第12話 昇級試験と、応用技術と、エリートたちの陰謀と
昇級試験まであと一週間。
俺はリナを普段は使われていない第五訓練場へと連れてきていた。
この訓練場は騎士団本部駐屯地の中でもかなり辺鄙な場所にある。
元々はいくつかある資材置き場の一つだったらしいのだが、その昔何らかの理由で臨時的に訓練場として整備されたものらしい。
そのせいか、周囲には建築資材などが今も置かれたままになっているため、自然と人目を遮ってくれる。
「あの男の言っていた通りだ」
前回のこともあり、なるべく人目を避けたかった俺は、歳の近い同僚の教官に人目に付きにくい訓練できる場所はないかと聞いてみた。
たぶん以前であれば、彼奴も新人潰しのカイエンにそんな場所を教えることはなかったかもしれない。
だが、クラウスとリナの一件と聖女様のことがあってからは、同僚たちの俺に対する態度も変わり、彼も素直に俺とリナのためにこの訓練場の存在を教えてくれたのである。
もちろん未だに俺に猜疑や侮蔑の籠もった視線を送ってくる者もいるが……。
「さて」
ここからは対人戦を想定した、より実戦的な指導が必要になる。
俺はゲームで自分がスキルを自在に操れるようになるまでに繰り返した練習内容を思い出しながらリナに告げる。
「リナ。貴様が覚醒した力――【限界突破】だが、今のままでは実戦では使い物にならん。このままでは試験に通る可能性はほぼないだろう」
「え……そ、そんな……」
俺の言葉にリナがショックを受けたような表情を浮かべる。
「勘違いするな。力が足りないと言っているのではない、むしろ強力すぎるのだ」
俺は腰に差していた訓練用の木剣を抜きながら続ける。
「今の貴様は巨大な鉄槌を振り回しているようなものだ。確かに威力は絶大だが大振りで的を外しやすく、何より体力や魔力の消耗が激しい。それでは格上の相手や長期戦には対応できん」
原作ゲームでもそうだった。
【限界突破】は強力な反面、全力で発動すると魔力とスタミナが一気に消費されてしまう。
つまり使いどころを見誤ればあっという間にガス欠に陥る諸刃の剣だった。
そう、先日リナが限界突破】を初めて発動したとき、加減も知らず一気に魔力を使い切ってしまったため、直後に倒れてしまったように。
もちろん慣れてくれば出力を抑えることで発動時間を長くすることも出来るだろう。
だがそれでは普通の身体強化となんら変わらない。
そして限界突破】が最強の特殊スキルとも言われていた理由は他にある。
「そこでだ。これからはあの力を自在に操るための『応用技術』を貴様に叩き込む」
「応用……技術……ですか?」
「そうだ」
俺は木剣の先でリナの身体を順番に指し示しながら続ける。
「全身で力を発動させるのではなく、身体の一部にだけ瞬間的に力を集中させる。脚だけに力を集めて神速の移動を、腕だけに集めて必殺の一撃を、といった具合にな」
これは原作ゲームでも上級者なら確実に覚えなければならないテクニックだった。
スキルの部分的な発動。これにより消費を最小限に抑えつつ、状況に応じた最適なパフォーマンスを発揮することが可能になる。
「だがこれは生半可な集中力でできることではない。少しでも気を抜けば力が暴走し、貴様自身の身体を破壊することになるぞ」
俺は脅しではなく事実を告げる。
実際ゲームでも操作をミスるとダメージが入り、設定資料集にもバグではなく仕様だと書かれていた。
詳しい理由は書かれておらず、なぜそうなるかはユーザー間で想像するしかなかったのだが、今俺がリナに告げたものが考察勢の主流になっている。
俺の脅しとも取れる言葉に、リナはごくりと喉を鳴らす。
だがその瞳に怯えはなかった。
「やります、マスター。ご指導をお願いします」
「必ずやり遂げろ。そうすればお前を勝たせてやる」
「はい!」
そこからの訓練は熾烈を極めた。
脚力だけを強化して俺が放つ魔力弾を回避する訓練。
腕力だけを強化して寸止めで岩を砕く訓練。
最初は力の制御に苦戦し、何度も地面を転がった。
強化しすぎた脚力で壁に激突しかけたり、腕に込めた力が暴発して木剣を粉々に砕いてしまったりもした。
魔力とスタミナを使い切り、意識を失い倒れたことも何度もあった。
だがリナは決して音を上げなかった。
一度覚醒した才能は、俺の想像を超える速度で新たな技術を吸収していく。
三日が過ぎる頃には彼女は不格好ながらも、力の部分的な制御をこなし始めていた。
† † †
その頃、エリートたちが集う第二訓練場では不穏な空気が渦巻いていた。
中心にいるのはもちろんクラウスだ。
彼は模擬戦での屈辱的な敗北以来、鬼気迫る表情で訓練に打ち込んでいた。
「クラウス様、本当にあの落ちこぼれを……」
取り巻きの一人が不安げに声をかける。
「ああ、もちろんだ」
クラウスは汗を拭いもせず獰猛な笑みを浮かべた。
「この間の戦いは実力で負けたわけじゃない。俺は嵌められたんだ」
クラウスの目に黒い炎が揺らぐ。
「あの女もカイエンも、きっと何か汚い手を使ったに違いない。だがそれももう通用せん」
彼は腰に提げた一つの小袋を叩いた。
「我が家に代々伝わる魔道具【重力の足枷】だ。これを起動させれば半径十メートル以内の相手の動きを強制的に鈍らせることができる」
「そ、そんなものを……。しかしそれは規則違反では」
「馬鹿を言え。これは俺自身の魔力を増幅させるための『補助具』だ。そう言い張れば審判も貴族である俺に強くは出れんさ」
クラウスは勝利を確信していた。
どんなに速く動けようと、この魔道具の前では無意味。動きを封じた上で今度こそ俺の必殺技で完膚なきまでに叩き潰してくれる。
「見ていろ、リナ・アシュフィールド。そして新人潰しのカイエン。貴様らの化けの皮を俺が剥がしてやる」
彼の歪んだ復讐心が昇級試験という舞台を、ただの実力測定の場から悪意に満ちた処刑場へと変えようとしていた。
そしてそのことを俺とリナはまだ知る由もなかったのだった。




