第6話 最後の条件と、限界の先と
模擬戦の後、騎士団内での俺とリナに対する周囲の反応は変化した。
俺……というよりカイエンに対しては、今までのような腫れ物を扱うような態度はなりを潜め、同僚の教官からも時々新人の鍛え方について相談を受けるまでになっていた。
もちろん俺は正規の騎士の育て方など知らない。
なので、前世の知識がそのまま使えるであろう新人のメンタルコントロールややる気の出し方などについてはそれなりに詳しく教えてやることにしたが、それ以外に関しては企業秘密を匂わせてのらりくらりと躱していた。
一方リナに関しては以前のように馬鹿にされるようなことはなくなり、クラウスやその取り巻きたちが絡んでくることもなくなっていた。
時折他の新人騎士から手合わせを申し込まれることもあったが、その全てを彼女は断り続けている。
半分は俺の指示、だが残りの半分は彼女自身が未だに自分の力を信じ切れずにいたからだった。
そんな日々が続き、やっと騎士団内に漂っていた模擬戦の衝撃が落ち着いた頃。
早朝、まだ騎士団の団員たちが本格的に動き出す前の静寂の中を、俺はリナを連れて第四訓練場へと向かっていた。
人気のない廊下に響く二人の靴音のうち、一つが止る。
「マスター……私、本当に勝ったんでしょうか」
背後からぽつりと彼女の呟きが俺の背に届く。
「ああ、勝った。貴様の実力でな」
「でも、私は何も……ただマスターに言われた通りに動いただけです」
「それがあのときの貴様にできる唯一にして最善の戦術だった。それだけのことだ」
俺は足を止め、彼女に向き直る。
「そしてその戦術が成功したのは、お前が努力し続け、自らを鍛え上げたからだ」
実際あの日までにリナが訓練に手を抜き、俺が目指した値までステータスを上げることが出来ていなければ、俺がどれだけ作を授けたとしてもクラウスを倒すことは不可能だった。
リナの表情が緩む。
「だが勘違いするな」
「えっ」
「今の貴様はまだ弱い。クラウスに勝てたのは相手が貴様を侮り、策に嵌まったからに過ぎん」
俺の言葉に、緩みかけていたリナの表情が引き締まる。
そうだ、ここで浮かれていてはいけない。
彼女は誰もが認めるだけの騎士になるために、もっと強くならなければならない。
「これから俺は貴様に『誰にも負けない本物の力』をたたき込む」
俺は内心でゲームの仕様を反芻する。
(特殊な条件をクリアすることで習得することが出来るぶっこわれ特殊スキル【限界突破】。その習得条件は【衝撃耐性】と【握力】が一定値以上であること。【アイアンスタンス】を習得していること。そして……)
最後の条件。
それは、『格上の相手に、直接的なダメージを与えずに勝利する』ことである。
つまり先日の模擬戦は、まさにこの最後の鍵を解くための舞台だったのだ。
「リナ。今から貴様には自分の限界を超えてもらう。ついてこい」
俺は静かに告げると、踵を返し訓練場へ向かう足を速める。
騎士団長デックスに掛け合い、貸し切りにしてもらった第四訓練場は半屋内訓練場になっていた。
周囲は壁に囲まれ、いくつかある出入り口以外は窓はないが、天井もないため閉塞感は少ない。
俺はリナと共に訓練場に入ると、中央で二人見合う位置で立つ。
「今から俺はこの魔力弾でお前を攻撃する」
そうして手のひらを上に向けると、空に向けて初級魔法の魔力弾を放って見せた。
あの模擬戦の後、俺はこのカイエン・マーシャルの身体で何が出来るかを確かめるために、幾日かに分けて深夜人気の無い訓練場で俺が知るゲームで使えた技の数々を出来る限り試してみた。
その結果、やはりこの男の身体は剣士向きであり、こと魔法にかんしてはそれほど強い能力を持っていないことがわかった。
そんなカイエンが使えた魔法の中で一番消費が少なく、連発も効く魔法がこの『魔力弾』だった。
「この魔力弾を夜明けまで避け続けろ。一度でも当たればそこで終わりだと思って死に物狂いで避け続けるんだ」
「え……」
リナの顔から血の気が引いた。
腐っても教官であるカイエンの魔力弾は、出力を抑えたものだとしても新人がまともに食らえば気絶は免れない。
それを一晩中避け続けろというのだから、常識で考えれば不可能を通り越して拷問に等しい。
「できません……」
「できる」
俺は彼女の弱音を切り捨てる。
「貴様はクラウスに勝った。あの戦いの中で自分の身体が以前の脆弱なものとは違うと気付いているはずだ」
「……」
「俺を信じろ。そして自分を信じろ。そうすれば不可能ではないはずだ」
そう言って俺は右手を前に突き出す。
その掌にバスケットボール大の魔力弾が、青白い光を放ちながら形成されていく。
「さあ、始めようか。最初の奇跡のその先への特訓を」
◇ ◇ ◇
俺の魔力回復のための休憩を挟みつつ、夜を徹して過酷な訓練が続いた。
ヒュンと空気を切り裂く音と共に、俺の放つ魔力弾がリナに襲いかかる。
リナは必死にステップを踏み、転がり、時には地面を滑るようにしてそれを回避し続けた。
最初はただ闇雲に逃げ惑うだけだった。
しかし数時間が経過する頃には彼女の動きに変化が現れ始めた。
無駄な動きが消え、最小限の動作で魔力弾の軌道を見切り回避していく。
岩を叩き続けたことで得た【衝撃耐性】が着地の衝撃を和らげ、身体の軸を安定させる。
そして雑草を抜き続けたことで得た【握力】が踏み込みの際に地面を強く掴み、爆発的な初速を生み出す。
さらに【アイアンスタンス】で培った体幹が、どんな体勢からでも次の動きへとスムーズに移行させていた。
今までバラバラだった訓練の成果が、生存本能という名の触媒によって彼女の中で急速に繋がり、融合していく。
だが体力と精神は確実に限界に近づいていた。
「はぁっ、はぁっ……」
リナの呼吸は荒く、すでに全身は汗でぐっしょりと濡れている。
足はもつれ、意識も朦朧とし始めているのがわかった。
「終わりかリナ。その程度か、貴様の覚悟は」
俺はあえて非情な言葉を投げかける。
「……っ」
リナは俺の言葉に唇を噛みしめ、倒れそうな身体を叱咤して再び立ち上がった。
その瞳には諦めの色はない。ただひたすらに前を見据える強い意志の光が宿っていた。
そして東の空が白み始め、最初の朝日が訓練場に差し込んだその瞬間だった。
リナの身体がまばゆい光に包まれた。
「――来たか」
凄まじい魔力の奔流が俺の身体を叩く。
ドンッ!
それは彼女の内側から何かが解き放たれ覚醒する音だった。
「これって……」
彼女の魂が叫び、新たな力がその身に宿る。
特殊スキル【限界突破】。
身体のあらゆる箇所の能力限界を、自らの魔力を爆発させることで一時的に超えることができる伝説級のスキルだ。
それは落ちこぼれだった少女が、本当の意味で最強の騎士への第一歩を踏み出した瞬間だった。
光が収まると、そこには疲労困憊で倒れ伏すリナと、それを見下ろす俺の姿があった。
リナの身体からは以前とは比較にならないほどの強大な魔力が陽炎のように立ち上っているのが感じられた。
その彼女の力の覚醒の余波が伝わったのだろう。
遠くからこちらに向かってくる複数の足音が聞こえてきたのだった。




