第8話 騎士団長と聖女と、面倒な尋問と
リナを治療室のベッドに寝かせ、俺は一人団長室へと向かっていた。
廊下ですれ違う騎士たちがぎょっとしたように俺を見て、足早に去っていく。彼らの視線には以前の侮蔑に加え、恐怖と、そして理解不能なものを見るかのような畏怖が混じり始めていた。
第四訓練場での一件はすでに騎士団中に広まっているらしい。
案の定、団長室には先客がいた。
騎士団長と、そして聖女セレスティアその人だ。
重厚な執務机を挟み、団長が猜疑心に満ちた目で俺を睨みつけ、セレスティアは興味深そうにキラキラとした瞳でこちらを見つめている。
……胃が痛くなりそうな組み合わせだ。
「さて、カイエン教官」
俺が部屋に入るなり団長が切り出した。その声には隠しきれない苛立ちが滲んでいる。
「単刀直入に聞く。貴様、あの娘に何をした」
「ですから先ほども申し上げた通りです。指導したまで、と」
「その『指導』の中身を問うているのだ。あの魔力量は異常だ。我が騎士団の歴史広しといえど、新人が一夜にしてあれほどの力を得たなどという例は寡聞にして知らん」
まあそうだろうな。
ゲームの仕様と隠しステータスを利用した、いわばバグ技に近い育成法だ。この世界の常識で測れるはずもない。
だがそれを正直に話すわけにもいかない。
俺は原作のカイエンがそうしたであろう通り、不遜な笑みを浮かべて答えた。
「俺は彼女が元より持っていた器の、枷を外してやったに過ぎません。才能の蕾を咲かせるのに一夜もあれば十分でしょう」
「……貴様」
俺の答えに団長の眉間の皺がさらに深くなる。
問答に詰まった団長に代わり、今まで黙って話を聞いていたセレスティアが澄んだ声で口を開いた。
「団長。彼の言っていることはおそらく真実です」
「聖女様……。しかし」
「私はこの目で見たのです。あの力の奔流が一点の淀みもなく、あの少女の内側へと収束していく様を。あれは暴走ではありません。完全なる『調和』です」
……調和、ね。
とんでもない勘違いだが、今はありがたく利用させてもらうか。
セレスティアは俺に向き直る。その神秘的な紫色の瞳が、俺の魂の奥底まで見透かそうとしているかのようだ。
「カイエン教官。貴方はどうやって彼女に『制御』を教えたのですか? 力とは得てして与えるよりも、抑えることの方が難しい。ましてやあれほどの力を……。神殿の秘術をもってしても数年の修行を要します」
きたか。
俺は内心で舌打ちしながら、口元に笑みを浮かべる。
「制御、ですか。些か認識が違うようですな、聖女様」
「と、申しますと?」
「力は制御するものではありません。理解し、受け入れ、そして解き放つもの。彼女は己の限界を知りそれを受け入れた。だからこそ力は彼女に応えた。俺は、そのための道筋を示したに過ぎません」
我ながら何を言っているんだか。
適当にそれらしい言葉を並べただけだが、セレスティアの瞳は感銘を受けたように大きく見開かれていた。
「理解し、受け入れ、解き放つ……。なんと深遠な……」
彼女が一人で納得してくれている間に、団長が我慢ならないといった様子で机を叩いた。
「戯言はそこまでにしろ、カイエン。貴様の指導法がどうであれ、結果として騎士団の秩序を乱したことには変わりない。今回の件、厳重に……」
「お待ちください、団長」
セレスティアが団長の言葉を遮った。
彼女はすっと立ち上がると俺の前に進み出る。そして誰もが予想しなかったであろう言葉を口にした。
「カイエン教官。どうかこの私にも、貴方のご指導を賜れないでしょうか」
しん、と団長室が静まり返る。
団長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
俺もまた内心では絶叫していた。
(はぁ!? 聖女を俺が指導するだと? 無理に決まってるだろ!)
だが顔には出さない。俺はあくまで傲岸不遜な鬼教官カイエン・マーシャルだ。
セレスティアは真剣な表情で続ける。
「私には悩みがあります。私の内に宿る聖なる力はあまりに強大で、私の器から溢れてしまうのです。癒しを祈れば力が暴走し、かえって相手を傷つけてしまうことさえある。私は……聖女失格なのです」
彼女の瞳に深い苦悩の色が浮かぶ。
「ですが貴方なら……。貴方の言う『理解し、受け入れる』指導法ならば、あるいはこの私を……」
やれれやれ。
どうやらとんでもない厄介事を引き寄せてしまったらしい。
団長が慌てて我に返る。
「聖女様、なりません! こ、こいつはあの『ハズレ師匠』ですぞ! 聖女様が師事するような男では断じて……」
俺は団長の狼狽を無視し、目の前の聖女をじっと見つめた。
そしてゆっくりと口を開く。
「……貴様の器は確かに溢れている。面白い。その壊れかけの器を俺が修繕するに値するかどうか。少し、考える時間をいただきましょう」
俺の言葉にセレスティアの顔がぱっと輝き、団長の顔が絶望に染まった。
面倒なことになった。
だが同時に、少しだけ面白いことになってきた、とも思う。
俺はこれから始まるであろう波乱の予感に、口の端が吊り上がるのを止められなかった。




