二人を繋ぐメッセージ
「これ、遥ちゃんの名前じゃ……。」
芳名帳の最後のページに書かれた懐かしい筆跡。
高瀬湊は、驚きを隠せなかった。
何度も思い出しては、もう、会えないと思っていた人……。
そういえば、今日の夕方、自分がギャラリーに戻ってきた後に誰かが扉を開けて出ていったっけ?
その女性の後ろ姿に見覚えがあったような気がした。
何となく気になって、芳名帳を見に行くとそこには、成瀬遥と書かれた文字が……。
住所を見ると以前と変わらない街の名前。
湊は、彼女だと確信した。
まさか、自分の個展に彼女がやって来るとは想像だにしなかった。
勤めている出版社で書籍や雑誌の装丁デザインを手掛けてきた湊だったが、自分自身のイラストで個展を開けるようになるまでには長い時間がかかった。
会社の休みが取れた時には、風景や動物をスケッチするために自然が多く残る地に足を運んだ。
アートスクールにも在籍し、自分のスタイルを大切にしながら主に水彩でイラストを描いてきた。
美しい風景に溶け込む動物たち。
可愛らしかったり、ユーモラスであったり……。
Instagramに投稿した湊のイラストは、たちまち人気が出た。
個展を開く話も出て、1年ほどの準備期間を経て今回の個展を開催するに至った。
湊には、この個展を見てもらいたい人がいた。
それは、遥だったーー。
いつもイラストを描きながら思い浮かぶのは決まって遥の顔。
この絵を見たら、遥ちゃんならどう言うかな?と湊は思った。
きっと素直な感想を聞かせてくれただろうな……。
もう、自分の隣にはいない遥を思い続ける日々。
俺、かなり重症なのでは?
と湊は内心思っていた。
しかし、いざとなると湊は個展の案内状を彼女に送るかどうか迷ってしまう。
もう、彼女は元の場所にいないかもしれない。
結婚だってして姓も変わっているかも……。
LINEでは繋がっていたが、連絡する勇気は出なかった。
彼女とは大学卒業以来会っていない。
どんな風に変わっているか、知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちだった。
でも、今日、彼女は自分の個展に来てくれた!
どうしても彼女にもう一度会ってみたいーー。
湊の気持ちは、もう、抑えられなかった。
湊は、自宅に戻ってきてから、スマホを取り出した。
「何てメッセージを送ろうかな?」
湊は、一人呟いた。
『遥ちゃん、久しぶり。
今日、個展に来てくれていたよね?
ありがとう。
凄く嬉しかった。
また、会えるかな?』
ここまで書いて、送信ボタンを押そうとするが、湊は躊躇ってしまう。
迷惑じゃないかな?
大丈夫だろうか?
でも、今、勇気を出さなかったら、俺はまた後悔するに決まってる。
大学時代に遥と仲良くしながらも、彼女になって欲しいとは打ち明けられなかった過去ーー。
将来への不安から自分の気持ちを押し隠したまま、卒業してしまった。
彼女と会えなくなってから、あの時自分の気持ちを伝えていればと何度も後悔してきた。
もう、そんな思いはしたくない。
今の彼女がどんな風になっていても、もう一度だけ会ってみたいーー。
そう思って湊はついに彼女にメッセージを送信した。
返事が返ってくるかはわからない。
部屋の中を落ち着きなく歩き回る湊。
まるで、大学時代に戻ったような気分だった。
「遥ちゃん、頼む!」
祈るように返事を待っていた湊のスマホに着信音が鳴った。
LINE画面を開くとそこには、遥からのメッセージが届いていた。
「湊先輩、ご無沙汰しています。
お元気でしたか?
偶然先輩の個展を知り、今日ギャラリーに伺いました。」
相変わらず丁寧な口調で綴られたメッセージを見て湊は、嬉しくてたまらなくなった。
二人の距離が一気に縮まった瞬間だった。




