第14話 トーナメントと、悪意の魔道具と、師匠の言葉と
昇級試験の第二部は新人同士による一対一のトーナメント形式で行われる。
対戦相手は第一試験である「魔法人形討伐」の結果に基づき、成績上位者と下位者が一回戦で当たるように組まれているため、必然的に波乱が起きにくい仕組みになっていた。
第一試験ではリナが圧倒的な記録を叩き出して一位通過を果たしたため、彼女の相手は本来であれば成績が最下位の者のはずだった。
しかしトーナメント表が張り出された瞬間、観客席からどよめきが起こる。
リナの一回戦の相手。
そこに書かれていたのは最下位の者の名前では無かった。
「な……どういうことだ?」
「クラウスは二位だったはずだぞ」
そこに書かれていた名はクラウス。
ルール通りなら第一試験でリナに次ぐ二位の成績を収めた彼が、第一回線で一位のリナと当たるはずはないのに。
トーナメント票を見て周囲がざわつく中、俺はすぐに事態を察した。
(……なるほどな。裏から手を回して、リナの一回戦の相手に自分をねじ込んだのか……。姑息な手を使いやがる)
クラウスの狙いは明らかだ。
トーナメントの序盤でリナと当たり、彼女が勝ち進む前に叩き潰す。
そうすれば第一試験の結果などまぐれだったと印象操作できるとでも考えたのだろう。
浅はかな。
リナもその卑劣なやり方に気づいたのか、唇を噛みしめ悔しそうにクラウスを睨みつけていた。
「マスター……」
「案ずるな。小細工を弄したところで実力の差は覆らん」
俺はリナの肩を叩く。
「だが油断はするな」
勝利を確信したような笑みを浮かべて闘技場の中央へ向かっていくクラウスの後ろ姿を目で追う俺の視線は、クラウスが腰に提げている小さな革袋に向けられていた。
あれは第一試験の時にはなかったものだ。
「奴は何かを企んでいる」
「何をですか?」
「わからん。だが、今の貴様なら相手がどんな手を使ってこようとも負けはしない。信じて戦ってこい」
「はい」
俺の言葉にリナは力強く返事をすると、クラウスの待つ闘技場中央へ向かう。
そしてクラウスの対面に彼女が立ち、準備が整ったことを確認すると、審判役の教官が試合開始を告げた。
「両者、構え――始めっ!」
クラウスは前回のようにすぐには仕掛けてこなかった。
軽く二度、三度と試すように剣を交えた後、奴はリナと少し間合いを開ける。
そしてにやりと笑うと、不自然に見えないように剣の構えを取るようにして腰の革袋にそっと手を触れた。
「終わりだ、落ちこぼれ。貴様のそのインチキめいた動きもここまでだ」
その瞬間、俺はリナの足元に微かな魔力の揺らぎが発生したのを感じた。
リナの動きが目に見えて鈍くなる。
まるで足に重い枷でもはめられたかのように一歩踏み出すのにも苦労しているようだった。
「な……身体が……重い……」
突然自分の下半身が思うように動かなくなったリナに、クラウスの攻撃が降り注ぐ。
「くうっ」
「おらおら、どうしたどうした」
カンッ、ゴンッ、ドゴッ。
かろうじてクラウスの攻撃を、自由に動く上半身のみでリナは必死に捌く。
そんな彼女の姿を見て観客席が騒然となる。
「どうしたんだ、あの子の動きがおかしいぞ……」
「何かあったのか?」
「人形相手にはあれだけ動けてたのに」
そんな観客たちの声を聞き流しながら、俺は冷静に戦況を分析する。
まちがいない。あれは【重力の足枷】だ。
ゲームにも登場した厄介なデバフ効果を持つアイテムで、確か相手の動きを極端に鈍らせることが出来るものだった。
だが確かに動きを鈍らせる効果は絶大だが、弱点もある。
それは効果範囲が術者を中心とした半径十メートルに限られること。
そして発動中は術者自身もその場から大きく動くことができないということだ。
とはいえその弱点も一対一の近距離戦においては特に問題になるものではない以上、今のリナが絶体絶命なのは変わらない。
「どうした? 自慢の速さをみせて見ろよ」
クラウスは勝利を確信し、ゆっくりとリナに歩み寄る。
「ああ、無理か。今の貴様は亀同然だからな」
彼はリナの目の前で立ち止まると、力任せに自らの木剣をわざとリナの木剣に叩き付ける。
ガッという鈍い音と共に、リナの手から木剣が弾き飛ばされた。
「ああっ」
それを見て観客席から悲鳴のような、諦めのような声が上がった。
「さあて、止めを刺してやる」
クラウスは歪な笑みを口元に浮かべながら、自らの必殺技である【隼斬り】の構えを取る。
今度こそ避けられる心配はない。至近距離から最大の一撃を叩き込む。
今のクラウスの頭にはそれしかない。
「いやああっ」
「もう決着は付いただろ!」
「やめろ!」
観客席から次々と悲鳴の様な声上がる。
もちろんリナも重圧の中で必死に身体を動かそうとしていたが、足が地面に縫い付けられたように動かない。
すでに彼女の手にはクラウスの攻撃をいなす木剣もなく防ぐ盾もない。
絶望が彼女の顔を覆う。
その時だった。
俺の声が闘技場に響いた。
「リナ。避けるという考えは捨てろっ!」
「……え?」
リナが俺の方に視線を向ける。
俺は彼女に聞こえるように、静かに、しかしはっきりと告げた。
「脚を捨てろ。そして腕に全てを込めろ」
脚が動かせないのなら動かなければいい。
相手がわざわざ懐に飛び込んできてくれるのだ。これほどの好機はない。
俺の言葉にリナはハッとしたように目を見開いた。
そうだ、マスターの教えはいつも常識の外にある。
脚がダメでも、木剣も盾もなくてもわたしには腕がある。
彼女の瞳から絶望の色が消え、闘志の炎が再び燃え上がった。
「馬鹿か! 俺様の必殺技が、素手如きで防げるかよ!」
クラウスが勝利を確信して木剣を振り下ろす。
「死ね、落ちこぼれぇ」
その木剣がリナの頭上に達する、寸前。
リナは動かない脚で、しかし大地をしっかりと踏みしめる。
そして今まで脚部に分散させていた【限界突破】の力の、その全てを右腕一本に集中させた。
次の瞬間。
ゴッと空気が圧縮されるような音と共に、リナの右腕が魔力の光を帯びてありえないほどに膨れ上がった。
「な……」
クラウスがその異様な光景に目を見開く。
「はあっ!」
気合い一閃。リナの拳が、振り下ろされるクラウスの剣を下から迎え撃った。
木剣と少女の小さな拳。
本来なら勝負にすらならないはずの激突。
誰もがリナの拳がクラウスの木剣に砕かれることを確信したに違いない。
だが直後に起こったことは、誰もが予想していたのと真逆だった。
甲高い音が闘技場に響くと同時に、クラウスの業物の木剣が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。
「……ば、かな……」
クラウスが信じられないものを見る目で、自分の手元とそしてリナの拳を交互に見る。
彼の木剣は無惨な木屑となって足元に散らばっている。そしてそれを砕いたのは、目の前の少女の華奢で小さな拳だった。
リナはただ静かにその場に立っていた。
彼女の拳から白い煙が立ち上っている。それは極限まで圧縮された魔力が解放されたことによる余波だった。
【限界突破】の全出力を右腕一本に込めた一撃。それはもはや拳の一撃ではなく、攻城兵器のそれに等しい破壊力を持っていた。
「終わりです」
勝負は決した。




