第11話 聖女の帰還と、深まる勘違いと、次なる舞台と
聖女セレスティアが騎士団に帰還したのは、彼女が孤児院へ向かってからちょうど一週間が過ぎた日の午後だった。
その知らせはすぐに騎士団中に広まった。
俺がリナの指導を行っていた第一訓練場にも、その噂は届いていた。
「おい、聖女様がお戻りになられたぞ」
「カイエン教官の奇妙な指導とやらは、結局どうだったんだ?」
訓練をしていた生徒たちがひそひそと囁き合っている。
まあ結果は俺だって気になっている。
俺がそう思っていると、訓練場の入り口がにわかに騒がしくなった。
そこに立っていたのは純白の訓練服に身を包んだセレスティア、その人だった。
訓練場にいた全員が息を呑んだ。
彼女の姿そのものは一週間前と何も変わらない。
だがその身にまとう雰囲気がまるで違っていた。
以前の彼女が常に張り詰め、今にも砕け散りそうな薄氷のような神々しさを放っていたとすれば、今の彼女は全てを包み込むような、穏やかでしかし底知れない湖のような深淵さを湛えていた。
「マスター」
セレスティアは周囲の視線など意にも介さず、まっすぐに俺の元へと歩み寄ってくる。
そして俺の目の前で深く、恭しく頭を下げた。
「ただいま戻りました」
「うむ。顔つきが変わったな」
俺がそう言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「はい。マスターのお導きのおかげで、わたくしは……わたくしの力の本当の在り方を理解することができました」
その時、リナが訓練で指先に作った小さな切り傷にセレスティアが気づいた。
「リナさん、お怪我を」
彼女はそう言うと、そっとリナの指に自分の手をかざす。
次の瞬間、彼女の指先から蛍の光のように淡くそして温かい光が放たれた。それはリナの小さな傷だけを優しく包み込み、瞬く間に癒していく。
以前の彼女ならこの程度の傷を癒そうとすれば、リナの腕ごと吹き飛ばしかねないほどの力が暴走していただろう。
それはあまりにも完璧な力の制御だった。
「す、すごい……」
リナが驚きに目を見開いている。
周囲で見ていた生徒たちも教官たちも、言葉を失っていた。
聖女の力が暴走するという噂は騎士団内でも有名だったからだ。その彼女がこれほど繊細な治癒魔法を……。
「マスター。これがわたくしが見つけた答えです」
セレスティアが誇らしげに俺を見つめる。
俺は内心で冷や汗をかきながらも、尊大に頷いてみせた。
「当然の結果だ。貴様が俺の課題の意味を正しく理解しただけのことに過ぎん」
(ただのサブクエなのに、とんでもないことになってきたぞ……)
俺の内心の叫びなど知る由もなく、セレスティアの俺への信仰はますます深まっているようだった。
その異様な光景を遮るように、一人の男が訓練場に足を踏み入れた。
騎士団長だった。
彼は聖女の姿を見て一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに気を取り直し俺とリナに視線を向けた。
「カイエン。そしてリナ・アシュフィールド。ちょうどいいところにいたな」
団長の厳しい声が場に緊張を走らせる。
「来週、月例の昇級試験を行う。リナ、貴様の覚醒が本物かどうか、騎士団全員の前で証明してもらうぞ」
その言葉に訓練場の空気が変わった。
そうだ。リナの覚醒はまだ一部の人間しか目撃していない。彼女の真価が問われる本当の舞台はこれからなのだ。
「クラウスを筆頭としたエリートたちが貴様を叩き潰そうと息巻いている。せいぜい無様な姿を晒さんことだな」
団長はそう言い残し去っていった。
残された訓練場には新たな興奮と期待が渦巻いていた。
リナは緊張でごくりと喉を鳴らす。
俺はそんな彼女の肩に手を置き、静かに告げた。
「聞いただろう、リナ。次が本番だ」
「は、はい、マスター」
聖女の奇跡は序章に過ぎない。
ここからが落ちこぼれの少女による、本物の逆転劇の始まりだ。
俺は来るべき舞台を思い、不敵な笑みを浮かべるのだった。




