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鬼教官として名高い騎士団の「ハズレ師匠」に転生した。落ちこぼれの新人を史上最強に育て上げたら、なぜか聖女や王女まで弟子入り志願してくるんだが?  作者: 長尾隆生@放逐貴族・ひとりぼっち等7月発売!!
第三章 問題児たちの狂詩曲(ラプソディ)

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第27話 黒霧の森と、観察者と、最初の試練と

 俺と第三特務分隊の四人が黒霧の森の入り口に到着したのは、出撃から半日が経過した頃だった。


 その場所は、まるで世界から拒絶されているかのように不吉な静寂に包まれていた。

 天を突くような木々が鬱蒼と生い茂り、その根元からは乳白色の濃い霧がまるで生き物のように絶えず湧き出している。


「……ひっ」


 フィンが小さく悲鳴を上げ、クロエの背後に隠れた。

 無理もない。この霧はただ視界を遮るだけではなく、方向感覚を狂わせ、精神に直接圧力をかけてくるような陰鬱な魔力を帯びていた。

 ゲームでも森の中に入るとミニマップも含めてマップが使えないため、迷子になることも多かった。

 とはいえ登録した場所へ瞬間移動出来るファストトラベルは使えたので、詰むことはなかったのだが。


「……おいおいマジかよ。こりゃほとんど先が見えねえぞ」


 森の奥へ続く申し訳程度の道を見ながらアッシュが目を細める。

 斥候が奥へ向かうのを躊躇したとは聞いていたが、これは予想以上だ。


「……いい匂いがするな。血と死の匂いだ」


 一方、クロエは逆に目を爛々と輝かせ、二本の短剣を握りしめ舌なめずりをしていた。

 その背中に隠れるようにフィンが顔を青白くさせている。

 そんな仲間たちの先頭には、部隊長としての自信と落ち着きを感じさせる表情で、リアムが騎士団長から預かった黒霧の森の地図に目を落とし思案に耽っていた。

 たぶん今、彼の頭の中では様々な状況がシミュレートされているに違いない。

 その彼が作戦を組み上げ、口を開くよりも早く俺は一歩前に出た。


「これより貴様らの本当の試験を始める」


 俺の言葉に四人の視線が突き刺さる。


「この先、俺は貴様らの戦いに一切介入しない。助言も助力もしない。俺はただ貴様らの後ろからその戦いぶりを観察させてもらう」

「どういう意味です?」


 リアムが訝しげに眉をひそめる。


「言葉通りの意味だ。これは貴様らの任務であり貴様らが自分たちの力で乗り越えなければ意味がない。俺はただの審判役に徹し、貴様らの真価をこの眼で見極めさせてもらう」


 その言葉に四人の顔に緊張が走る。

 俺は続ける。


「だが一つだけ約束しよう。俺は貴様らを死なせはしない。もし貴様らの力が及ばぬ真の絶望が訪れた時……その時だけは俺が介入する。だがそれは同時に貴様らの『敗北』を意味すると思え」


 それは突き放すような言葉であり、同時に絶対的な信頼の証でもあった。

 リアムは俺の真意を理解したという表情を浮かべ、一度だけ強く頷くと仲間たちに向き直った。


「聞いたな、お前ら。教官殿は俺たちを信じて後ろで見ているそうだ。……無様な戦いは見せられないぞ」


 リアムの言葉に他の三人が強く頷く。それを確認して彼は先ほどまで頭の中で組み上げていたであろう指示を告げた。


「では今より黒霧の森へ突入する! クロエが前衛、アッシュは右翼、俺は左翼。フィンは中央やや後ろを維持して探査魔法で周囲の情報を調べ、逐次俺に伝えること。絶対に離れるな。ここからはお前の眼が俺たちの生命線になる」

「は、はい」


 フィンの震える声にリアムは一度だけ振り返った。


「……大丈夫だ。俺たちを信じろ」


 他の二人もそれぞれ親指を立て、自分の胸を叩き『まかせろ』と仕草で伝える。


「がんばるよ!」


 フィンが両手を胸の前で握りしめ気合いを入れた。


「よし! いくぞっ!」


 その号令と共に四人は覚悟を決めた表情で霧の中へと足を踏み入れていく。

 ここからは観察者の時間だ。

 俺はそんな彼らの背中を見送ると、ふっと身体から力を抜き、まるで影が揺らめくように後方の霧の中へと姿を消したのだった。


 ◇     ◇     ◇


 森の中は想像を絶するほどの濃霧だった。

 数メートル先は完全な灰色に閉ざされ、聞こえるのは自分たちの息遣いと湿った土を踏む足音だけ。

 時折、霧の向こうで何かが動く気配がするが、その正体を確かめることはできない。


(……来たな)


