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鬼教官として名高い騎士団の「ハズレ師匠」に転生した。落ちこぼれの新人を史上最強に育て上げたら、なぜか聖女や王女まで弟子入り志願してくるんだが?  作者: 長尾隆生@放逐貴族・ひとりぼっち等7月発売!!
第三章 問題児たちの狂詩曲(ラプソディ)

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第33話 敗北の意味と、静かなる帰還と、団長の評価と

 黒霧の森からの帰路は、行きとは比べ物にならないほど重苦しい沈黙に包まれていた。


 俺は先ほどと同じように彼らから十数メートル離れた後方を歩いている。

 彼らは誰一人として口を開かなかった。

 ただ黙々と、しかし互いを庇い合うように陣形を維持したまま歩き続けている。


 リアムは脇腹の傷を押さえながらも指揮官として常に周囲への警戒を怠らない。

 だがその思考は先ほどの戦いと自分の指揮の限界を何度も反芻していることだろう。

 クロエは肩の傷の痛みに耐えながら、仲間の位置を何度も確かめている。

 彼女の中で仲間を守るという戦い方が確かな重みを持って根付き始めていた。

 アッシュは折れた愛剣の柄をただ固く握りしめている。

 彼のプライドは剣と共に砕け散った。そして残されたのは天才という驕りを失った、純粋な剣士としての渇望だった。

 フィンはもう震えてはいなかった。

 ただ仲間たちの背中を、そしてその後ろにいる俺の存在を確かめるように何度も、何度も振り返っていた。


 彼らは任務には成功した。第二騎士隊を壊滅させた脅威の正体を突き止め、そして生還したのだから。

 だが彼らの心にあるのは達成感ではない。

 完全な、そして屈辱的なまでの『敗北感』だった。

 俺という存在がいなければ自分たちは確実に死んでいた。その事実が重い枷のように彼らの足取りを重くしていた。


 ◇     ◇     ◇


 騎士団の門が見えてきた時、見張りの兵士たちが俺たちの姿を認めて騒然となった。


「第三特務分隊だ」

「帰ってきたのか」

「ボロボロじゃないか……すぐに救護班を呼べ!」


 彼らはリアムたちの様子を見て、第二騎士隊の末路を察したのだろう。

 門にたどり着くと、誰もが沈痛な面持ちで俺たちを出迎えた。

 そしてその中に俺の一番弟子たちの姿もあった。


「マスター!」

「お待ちしておりました」


 今にも抱きついてきそうな勢いのリナと、その隣で優しく微笑む聖女セレスティアに、俺は軽く手を上げて応じる。


「ちょうどよかった。お前たち、こいつらの傷を治してやってくれ」


 戦いの後、回復薬などを使い応急処置はしていたが、リアムとクロエの怪我はその程度では完全に治すことは出来なかった。


「はい。すぐにでも」

「手伝います」


 聖女様とリナが、俺の後ろで地面に座り込んでいる四人に向かって駆けていく。

 遠くから担架を持った騎士団の救護班が慌ててこちらに向かってくるのが見える。


「怪我人はどこだ!」


 俺は無言で背後を親指で指し示す。

 急いで来てくれて悪いが、聖女様がその怪我人をすぐにでも治すだろうとはさすがに言えなかった。


「今日はさすがに疲れたな……」


 振り返ると第三特務分隊の回りに騎士たちが集まって、満身創痍の彼らにねぎらいの声を掛けている。

 少し前までは『お荷物』だの『ガラクタ』だのと揶揄され疎まれていたというのに。

 そのおかげか、終始暗い表情を浮かべていた四人の顔にも微かな笑顔と達成感が浮び始めていた。


 彼らの自分自身との戦いは終わったのだ。


 †     †     †


 騎士団に戻って一時間ほど後。リアムはたった一人、団長室の前に立っていた。

 彼は深呼吸を一つすると重い扉をノックする。


「第三特務分隊隊長、リアム・ヘイワード。任務完了の報告に参りました」


 部屋の中には騎士団長が一人で待っていた。


「お前だけか? カイエン教官はどうした」


 訝しげに額に皺を寄せる団長に、直立不動の姿勢でリアムは答える。


「はっ。カイエン教官は我が隊の他三名を休ませるために兵舎に三人と共に向かい、後を私が託されました」

「……彼奴め……」


 団長の眉間の皺が寄り深く刻まれる。


「まぁいい。とりあえず報告を聞こうか」

「はっ」


 リアムは机の上に泥と血にまみれた第二騎士隊の隊旗を静かに置いた。


「……第二騎士隊はおそらく全員死亡。敵は霧幻の狩人ファントム・ストーカーと呼ばれる魔物で、複数体で組織的な連携攻撃を仕掛けてきました」


 彼は淡々と事実だけを報告した。

 言い訳も弁明も一切ない。


「我々も交戦しました……が、敵わず。カイエン教官の介入により辛うじて生還いたしました……以上です」


 彼は全てを話し終えると、処分を待つ罪人のようにただ頭を下げた。

 団長はしばらくの間、何も言わなかった。

 ただ机の上に置かれた隊旗と、目の前で頭を下げている若者の姿を静かに見つめていた。

 やがて彼は重々しく口を開く。


「……顔を上げろ、リアム・ヘイワード」


 リアムがおそるおそる顔を上げる。

 団長の顔には怒りの色も失望の色もなかった。


「貴様はこの任務を『敗北』だと思っているようだな」


「……はい。俺の指揮では仲間を守りきれませんでした。カイエン教官がいなければ俺たちは……」

「違う」


 団長はリアムの言葉を遮った。


「俺が貴様らに課した任務は偵察任務だ。生きてその情報を持ち帰ること。貴様らはそれを成し遂げたのだ。恥じることはない」

「……え?」


 リアムが信じられないという顔で団長を見つめた。

 団長は続ける。


「貴様は仲間と共に指揮官として最後まで戦い抜き、我々が求めていた貴重な『情報』を得て、そして生きてここにいる。……任務は成功だ。見事だった、リアム隊長」


 その思いがけない言葉。

 リアムの瞳から何かが静かに零れ落ちた。

 それは悔しさか、安堵か、あるいはその両方か。


「だが勘違いするな」


 団長は厳しい声で付け加えた。


「貴様らはまだ未熟だということにも変わりはない。カイエンという規格外がいなければ死んでいたという事実もな」


 彼は立ち上がると窓の外、第三特務分隊の兵舎がある方角を見つめた。


「……自分たちの未熟さに失望したか?」


 その問いにリアムは目元を拭い、きっぱりと答えた。


「いいえ。俺たちはただ自分たちの現在地を知っただけです。そして目指すべき場所がどれほど高い場所にあるのかも」


 その言葉に団長は初めて満足げな笑みを浮かべた。


「……よかろう。下がれ。そしてゆっくり休め。貴様らにはこれからも存分に働いて貰わねばならんからな」

「はい!」


 リアムは力強く頷くと敬礼し、団長室を後にする。

 彼が兵舎に戻ると、カイエンの姿は既になく、三人の仲間だけが彼を待っていた。

 リアムはそんな仲間たちの顔を一人一人見つめると、静かに、しかし力強く言った。


「今日は休む。だが明日からすぐにでも訓練を再開する!」


 その言葉に三人は黙って頷いた。

 彼らの瞳にもはや以前のような反抗の色も恐怖の色もない。

 ただ自分たちを叩き直してくれた、あの底知れない師の背中に一歩でも近づきたいという純粋な渇望だけが燃え盛っていた。

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