第1話 転生と絶望と、最初の決意と
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蛍光灯の明滅が疲弊しきった網膜を焼く。
キーボードを叩く音だけが響く深夜のオフィスで、俺の意識はゆっくりと闇に溶けていった。
(ああ……もう、ダメだ……)
連日のデスマーチ。積み上がるタスク。俺の唯一と言っていい癒しは、寝る間を惜しんでプレイしたRPG、『アークス・サーガ』だけだった。あの剣と魔法の世界を、もう一度……。
それが俺の最後の記憶だった。
◇ ◇ ◇
気がついた時、俺は見知らぬ石造りの天井を眺めていた。
……いや、見覚えがある。最悪なことに、な。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。金属が擦れ合う無機質な音がやけに耳についた。
(どこだ、ここ……。俺は確か会社で……)
霞のかかった思考を巡らせていると、硬質な声が俺の耳朶を打った。
「カイエン教官。ようやくお目覚めですか」
その呼び名が俺の脳天をぶん殴った。
血の気が引く。心臓が大きく跳ねる。全身の毛が逆立つような感覚。
嘘だろ。そんなはずはない。だって、それは――。
カイエン・マーシャル。
俺がここ数年、人生そのものを捧げたと言っても過言ではないRPG、『アークス・サーガ』に登場する、忌まわしきモブキャラクターの名前じゃないか。
一体どういうことだ。
俺は混乱する頭で必死に記憶を手繰り寄せる。
カイエン・マーシャル。王立騎士団の教官。エリート主義に凝り固まり、才能のない新人を徹底的に扱き、精神的に追い詰めて退団させてしまう男。そのあまりの嫌われっぷりからプレイヤーたちの間では、愛情の欠片もなく「ハズレ師匠」とだけ呼ばれていた。
ゲームの攻略サイトの掲示板には「こいつにだけは当たりたくない」「担当になったらリセット推奨」なんて書き込みが溢れていたはずだ。
俺は恐る恐る自分の手を見た。そこには見覚えのない、少し日に焼けた節くれだった男の手があった。
(顔……顔を確認しないと)
俺はよろめきながら立ち上がり、部屋の隅に置かれていた水差しに駆け寄った。震える手でそれを持ち上げ、磨かれた銀の表面を覗き込む。
そこに映っていたのは、俺が知る冴えないサラリーマンの顔ではなかった。
通った鼻筋。鋭く他者を寄せ付けない銀色の瞳。そしてその瞳と同じ色をした癖のある銀髪。
原作ゲームで何度も見た、神経質そうで目つきの悪い男の顔。カイエン・マーシャルの顔そのものだった。
「うわっ」
俺は思わず水差しを取り落とし、床に派手な音を立てて転がった。
「教官、どうされましたか」
騎士の一人が訝しげに声をかけてくるが、俺の耳には届かない。
(マジかよ……転生? よりにもよってこの男に?)
頭がくらくらする。過労死した挙句、異世界転生。そこまでは、まあ昨今の流行りと言えなくもない。だがなぜ主人公や人気キャラクターではなく、よりにもよってこの全プレイヤーから蛇蝎の如く嫌われているモブ教官なんだ。何の罰ゲームだ、これは。
はぁ……。まあ仕方ない。いや、ちっとも仕方なくないが。
俺はのろのろと身体を起こす。目の前には銀色の鎧に身を包んだ騎士たちが、侮蔑を隠そうともしない視線をこちらへ向けていた。
これが「ハズレ師匠」の日常か。先が思いやられる。
「団長がお呼びです。今年の新人の割り当てについて話がある、と」
騎士の一人が吐き捨てるように言った。
俺は原作のカイエンを思い出し、尊大に顎をしゃくる。今は下手に動くべきじゃない。まずは情報収集だ。
◇ ◇ ◇
重厚な扉の先、団長室で待っていたのは白髭をたくわえた厳つい顔つきの男だった。
「来たか、カイエン」
団長は机の上の書類を指で弾きながら、厄介払いでもするかのように言った。
「今年も貴様には新人を一人預ける。期待はせん。だが潰すのだけはやめておけ。ただでさえ志願者は少ないのだ」
まったくもってひどい言われようである。
俺が無言で頷くと、団長の合図で一人の少女が部屋に入ってきた。
その姿を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
亜麻色の髪。不安げに揺れる瞳。おどおどと俯く様。
間違いない。彼女は、リナ・アシュフィールド。
原作ゲームにおいて魔力も身体能力も平均以下で特別な才能もなく、そして――このカイエン・マーシャルの指導に心を折られ、騎士になる夢を諦めて退団していく運命にある少女だった。
「リナ・アシュフィールドです……。本日より、カイエン教官のご指導を……」
か細く震える声。まるで断頭台に上る罪人のようだ。
俺は彼女を見つめる。
ゲームの画面越しに何度も見たキャラクターだ。彼女が騎士団を去った後、故郷の村でひっそりと暮らすことになるという後日談まで俺は知っている。彼女の物語はここで終わる。この俺のせいで。
冗談じゃない。
ふつふつと腹の底から熱い何かがこみ上げてくる。
過労死して最悪のキャラに転生しただけでも理不尽だというのに、目の前の少女の未来までバッドエンドだと?
俺がそれをただ見過ごすとでも?
俺はゲーマーだ。どんな理不尽な仕様も知識と根性で乗り越えてきた。
ならばこの現実だって攻略してやる。
よし、決めた。
俺は原作のカイエンが浮かべるような、冷徹な笑みを意識して作った。
「……聞いているぞ。貴様には才能がない、と」
びくりとリナの肩が震える。その瞳がさらに絶望に染まっていく。
だが俺は言葉を続けた。
「だが俺の指導に死ぬ気でついてくるなら、あるいは……な」
俺は立ち上がり彼女の前に立つ。恐怖に染まった瞳が俺をまっすぐに見上げた。
「今日から俺を『師匠』と呼べ」
リナは俺の言葉の意味を測りかねるように、ただ黙って震えていた。やがて何かを振り絞るように、小さな、しかし確かな声で答えた。
「は、はい……マスター……」
こうして最悪の評価を持つ鬼教官と、落ちこぼれの少女の誰も知らない物語が幕を開けたのだった。
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