


「やはり私には……」

「なるほどな」


 俺は彼女の言葉を遮る。


「貴様の問題はよくわかった。力そのものではなく、その使い方……いや、力の『抜き方』を知らんのだ」

「力の……抜き方、ですか?」

「そうだ。貴様は常に蛇口を全開にしているようなものだ。コップ一杯の水が欲しい時に、井戸の水を全部ぶっかけてどうする」


 俺はセレスティアと、そして彼女を護る神殿騎士たちに向かって最初の課題を告げた。


「明日から一週間、神殿の務めは全て休め。そして城下にある孤児院へ行き、日がな一日子供たちと共に泥遊びをしてこい」

「…………は?」


 セレスティアがぽかんとした顔で俺を見つめている。

 彼女の後ろに控えていた神殿騎士の一人が、ついに堪忍袋の緒が切れたとばかりに前に進み出た。


「き、貴様、聖女様を侮辱するにもほどがあるぞ! 泥遊びだと!? それが指導だとでも言うのか!」


 まあ、そうなるよな。

 俺は激昂する神殿騎士を一瞥し、セレスティアに視線を戻す。


「いいか。魔法の使用は一切禁ずる。自分の手で泥をこね、自分の足で走り、子供たちと同じ目線でただ遊べ。それができぬのなら俺の指導を受ける資格はない」


 俺の言葉に神殿騎士たちは「もう許さん」とばかりに剣の柄に手をかけた。

 だがそれを制したのはセレスティア自身だった。

 彼女はしばらくの間、何かを考えるように俯いていたが、やがて顔を上げその瞳に強い決意の光を宿して言った。


「……わかりました。マスターの仰せの通りに」

「せ、聖女様!?」


 神殿騎士たちが悲鳴に近い声を上げる。

 セレスティアは彼らに振り返り、静かに、しかしきっぱりと言った。


「マスターには何か深遠なお考えがあるのでしょう。私はマスターを信じます」


 ……いや、そんな深遠な考えは一切ない。

 原作ゲームで【魔力制御】のスキルレベルを上げるためのサブクエストが、「孤児院の子供たちと遊ぶ」だった。ただそれだけだ。

 おそらく魔法に頼らず自分の身体を使って誰かと触れ合うことで、力の微調整に必要な感覚を養うという理屈なのだろうが。

 俺はそんな内心をおくびにも出せず、厳かに頷いた。


「よろしい。一週間後、貴様の変化を楽しみにしている」


 こうして聖女セレスティアの、前代未聞の奇妙な修行が始まることになった。

 俺はこれから起こるであろうさらなる騒動を予感し、またしても深いため息をつくのだった。

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