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第18話 皮肉屋との決闘と、十秒の決着と、新たな契約と

 兵舎の中の空気が張り詰めた。

 俺の「十秒で、手を使わずに倒す」という宣言は、彼らのプライドを逆撫でするには十分すぎたらしい。

 天才のアッシュは寝転がったまま、初めて興味深そうにこちらに視線を向けた。

 戦闘狂のクロエは目を爛々と輝かせ、獲物を見るような視線を俺とリアムの間で往復させている。

 臆病者のフィンは今にも泣き出しそうな顔で壁と一体化しそうだった。


 そして俺の目の前に立つリアムは、怒りで顔を歪めながらもその瞳の奥に冷静な光を宿していた。


「……面白い。そのハッタリがいつまで続くか見ものだな」


 彼はそう言うと流れるような動作で腰の剣を抜いた。切っ先が寸分の狂いもなく俺の喉元に向けられる。その構えには確かに付け入る隙がない。彼がこの部隊の隊長格であるというのは伊達ではないらしい。


「行くぞ、教官殿」


 リアムの言葉と同時に彼の身体が弾かれたように動いた。

 床を蹴る音、風を切る剣閃。それは新人であるリナやクラウスとは比較にならない、実戦で磨き上げられた本物の剣技だった。

 鋭い突きが俺の眉間を正確に狙ってくる。


 だが俺は冷静だった。


(……なるほどな。典型的な『騎士』クラスのモーションだ)


 俺の『ゲーマーの眼』は彼の動きを完璧に捉えていた。

 初手は最も速くリーチの長い突き。ゲームで言えば相手の出方を探るための基本的な牽制技だ。

 俺はただ半歩だけ左に身体をずらす。

 それだけでリアムの剣は俺の頬を掠め、空を切った。


「なっ……」


 リアムの顔に驚愕の色が浮かぶ。

 彼は即座に剣を引き、今度は胴を狙う横薙ぎを放ってきた。


(突きからの横薙ぎ。教科書通りの二段攻撃だな。だがその分、軌道は読みやすい)


 俺は今度は後ろに一歩下がる。

 再び彼の剣は空を切った。


「くそっ……」


 リアムの動きに焦りの色が見え始める。

 彼はさらに攻撃の速度を上げた。突き、斬り上げ、横薙ぎ。三連、四連と休む間もなく繰り出される剣閃が俺の周囲を嵐のように舞う。

 だがその全てが俺の身体に触れることはなかった。


 俺は両手を後ろに組んだまま、最小限のステップだけでその全ての攻撃を回避し続けていた。

 それはまるで未来予知でもしているかのような光景だっただろう。


 だが俺がやっていることは単純だ。

 『アークス・サーガ(・・・・・ ・・・・)』というゲームにおいてキャラクターの攻撃モーションには、必ず予備動作と攻撃後の硬直が存在する。俺は長年の経験から相手の肩の動き、足の運び、視線の動きといった予備動作を見るだけで、次に繰り出される攻撃の種類と軌道をほぼ完璧に予測できるのだ。

 俺はただその予測に合わせて身体を動かしているに過ぎない。


 兵舎の隅で今まで寝ていたアッシュが初めて身体を起こした。


「……嘘だろ。あいつ、リアムの剣を全部『見てから』避けてるのか……?」


 クロエもまた興奮を隠しきれない様子で呟く。


「やべえ……。あの教官、マジでやべえぞ……」


 十秒が経過しようとしていた。

 完全に冷静さを失ったリアムは、ついに最大の技を繰り出すことを決意したようだった。


「これで、終わりだぁ」


 彼は大きく後ろに下がり、剣を両手で握りしめ深く腰を落とす。


(来たな。大振りだが威力だけは高い、いわゆる『必殺技』のモーションだ。ゲームなら発動後の硬直が最も大きい、絶好のカウンターチャンス)


 リアムの剣が一直線に俺の心臓を狙って突き出される。

 それは彼の持つ最速、最強の一撃だった。

 だが俺の眼にはその軌道がスローモーションのように見えていた。

 俺は突き出される剣を避けない。

 むしろその軌道上へと、自ら一歩踏み込んだ。


「なっ……馬鹿な、自殺行為だ」


 リアムの顔が驚愕に歪む。

 俺は彼の懐に潜り込むと同時に、今まで後ろに組んでいた両手を……使わない。

 代わりに彼の踏み込んできた右足に、そっと自分の足を引っ掛けた。

 ただそれだけだ。


 次の瞬間。

 自らの突進の勢いを殺しきれなかったリアムの身体は盛大にバランスを崩し、俺の目の前で派手な音を立てて床に転がった。

 剣がカランと乾いた音を立てて手から滑り落ちる。


 しん……。

 兵舎の中が静まり返った。

 リアムは何が起きたのかわからないという顔で、床に突っ伏したまま固まっている。

 他の三人も目の前で起きた、あまりにもあっけない決着に言葉を失っていた。

 俺は床に転がったリアムを見下ろし、静かに告げた。


「十秒だ」


 その言葉がこの勝負の終わりと、そして彼らの新しい日々の始まりを告げていた。

 俺は呆然とする四人に向かって改めて口を開く。


「貴様らの個々の実力はせいぜい二流だ。連携に至っては存在しないに等しい。噂通り、ただのガラクタの集まりだな」


 俺の容赦ない言葉に彼らの顔が悔しさに歪む。


「だが」


 俺は続ける。


「ガラクタも磨き方次第では宝になる。明日から俺が貴様らを鍛え直す。俺の指導についてこれない者は容赦なく切り捨てる。……以上だ」


 俺はそれだけ言うと呆然とする彼らに背を向け、兵舎を後にした。

 扉が閉まる直前、俺には確かに聞こえていた。

 今まで寝ていたアッシュが心の底から楽しそうに、こう呟くのを。


「……はっ。面白えじゃねえか、あの教官」


 最初の指導は終わった。

 ここからが本番だ。

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