第7話 招かれざる目撃者と、聖女の眼差しと
屈強な騎士たちが第四訓練場になだれ込んできたのと、俺が内心で肩をすくめたのはほぼ同時だった。
彼らはその場の異様な魔力の残滓に息を呑み、そして倒れているリナと俺を見て一様に警戒の色を浮かべた。
騎士たちをかき分けるようにして、一人の男が前に進み出る。
白髭をたくわえた騎士団長その人だった。
彼の顔には驚愕と、そして厳しい猜疑の色が浮かんでいた。
「カイエン……。これは一体どういうことだ。説明しろ」
団長の低い声が訓練場に響く。
俺は表情一つ変えずに答えた。
「ご覧の通りです、団長。俺の弟子が己の殻を一つ破った。ただそれだけのことですが」
「それだけ、だと……?」
団長は信じられないものを見る目で俺を睨んだ。
「この魔力量がただの新人だと申すか。貴様一体何をした。禁術にでも手を出したか」
「まさか。俺は俺のやり方で指導したまで。才能の蕾を咲かせる手伝いをしたに過ぎません」
俺の傲然とした態度に団長の眉間の皺がさらに深くなる。周囲の騎士たちも今にも剣を抜きそうな勢いだ。
まあ無理もないだろうな。
落ちこぼれと誰もが認めていた少女が、一夜にして騎士団の上位陣に匹敵するほどの魔力をその身に宿したのだ。常識で考えれば何か裏があると疑うのが当然だ。
一触即発の空気が場を支配する。
その張り詰めた糸を断ち切ったのは、予想外の人物だった。
「……素晴らしい」
凛とした鈴の音のような声。
団長の後ろから一人の女性が静かに歩み出た。
純白の法衣に身を包み、陽光を反射して輝く白金の髪を持つ幻想的なまでに美しい女性。
その姿に、その場にいた騎士たちが皆一様に息を呑み、敬意を込めて頭を下げた。
彼女こそこの国で最も敬われる聖女『セレスティア・フォン・リヒトベルク』。
原作ゲームではメインヒロインの一人であり、その圧倒的な聖魔法でパーティーを支える重要なキャラクターだ。
なぜ、こんなところに……。
俺が内心で驚愕していると、彼女は俺たちの前に立ち、その神秘的な紫色の瞳で倒れているリナを、そして俺をじっと見つめた。
「この力……なんと純粋で、そして……完璧に制御されているのでしょう」
……は? 制御?
俺は彼女の言葉の意味を測りかねた。
リナはただスキルに覚醒しただけだ。制御も何もあったものではない。むしろ力が暴走して気絶しているのが現状だ。
だがセレスティアはうっとりとした表情で続けた。
「あれほどの奔流をただの一点に収束させ、己が器の内側に留める……。まるで荒れ狂う嵐を小さな硝子瓶に閉じ込めるかのようです。このような離れ業、神殿の秘術にも存在しません」
……ああ、そういうことか。
俺は彼女の勘違いの正体を理解した。
彼女はリナがスキルに覚醒した瞬間の、あの爆発的な魔力の上昇をリナ自身が完璧にコントロールした結果だと誤解しているのだ。
そしてそれを可能にしたのが俺の指導だと。
とんでもない勘違いだが好都合だ。
俺はあえて何も言わずに黙っていることにした。
団長は聖女の言葉に戸惑いを隠せないでいた。
「せ、聖女様。しかしこれはあまりに異常です」
「異常ではありません。奇跡です」
セレスティアはきっぱりと言い切った。
彼女は再び俺に視線を戻す。その瞳には先ほどの騎士たちとは全く違う、強い興味とそして微かな羨望の光が宿っていた。
「カイエン教官、でしたか。貴方の指導に深い興味があります。後ほどお話を伺わせていただけますか」
「……光栄ですな」
俺は尊大に頷いてみせた。
やれやれ。
どうやら俺の知る物語は、俺自身の手によってとんでもない方向へと捻じ曲がり始めたらしい。
俺は気を失ったままのリナをひょいと腕に抱え上げる。思ったよりもずっと軽い。この小さな身体に、あれだけの力が眠っていたというのか。
「団長。この子は限界です。治療室へ運びますが、よろしいですかな」
俺の言葉に団長は複雑な表情で頷くしかなかった。
俺は騎士たちと聖女が作る道を堂々と歩き抜ける。
腕の中でリナが小さく寝息を立てていた。
その穏やかな顔を見ながら俺は、これから始まるであろうさらなる面倒事に、再び深いため息をつくのだった。




