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第31話 終わらない悪夢と、絶望の再演と、砕かれる希望と

 空洞に響き渡った霧幻の狩人ファントム・ストーカーの甲高い断末魔。

 その余韻が消えぬうちに、第三特務分隊の面々は新たな絶望を目の当たりにすることになった。


 霧散したはずの黒い霧が空洞の中央で再び渦を巻き始めていたのだ。

 そして先ほどよりもさらに濃密な邪悪な気配と共に、いくつもの赤い光がその霧の中からゆっくりと姿を現し始めていた。


「……嘘だろ」


 リアムの顔から血の気が引いた。


「……一匹じゃなかったのかよ」


 アッシュが悪態をつくように呟く。

 黒い霧が晴れた時、そこに立っていたのは三体の霧幻の狩人ファントム・ストーカーだった。

 一体ですら死闘の末にようやく倒した相手。それが三体。

 魔力も体力も尽きかけている今の俺たちでは到底勝ち目などない。

 絶望が再び彼らの心を支配しようとしていた。

 だがリアムは指揮官として、その絶望を振り払うように叫んだ。


「……怯むな。奴らの動きはもうわかっている。一体ずつ確実に仕留めるぞ」


 それは虚勢だったかもしれない。だがその声は確かに仲間たちの心を繋ぎ止めた。

 四人は満身創痍の身体に鞭打ち、再び武器を構える。

 しかし悪夢はまだ終わらなかった。

 三体の狩人たちは先ほどのように真正面から襲いかかってはこなかった。

 一体が陽動として正面からクロエを牽制し、残りの二体はまるで意思があるかのように左右の岩壁を駆け上がり、死角となる側面と後方からアッシュとフィンを同時に狙ったのだ。


(……まずい。こいつら、連携してやがる)


 俺は霧の奥で舌打ちをした。

 原作ゲームでも霧幻の狩人ファントム・ストーカーが複数体同時に出現するクエストがあった。その時の奴らの行動アルゴリズムは、単体の時とは比較にならないほど狡猾で組織的だった。

 今のリアムの指揮では、この連携攻撃は捌ききれない。


「アッシュ、右。フィン、左後方だ」


 リアムが即座に指示を飛ばす。

 アッシュは神速の抜刀術で側面からの奇襲を辛うじて弾き返す。

 だがフィンは反応が遅れた。


「ひっ……」


 彼の背後から迫る死の爪。


「――させるかよ」


 そのフィンの前に割り込んだのは、またしてもクロエだった。

 彼女は正面の敵をリアムに任せ、ボロボロの身体でフィンの元へと駆けつけたのだ。

 ガキンと甲高い音が響く。

 クロエの短剣が狩人の爪を弾き返す。

 だがその代償は大きかった。

 正面の敵を一人で引き受けていたリアムの防御が一瞬疎かになる。

 その隙を狩人は見逃さなかった。

 鋭い爪がリアムの脇腹を深く切り裂く。


「ぐっ……」


 リアムが苦痛の声を上げて膝をついた。

 指揮官の負傷。それはこの部隊の機能が半分停止したことを意味していた。


「隊長」


 アッシュが焦りの声を上げる。

 その彼の一瞬の油断。

 それこそが狩人たちの本当の狙いだった。

 アッシュがリアムに気を取られたその隙を突き、三体目の狩人が彼の背後から音もなく襲いかかった。


「アッシュ、後ろだ」


 クロエが叫ぶ。

 アッシュはハッとして振り返り、咄嗟に剣で防御する。

 だがそれは悪手だった。

 彼の剣は才能だけで振るう軽い剣。真の強敵の重い一撃を受け止めるようにはできていない。

 キィン、という甲高い金属音と共に、アッシュの愛剣が真ん中から呆気なくへし折れた。


「……あ」


 アッシュが間の抜けた声を上げる。

 剣士が剣を失う。それは死を意味していた。

 狩人の追撃の爪が無防備なアッシュの胸元へと迫る。

 もう誰も助けには入れない。

 戦力はほぼゼロ。

 リアムは深手を負い、アッシュは武器を失い、クロエもボロボロ。フィンは恐怖で再び身体が動かなくなっていた。

 希望は完全に砕かれた。


 リアムは血を流しながら自らの判断の甘さを呪っていた。


(……ここまでか。俺の指揮ではこいつらを……守れなかった)


 彼は指揮官として最も苦しい、そして最後の決断を下した。


「……フィン」


 彼はか細い声で最後の仲間を呼んだ。


「お前だけでも逃げろ。俺たちが時間を稼ぐ」

「そ、そんな……できません」

「……行け。これは隊長命令だ」


 リアムは折れた剣の切っ先を杖代わりに、ふらつきながら立ち上がった。

 その隣でクロエもアッシュも覚悟を決めたように、無言で敵を睨みつけている。

 リアムは死を覚悟して最後の突撃を敢行しようとした。

 それはあまりにも無謀で、そしてあまりにも英雄的な最後の抵抗だった。

 だが彼がその一歩を踏み出す、その瞬間。

 今までこの空洞のどこにも存在しなかった、静かで、そして底知れないほど冷たい声が響き渡った。


「――そこまでだ」


 その声はまるで絶対零度の刃のように、戦場の熱狂と絶望を一瞬で切り裂いた。

 リアムたちがハッとして声のした方を見る。

 そこにはいつの間にか一人の男が立っていた。

 霧の中から音もなく姿を現した俺――カイエン・マーシャルが。


「貴様らの『試験』はここで終わりだ」


 俺はまるで散歩でもするかのような落ち着き払った足取りで、絶望の淵に立つ弟子たちと勝利を確信している狩人たちの間に、ゆっくりと歩みを進めていった。





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