 俺の『ゲーマーの眼』が霧の中に潜む複数の敵性反応を捉えた。

 それはこの森の主である霧狼(ミストウルフ)の群れだった。

 奴らはこの霧を地の利とし、獲物を完全に包囲してから一斉に襲いかかる狡猾な狩人だ。

 俺も初見プレイで始めてこの森で襲われたときは、霧のせいで襲われる直前まで動きが見えず、手持ちの回復アイテムを使い切るほど苦労した相手である。

 だが彼らにはその霧を見通す『眼』が存在していた。


「き……来ます」


 俺とほぼ同時にフィンが震える声で報告した。


「数は……七。前方から一、右から二、左からも二、そして……真後ろに二です」

「早速のお出迎えだな」


 前後左右、完全に包囲されている状況だったが、リアムは即座に指示を飛ばす。


「クロエ、正面の敵を頼む。アッシュ、君は右の二体を頼む」

「あいよ」

「まかせろ」


 二人がそれぞれの得物を構え、臨戦態勢に入る。


「俺は左をやる。フィン、背後は任せる。足止めだけでもかまわん。深追いはするな! 敵を倒したらそれぞれの判断で他の者の援護に回るんだ!」


 そのリアムの指示が終わるか終わらないかのうちに、霧の中から灰色の影が音もなく飛び出してきた。

 やはり霧狼(ミストウルフ)だ。その名の通り霧に溶け込むような体毛を持ち、赤い瞳だけが不気味に爛々と輝いている。


「しゃあ、来たぜぇ」


 クロエが獣のような雄叫びを上げて正面の霧狼(ミストウルフ)へと突進していく。

 アッシュもまた神速の抜刀術で、右翼から迫る二体の狼のうち、まず一体の喉を切り裂いた。

 だが問題は後方だった。


「ひっ……」


 フィンは背後から迫る二体の狼に気づきながらも、恐怖で身体が竦み動けずにいた。詠唱が始まらない。


(まずいな。ここでフィンが機能しなければ、陣形は一瞬で崩壊する)


 狼の内、一体がフィンの無防備な背中へと牙を剥いて飛びかかった。

 もう間に合わないと誰もがそう思った、その瞬間だった。


「――させるかよ」


 クロエが信じられないほどの速度で反転し、フィンと狼の間に割り込んでいた。

 彼女は正面の敵を屠った後、その死体を蹴って反動をつけた勢いで即座にフィンの救援へと向かったのだ。

 ガキンと甲高い音が響き、クロエの短剣が狼の牙を弾き返す。

 続けて飛びかかってきた二匹目の腹を蹴り、クロエは背後のフィンを振り返りもせずに悪態をつくように言った。


「……おい弱虫くん。いつまで震えてやがる。さっさと撃て」

「……は、はい」


 フィンはハッとしたように我に返ると、震える手で杖を構えた。


(僕の魔法は……誰かを守るために……)


 彼の脳裏に孤児院の子供たちの笑顔が蘇る。


「【光の矢(ライトアロー)】」


 直後、彼の杖先から放たれた数条の光が最後の狼たちの眉間を正確に撃ち抜いた。

 それとほぼ同時に、リアムとアッシュによって左右の狼も地に伏せる。

 戦闘が終わり、森に再び静寂が戻る。

 四人は肩で息をしながらも、誰一人として欠けることなくそこに立っていた。


「……へっ。やるじゃねえかお前ら」


 アッシュが剣に付いた血糊を狼の毛で拭きながら満足げな表情を浮かべる。

 クロエはフィンに向かって「次しくじったらてめえを食ってやるからな」と悪態をついているが、その声にはどこか安堵の色が滲んでいる。

 リアムはそんな仲間たちの姿を静かに見つめながら小さく、しかし確かな声で呟いた。


「……見てましたか、マスター」


 しかし最初の試練を突破した彼らが安堵のため息をついた、その時だった。

 アッシュが血糊を拭っていた狼の横の地面に何かを見つけ声を上げる。


「……おい、なんだ、こりゃ」


 それは泥と血にまみれた布切れだった。


「まさか、これって……」


 アッシュが拾い上げた布の泥を払うと、そこには見慣れた王国の紋章が描かれていた。


「間違いない……第二騎士隊の隊旗だ」


 リアムがそれを見て声を震わす。

 その隊旗は無残に引き裂かれ、所々に血の跡が見受けられ、ここで何かがあったことを伝えていた。


「俺たちと同じように霧狼(ミストウルフ)に襲われた……? いや、第二騎士隊がその程度でどうにかなるとは思えない」


 ならいったい何が――

 その場にいた全員の顔から血の気が引いた。

 エリート部隊を壊滅させた何かが、この霧の奥でまだ息を潜めている。

 本当の戦いはまだ始まったばかりだと、泥と血にまみれた隊旗が彼らにそう告げていたのだった。

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