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過去を探して



遥が帰宅した頃には辺りはもう、真っ暗だった。


暗闇の中で鳴く虫の声がやけに大きく感じる。


家の中はしんと静まり返っていた。


時計を見ると午後6時を回っている。


遥は、洗濯物を取り込もうと2階のベランダに向かった。


窓ガラスを開け、ベランダに出ると頬に触れる空気が思ったよりも冷たかった。


ひんやりとした夜の空気に身をおきながら、遥は星空を見上げた。


いまだにさっき見た観覧車の中での出来事が忘れられない。


湊先輩ーー。


遥が見た先輩に似たシルエット。


先輩は、今、どうしているのかな?


すっかり冷えてしまった洗濯物を取り込みながら、遥は湊先輩のことを想った。


そういえば……。


大学時代に湊先輩からもらったスケッチが残っていたかもしれない。


遥は洗濯物を室内に置き、自分の部屋に向かった。


自室の机の引き出しをしばらく探すと湊先輩からもらったスケッチが一枚出てきた。


「あった!」

遥は嬉しくて感嘆の声をあげた。


優しい線で描かれた湊先輩のスケッチ。

たてがみの美しいライオン、連れだって歩くシマウマ、大きな瞳のウサギなど……

そこには、先輩と動物園で見た動物たちが描かれていた。 

どの動物にも湊先輩の温かな眼差しを感じる。



湊先輩と動物園に行ったあの日ーー。


「先輩、先輩が描いたスケッチ、一枚もらっても良いですか?」

遥が遠慮がちにそう頼むと


「えっ? 

こんな絵で良いの?」

湊先輩は、ちょっと照れくさそうに笑いながら、スケッチを一枚切り取って遥に渡してくれた。


熱心に動物をスケッチしていた先輩。


観覧車の中で見た映像の中には、動物のイラストも出てきた。

このスケッチにも似ているような気がする。


遥が湊先輩のスケッチをじっと見ていると


「遥ちゃ~ん、ただいま。」

玄関の方から母の声がした。


「遅くなったから、お惣菜買ってきちゃった。」

母がキッチンのテーブルに買い物袋を置く音がする。


「あっ、お帰りなさい。」

遥は、我に返って、スケッチを机に置くと母の元に向かった。


遥は、食器棚からお皿を出して母が買ってきてくれたコロッケとポテトサラダを乗せた。


その後急いで遥は、豆腐とワカメのお味噌汁を作った。


「遥ちゃん、ありがとう。

お味噌汁、美味しそうね。」


母が食卓に座ったのを見計らって食卓にお味噌汁の椀とご飯を盛ったお茶碗を置いた。


「いただきま~す。」


二人で手を合わせてから箸をとった。


「今日は遥ちゃん、何をしていたの?」


食事をしながら、母が聞いてくる。


「う~ん。

特別なことは何も。

近所をぶらぶらしてただけよ。」


さすがに遥は、2日続けて遊園地に行ったとは母には言えなかった。


「そうなの?」


「そういえば、よくお母さんと行ったお蕎麦屋さんで山菜そばを食べたよ。」


「あら、あのお店に行ったのね。

あそこのお蕎麦、美味しいのよね。

懐かしいわ。」


しばらく沈黙が続いてーー

母が次にこんなことを聞いてきた。


「懐かしいと言えば、遥ちゃんの仲が良かった先輩……。

ええっと。名前は忘れちゃったんだけど。

あの先輩に今でも会ってる?」


「えっ?

もしかして……湊先輩のこと?」


「そうそう。

湊先輩だった。

よくあなたから、その湊先輩の話を聞いていたから。」


母が湊先輩のことを覚えているなんて、遥はびっくりした。


「今は、先輩には会ってないし、先輩がどうしているかも知らないのよ。」

遥が答えた。


「そうなんだ。

お母さん、あなたと湊先輩が付き合ってるのかと思っていたから……。」


「いや、付き合ってなんかいないよ。

ただ、仲が良かっただけ。」


「そう。そうだったのね。」

母はちょっと残念そうにしたが、それ以上はもう、何も言わなかった。



まさか、母の口からこのタイミングで湊先輩の名前が出るとは思わず、遥は戸惑うと同時に不思議な感じがした。


夕食が終わると母は毎週楽しみにしているドラマを見始めた。


遥は目では母と一緒にドラマの画面を追いながら、頭の中は湊先輩のことでいっぱいだった。



ドラマが終わり、自分の部屋に戻ってからも遥は湊先輩の描いたスケッチをじっと見つめては


どこかで、また湊先輩に会えるのかな……。


そんな想いを巡らせては、ため息をついた。


もう一度湊先輩には会いたかったが、ずっと会っていないのに先輩にメッセージを送るのも唐突に思えて躊躇われた。


その晩、遥はなかなか寝付くことができなかった。


夜中になっても虫の声が賑やかに聞こえてくる。


遥が窓を開けると秋の月が煌々と周囲を照らしていた。


優しく降り注ぐ月の光に遥は自然と心が落ち着いていくのを感じた。


あれが私の未来だったとしたら、また、きっと湊先輩にどこかで会えるーー。


そう信じてみたいと遥は思った。


月明かりに照らされて遥の顔も明るく輝いていた。


































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