第6話 最後の条件と、限界の先と
模擬戦の後、俺はリナを連れて人影のない第四訓練場へと向かっていた。
「マスター……私、本当に勝ったんでしょうか」
ぽつりと彼女が呟いた。
「ああ、勝った。貴様の実力でな」
「でも、私は何も……ただマスターに言われた通りに動いただけです」
「それが今の貴様にできる唯一にして最善の戦術だった。それだけのことだ」
俺は足を止め、彼女に向き直る。
「だが勘違いするな。今の貴様はまだ弱い。今日勝てたのは相手が貴様を侮り、俺の策に嵌まったからに過ぎん」
俺の言葉にリナの表情が引き締まる。
そうだ。ここで浮かれていては原作の二の舞だ。彼女には本当の意味で強くならなければならない理由がある。
俺は内心でゲームの仕様を反芻していた。
(特殊な条件をクリアすることで習得することが出来るぶっこわれ特殊スキル【限界突破】。その習得条件は【衝撃耐性】と【握力】が一定値以上であること。【アイアンスタンス】を習得していること。そして……)
最後の条件。
それは、「格上の相手に、直接的なダメージを与えずに勝利する」こと。
先ほどの模擬戦は、まさにこの最後の鍵を解くための舞台だったのだ。
「リナ。今から貴様の限界を超える」
俺は静かに告げた。
「俺の魔力弾を夜明けまで避け続けろ。一度でも当たれば、そこで終わりだと思え」
「え……」
リナの顔から血の気が引いた。
教官である俺の魔力弾は訓練用とはいえ、新人がまともに食らえば気絶は免れない。それを一晩中避け続けろというのだ。常識で考えれば不可能を通り越して拷問に等しい。
「できません……」
「できる」
俺は彼女の弱音を切り捨てる。
「貴様は今日勝った。自分の身体が以前とは違うとわかっているはずだ。俺を信じろ。そして自分を信じろ」
俺は右手を前に突き出す。その掌にバスケットボール大の魔力弾が、青白い光を放ちながら形成されていく。
「さあ、始めようか。最初の奇跡の、その先へ」
◇ ◇ ◇
夜を徹して過酷な訓練が続いた。
ヒュン、と空気を切り裂く音と共に、俺の放つ魔力弾がリナに襲いかかる。
リナは必死にステップを踏み、転がり、時には地面を滑るようにしてそれを回避し続けた。
最初はただ闇雲に逃げ惑うだけだった。
しかし数時間が経過する頃には彼女の動きに変化が現れ始めた。
無駄な動きが消え、最小限の動作で魔力弾の軌道を見切り回避していく。
岩を叩き続けたことで得た【衝撃耐性】が着地の衝撃を和らげ、身体の軸を安定させる。
雑草を抜き続けたことで得た【握力】が踏み込みの際に地面を強く掴み、爆発的な初速を生み出す。
そして【アイアンスタンス】で培った体幹が、どんな体勢からでも次の動きへとスムーズに移行させていた。
今までバラバラだった訓練の成果が、生存本能という名の触媒によって彼女の中で急速に繋がり、融合していく。
だが体力と精神は確実に限界に近づいていた。
「はぁっ、はぁっ……」
リナの呼吸は荒く、全身は汗でぐっしょりと濡れている。足はもつれ、意識も朦朧とし始めているのがわかった。
「終わりか、リナ。その程度か、貴様の覚悟は」
俺はあえて非情な言葉を投げかける。
「……っ」
リナは俺の言葉に唇を噛みしめ、倒れそうな身体を叱咤して再び立ち上がった。
その瞳には諦めの色はない。ただ、ひたすらに前を見据える強い意志の光が宿っていた。
そして東の空が白み始め、最初の朝日が訓練場に差し込んだ、その瞬間だった。
リナの身体がまばゆい光に包まれた。
「これは……」
凄まじい魔力の奔流が俺の身体を叩く。
それは彼女の内側から何かが解き放たれ、覚醒する音だった。
彼女の魂が叫び、新たな力がその身に宿る。
特殊スキル【限界突破】。
あらゆる身体能力の限界を一時的に超えることができる、伝説級のスキル。
落ちこぼれだった少女が、本当の意味で英雄への第一歩を踏み出した瞬間だった。
光が収まると、そこには疲労困憊で倒れ伏すリナと、それを見下ろす俺の姿があった。
リナの身体からは以前とは比較にならないほどの、強大な魔力が陽炎のように立ち上っている。
その異常事態に、騎士団の敷地全体が揺れた。
遠くから複数の足音がこちらへ向かってくるのがわかる。
やれやれ。少し派手にやりすぎたか。
俺はこれから始まるであろう面倒事に、深いため息をつくしかなかった。




