第16話 団長の呼び出しと、聖女の解説と、新たなる試練と
リナを治療室に預け、俺は一人再び団長室の前に立っていた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように騎士団の廊下は静まり返っている。だがその静寂の中には、明らかに俺という存在に向けられた畏怖と好奇の視線がまとわりついていた。
「入れ」
扉をノックすると中から重々しい声が響く。
俺が部屋に入ると、そこにはやはり騎士団長と、そしてなぜか当たり前のように聖女セレスティアが待っていた。
彼女は聖女らしい柔らかな表情でティーカップに、優雅に口をつけている。
「座れ」
団長は俺に椅子を勧めた。その声には以前のようなあからさまな侮蔑はない。
だが代わりに、底の知れない何かを探るような鋭い光がその目に宿っていた。
俺が黙って椅子に腰を下ろすと、団長は単刀直入に切り出した。
「……今日の試験、見事だったと言っておこう。特にあのクラウスとの一戦。貴様の策がなければリナ・アシュフィールドが勝つことはなかっただろう」
「策というほどのものではありません。ただ弟子の力を信じ、その力を最大限に引き出すための道筋を示したまでです」
俺はいつものように答える。
団長は大きく息を吐くと話題を変えた。
「……よかろう。貴様の指導法についてはこれ以上は問わん。結果が全てを物語っている。だがカイエン。貴様ほどの男がなぜ今まで燻っていた? なぜただの『ハズレ師匠』などと甘んじて呼ばれていた?」
鋭い質問だ。
俺は内心で冷や汗をかきながらも、ポーカーフェイスを崩さない。
「器がなければ最高の指導も意味をなしません。俺はただ待っていただけです。俺の指導に耐えうる本物の『器』が現れるのを」
「……リナ・アシュフィールドが、その器だと?」
「左様です」
俺の答えに団長はしばらくの間、何かを考えるように沈黙していた。
やがて彼は一つの決断を下したようだった。
「カイエン。貴様に新たな任務を命じる」
「任務、ですか」
「そうだ。貴様にはある部隊の指導教官となってもらう」
団長は机の引き出しから一枚の書類を取り出し、俺の前に滑らせた。
そこに書かれていたのは「第三特務分隊」という部隊名と、数人の隊員の名前だった。
「……これは?」
「騎士団の落ちこぼれ共だ」
団長は吐き捨てるように言った。
「実力はある。だが性格にあまりにも問題がありすぎて、どの部隊も受け入れを拒否したどうしようもない連中だ。命令不服従は日常茶飯事、協調性は皆無。今ではただ飼い殺しにしているだけの、騎士団の『お荷物』だ」
(なるほどな。俺への新たな『試験』というわけか)
俺は団長の意図を即座に理解した。
落ちこぼれのリナを育て上げた俺の手腕が本物なら、この問題児集団もどうにかできるだろう。だがもしできなければ、「やはりカイエンはカイエンだった」と俺を切り捨てる格好の理由になる。
実に老獪なやり方だ。
セレスティアが心配そうな顔で口を開いた。
「団長、それはあまりに……。マスターはリナさんの指導で……」
「聖女様。これは彼の実力を正当に評価した上での抜擢です」
団長はセレスティアの言葉を遮る。
「彼ならばあるいは、あのお荷物共を叩き直し騎士団の戦力として再生させることができるかもしれん。そうは思われませんかな?」
セレスティアはぐっと言葉に詰まった。
そして俺の方を向き、その瞳に強い信頼の光を宿して言った。
「……マスター。これも貴方様への試練なのですね。ですが貴方様なら、きっと……」
……だからその期待に満ちた目をやめてくれ。胃が痛い。
俺は書類に書かれた隊員たちの名前を一瞥した。
原作ゲームには登場しなかった知らない名前ばかりだ。
つまりここからは俺の知らない、未知の領域に足を踏み入れるということになる。
面白い。
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「……承知いたしました。その『お荷物』共、この俺が一ヶ月で騎士団最強の部隊へと作り変えてご覧にいれましょう」
俺の大言壮語に団長は驚きと疑念が混じったような顔をし、セレスティアは「さすがはマスターです」とうっとりとした表情を浮かべていた。
やれやれ。
どうやら俺の平穏な日々は本当に、もう二度と戻ってこないらしい。
俺はこれから始まるであろうさらなる波乱の予感に、武者震いがするのを止められなかった。




