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第26話 初めての任務と、団長の真意と、それぞれの覚悟と

 騎士団長は執務室の机に広げられた一枚の地図を苦々しい表情で見つめていた。

 地図に描かれているのは王都の東に広がる広大な森林地帯。その大半が「黒霧の森」と呼ばれるインクを垂らしたような黒い影で塗りつぶされている。


「……それで、第二騎士隊からの連絡はまだないのか」


 団長の低い声が部屋の静寂を破る。

 彼の前に直立不動で立つ副官は、悔しげに顔を歪めた。


「はっ! 三日前に定時連絡が途絶えて以来一切……。斥候を放ちましたが森の入り口で濃霧に阻まれ、内部の状況は依然として不明です」

「……そうか」


 第二騎士隊。それはクラウスのような貴族の子弟で構成された、騎士団の中でも練度の高いエリート部隊だ。

 その彼らがただの偵察任務でこうもあっさりと消息を絶つとは。

 黒霧の森。

 そこはもはや騎士団にとってただの危険地帯ではなく、プライドをへし折られた因縁の場所となりつつあった。

 団長はしばらくの間、目を閉じて何かを考えていたが、やがて一つの決断を下したようだった。


「……カイエン教官は今日も奴らのところか?」

「はい。……もしかして団長。彼にこの事態を……?」


 副官の戸惑いの声に、団長は目を開けずに答えた。


「常識的な戦術が通用しないのなら、常識外れの駒を使うまでだ。……奴の指導が本物かどうか見極めるには、これ以上ない舞台だろう」


 ◇     ◇     ◇


 俺が第三特務分隊の兵舎で、彼らの自発的な机上演習を興味深く眺めていた、その時だった。

 兵舎の扉が重々しい音を立てて開かれた。

 そこに立っていたのは騎士団長その人だった。

 その場にいた四人の顔に緊張が走る。


 団長は部屋の中を一瞥すると、その変化にわずかに目を見開いたようだった。だがすぐに厳しい表情に戻り、俺の前に進み出た。


「貴様らに初の公式任務を与える」


 彼は一通の羊皮紙を作戦机の上に置いた。

 リアムが代表してそれを受け取り目を通す。

 その顔がみるみるうちに険しくなっていく。


「……黒霧の森の偵察任務……」


 その言葉にアッシュとクロエの顔色も変わった。フィンに至ってはカタカタと歯の根が合わない音を立て始めている。


「……団長。これは我々のような新設部隊に与えられる任務ではありません。あまりに危険すぎます」


 リアムが抗議の声を上げる。

 だが団長は冷たく言い放った。


「これは命令だ。三日前、この森の調査に向かった第二騎士隊が消息を絶った。彼らの安否の確認と森の内部状況の報告。それが貴様らの任務だ」


 第二騎士隊が消息を絶った。

 事態は俺が思っていた以上に深刻らしい。


「なぜ我々なのですか」


 リアムが食い下がる。

 団長は初めてその視線をリアムと、その後ろにいる三人に向けた。


「……貴様らだからだ」


 その声には意外にも侮蔑の色はなかった。


「黒霧の森では大部隊での行動は自殺行為に等しい。霧に紛れて各個撃破されるのが関の山だ。必要なのは少数精鋭。それぞれが己の役割を完璧に理解し連携できる特殊な部隊だ」


 彼は続ける。


「アッシュ・グレイリングの神速の剣は奇襲に対応できる。クロエ・バーンズの突破力は包囲網を切り開ける。フィン・スチュワートの魔術は視界の悪い森での唯一の索敵手段となるだろう。そして……」


 団長はリアムをまっすぐに見据えた。


「それらの駒を的確に指揮できる頭脳。……貴様ら第三特務分隊こそが、この任務における唯一の希望だと俺は判断した」


 それは驚くべき言葉だった。

 お荷物、落ちこぼれと彼らを切り捨てようとしていた男が、彼らを「唯一の希望」と呼んだのだ。

 リアムも他の三人も信じられないものを見る目で団長を見つめていた。

 団長は俺に向き直る。


「カイエン。貴様の指導が本物かどうか。この任務で見極めさせてもらう……死ぬなよ」


 彼はそれだけ言うと踵を返し、兵舎を後にした。

 残された兵舎は静まり返っていた。

 だがその静寂は絶望によるものではない。

 初めて騎士団の長からその存在価値を認められた。その事実が彼らの胸に熱いものを込み上げさせていた。


 やがてリアムがゆっくりと口を開いた。


「……聞いたな、お前ら」


 彼は仲間たちの顔を見回す。


「これは俺たちの最初の戦いだ。そして俺たちがただのガラクタではないということを証明するための戦いだ」


 アッシュが鞘鳴りを一つ響かせ不敵に笑う。


「へっ。面白えじゃねえか」


 クロエが二本の短剣を打ち鳴らし獰猛に笑う。


「ようやく本物の血が味わえそうだな」


 フィンが震えながらも、しかし強く頷く。


「……や、やってやります」


 四つのバラバラだった魂が今、確かに一つになった。

 俺はそんな彼らの姿を静かに見つめていた。


「準備をしろ。三時間後、出撃する」


 俺の言葉に四人は力強く頷いた。

 第三特務分隊の本当の伝説は、この絶望的な任務から始まろうとしていた。





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