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第12話 昇級試験と、応用技術と、エリートたちの陰謀と

 騎士団長が去った後も、第一訓練場の熱気は冷めやらなかった。

 月例昇級試験。それは新人たちの序列を決定づける最初の公式な舞台だ。

 リナの覚醒が本物か、それとも何かのまやかしなのか。その真価が騎士団全員の目の前で問われることになる。


「マスター……」


 リナが不安げな声で俺を見上げた。その手は緊張で固く握りしめられている。

 無理もない。彼女はついこの間まで、誰からも才能がないと見なされていた落ちこぼれなのだ。それが今や騎士団中の注目の的となっている。その重圧はいかばかりか。


「怯えるな。そして侮るな」


 俺は彼女の頭にぽんと手を置いた。


「貴様がやるべきことは一つだ。俺の指導をただ遂行しろ。それだけでいい」

「……はい、マスター」


 リナはこくりと頷いた。その瞳に再び強い意志の光が宿る。

 隣では聖女セレスティアが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「マスターとリナさんなら、きっと大丈夫です。わたくしが保証いたします」


 ……あんたの保証が一番厄介事を呼び込みそうなんだがな。

 俺はそんな内心のツッコミを飲み込み、リナを連れてその場を後にした。


 ◇     ◇     ◇


 昇級試験まであと一週間。

 俺はリナを普段は使われていない第五訓練場へと連れてきていた。

 ここからは対人戦を想定した、より実戦的な指導が必要になる。


「リナ。貴様が覚醒した力、【限界突破(リミットブレイク)】だが、今のままでは実戦では使い物にならん」

「え……。そ、そんな……」


 俺の言葉にリナがショックを受けたような顔をする。


「勘違いするな。力が足りないと言っているのではない。むしろ強力すぎるのだ」


 俺は一本の木剣を拾い上げる。


「今の貴様は巨大な鉄槌を振り回しているようなものだ。確かに威力は絶大だが大振りで的を外しやすく、何より体力の消耗が激しい。それでは格上の相手や長期戦には対応できん」


 原作ゲームでもそうだった。

 【限界突破(リミットブレイク)】は強力な反面、発動中のMPとスタミナの消費が異常に激しい。使いどころを見誤ればあっという間にガス欠に陥る、諸刃の剣なのだ。


「そこでだ。これからはこの力の『応用技術』を貴様に叩き込む」

「応用……技術、ですか?」

「そうだ。全身で力を発動させるのではなく、身体の一部にだけ瞬間的に力を集中させる。脚だけに力を集めて神速の移動を、腕だけに集めて必殺の一撃を、といった具合にな」


 これは原作ゲームでも上級者しか知らないテクニックだった。

 スキルの部分的な発動。これにより消費を最小限に抑えつつ、状況に応じた最適なパフォーマンスを発揮することが可能になる。


「だがこれは生半可な集中力でできることではない。少しでも気を抜けば力が暴走し、貴様自身の身体を破壊することになるぞ」


 俺は脅しではなく事実を告げる。

 リナはごくりと喉を鳴らした。だがその瞳に怯えはなかった。


「やります。マスター、ご指導をお願いします」


 そこからの訓練は熾烈を極めた。

 脚力だけを強化して俺が放つ魔力弾を回避する訓練。

 腕力だけを強化して寸止めで岩を砕く訓練。

 最初は力の制御に苦戦し、何度も地面を転がった。強化しすぎた脚力で壁に激突しかけたり、腕に込めた力が暴発して木剣を粉々に砕いてしまったりもした。

 だがリナは決して音を上げなかった。

 一度覚醒した才能は、俺の想像を超える速度で新たな技術を吸収していく。

 三日が過ぎる頃には彼女は不格好ながらも、力の部分的な制御をこなし始めていた。


 ◇     ◇     ◇


 その頃、エリートたちが集う第二訓練場では不穏な空気が渦巻いていた。

 中心にいるのはもちろんクラウスだ。

 彼は模擬戦での屈辱的な敗北以来、鬼気迫る表情で訓練に打ち込んでいた。


「クラウス様、本当にあの落ちこぼれを……」


 取り巻きの一人が不安げに声をかける。


「ああ、もちろんだ」


 クラウスは汗を拭いもせず獰猛な笑みを浮かべた。


「この間の負けで目が覚めた。あの女もカイエン教官も、何か汚い手を使ったに違いない。だがそれももう通用せん」


 彼は腰に提げた一つの小袋を叩いた。


「我が家に代々伝わる魔道具【重力の足枷(グラビティ・アンカー)】だ。これを起動させれば半径十メートル以内の相手の動きを強制的に鈍らせることができる」

「そ、そんなものを……。しかしそれは規則違反では」

「馬鹿を言え。これは俺自身の魔力を増幅させるための『補助具』だ。そう言い張ればいい。審判も貴族である俺に強くは出れんさ」


 クラウスは勝利を確信していた。

 どんなに速く動けようと、この魔道具の前では無意味。動きを封じた上で今度こそ俺の必殺技で完膚なきまでに叩き潰してくれる。


「見ていろ、リナ・アシュフィールド。そしてカイエン。貴様らの化けの皮を俺が剥がしてやる」


 彼の歪んだ復讐心が昇級試験という舞台を、ただの実力測定の場から悪意に満ちた処刑場へと変えようとしていた。

 俺とリナはまだ、その陰謀を知る由もなかった。

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