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第4話 屈辱の挑戦状と、師匠の秘策と

 合同訓練での一件は、騎士団内に小さな、しかし確かな波紋を呼んだ。


「おい、カイエンのところの新人、何かおかしくないか?」

「まぐれだろう。あんな落ちこぼれが、急に強くなるわけがない」


 教官たちの間でも、リナの評価は依然として低いままだった。だが、以前のような完全な無視ではなく、そこには微かな疑念が混じり始めていた。


 そして、その疑念を最も不快に感じている男がいた。

 クラウスだ。

 彼は、自分が注目されるべきエリートであるという自負を、リナという存在に汚された気がしてならなかったのだろう。彼のプライドは、あの合同訓練の日以来、ひどく傷つけられていた。リナを見る彼の視線には、以前にも増して、粘着質な敵意が宿っていた。


 そんな中、騎士団の掲示板に一枚の羊皮紙が張り出された。


『月例模擬戦、開催』


 新人たちの実力を測るための、月に一度の対人戦だ。訓練とは違い、ここでは一対一の実力が問われる。


 これだ。

 俺がそう思ったのと、クラウスが行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。

 彼は訓練場にいた生徒たちの注目を集めるように、わざと大きな声で言い放った。


「皆、聞いてくれ。俺は月例模擬戦の最初の相手に、リナ・アシュフィールドを指名する」


 その場にいた全員の視線が、リナに突き刺さる。

 リナは恐怖で顔面蒼白になり、後ずさった。

 クラウスは、そんな彼女の様子を見て、満足げに笑みを深める。


「おい、そこの落ちこぼれ。鬼教官様の訓練(笑)の成果とやらを、皆の前で見せてみろよ」


 明らかに、公開処刑が目的だった。周囲の生徒たちも、面白半分に囃し立てる。


「やめておけ、クラウス。相手にならないだろう」

「そうだそうだ、いじめはよくないぜ」


 同情的な言葉をかける者もいるが、その声色にはリナが負けることを前提とした侮蔑が滲んでいた。


 リナは唇を噛みしめ、泣き出す寸前だった。

 俺は、そんな彼女の前にゆっくりと進み出る。そして、クラウスの挑戦を、傲然と受けてやった。


「いいだろう。受けてやる」


 俺の言葉に、訓練場がしんと静まり返る。


「だが、クラウス。一つ言っておく。俺の弟子が、貴様ごときに負けるはずもないがな」

「な……」


 クラウスの顔が、怒りで赤く染まった。


「言ったな、カイエン教官。その言葉、後悔させてやる」


 俺はクラウスに背を向け、恐怖に震えるリナに振り返る。そして、静かに告げた。


「安心しろ。貴様は、勝つ」


 その自信に満ちた言葉の真意がわからず、リナはただ困惑した表情で俺を見つめ返すだけだった。


 ◇     ◇     ◇


 模擬戦の直前。俺はリナを、人のいない訓練場の隅に呼び出した。


「マスター……私、勝てるわけが……」

「黙れ。俺の言うことだけを聞け」


 俺は、彼女の弱音をぴしゃりと遮る。


「いいか、リナ。試合が始まったら、絶対に攻撃するな」

「え……?」

「ひたすら、【アイアンスタンス】で防御に徹しろ。どんな攻撃を受けても、絶対に構えを解くな。いいな?」

「で、でも、それじゃあ……」

「そして、もう一つ。相手の目を見るな。見るのは、相手の左足の踏み込みだけだ。それ以外は、視界に入れるな」


 リナは、俺の奇妙な指示に、ますます混乱していた。無理もない。攻撃するな、足だけを見ろ。そんな作戦があるものか。

 だが、俺には確信があった。


(クラウスのステータスは、新人の中ではトップクラスだ。だが、あいつの習得しているスキル【隼斬り(ファルコンスラッシュ)】には、システム上の欠陥がある)


 それは、原作ゲームのプレイヤーの間では有名な仕様だった。

隼斬り(ファルコンスラッシュ)】は、威力は高いが、発動モーションが大きい。そして、そのモーションは、必ず左足から大きく踏み込むという『癖』があるのだ。その踏み込みの瞬間、ほんの一瞬だけ、身体の軸がぶれ、完全な無防備状態になる。


 俺の狙いは、そこだ。

 リナの今の攻撃力では、まともに打ち合っても勝ち目はない。

 だが、相手の必殺技を誘い、その一瞬の隙を突くことさえできれば……。


「……わかりました。マスターの言う通りにします」


 リナは、迷いを振り払うように、強く頷いた。彼女の瞳には、俺への完全な信頼が宿っていた。


 よし。

 これで、舞台は整った。

 あとは、主役が最高の演技を見せるだけだ。

 俺は、模擬戦が行われる闘技場へと、リナを伴って歩き出した。

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