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母の夢


翌朝、遥は久しぶりに時間を気にせずにゆっくりと起きた。


実家での朝は、母が淹れてくれた珈琲の香りで目覚める。

外からは小鳥の囀ずりも聞こえてきた。


遥は、「う~ん。」

と言いながら、ベッドの中で両手を伸ばした。


朝になると少し冷える。


長袖のブラウスに袖を通し、カーディガンを羽織った。


リビングに現れた遥に気がついた母が声をかけてきた。


「遥ちゃん、お早う。

夕べはゆっくり眠れた?

昨日は疲れた顔をしていたけれど。」


「うん、お陰様でよく眠れたわ。」


食卓に着くと母がカップに珈琲を注いでくれる。


「それなら、良かった。

遥ちゃんは、明日までいられるの?」


「うん。

もう一晩、泊まっていくね。

明日の朝には帰るけど。」


「そう。

じゃあ、今日は1日ゆっくりできるわね。」

母も遥の向かい側に座った。


食卓の白いお皿には、サンドイッチが乗っていた。

「あら、お母さん。

今日の朝はサンドイッチを作ってくれたのね。」


レタスに卵やキュウリ、ハムを挟んだサンドイッチ。

彩り豊かなサンドイッチに遥は食欲をそそられた。


「あなた、このサンドイッチ好きでしょ。」


「うん。ありがとう。

美味しくいただきま~す!」 

少しおどけた口ぶりで遥はサンドイッチを頬張った。


「ところで……。

遥ちゃん、最近、小説は書いているの?」


母が唐突に聞いてきたので、遥は少し驚いた。


「えっ?

何でそんなことを聞くの?」


一口食べたサンドイッチを遥は、お皿に置いた。


「ずっと気になっていたのよ。

遥ちゃんが小説を書いているのか……。」

母が心配そうに遥の顔を見つめている。


「今は書いてないよ。

だって、何を書いたら良いかもわからなくなっちゃったし。」

遥は、そう言って口ごもった。


「そうなんだ。それは残念ね。

一時は賞をとる位に熱心に書いていたのに。」 


寂しそうな母の顔。 


それは、遥がまだ大学時代に応募したコンクールのことだった。

小さな文芸雑誌が主催したもので、遥は佳作に入選した。


「あれは、佳作だったのよ。

あの後、あちこちのコンクールに応募したんだけれど落選が続いて……。

就職してからはあまり書けなくなっちゃったの。」


遥は母に自分が小説を書けなくなったわけを話した。


母は、遥の話をじっと聞いてくれた。


「そうだったのね。

落選していたなんてお母さん、知らなくて……。

余計なこと聞いちゃったね。

働いていたら、忙しいし、書けなくても無理はないと思うよ。

でも、また書いてみたら?

今の遥ちゃんにしか書けない話もあるかもよ。」


「そうかな?」

遥は半信半疑で母に問いかけた。


「そうよ。

歳を重ねたら、重ねた分だけ経験も増えるでしょ?

そうしたら、物語にも厚みが出るわよ。

あなたには、好きなことを続けて欲しいの。

私は、昔やりたいことを出来なかったら、余計そう思うのかもしれない……。」


しみじみとそう語る母に


「えっ、お母さんのやりたかったことって何だったの?」

遥は勢いこんで尋ねた。


珈琲を一口飲んだ後、母は再び口を開いた。


「実は、昔、お母さんは小学校の先生になりたかったのよ。

でも、私の下には妹や弟がいたし、実家の経済状態では大学の進学は難しくて……。

だから、高校を出てすぐに働いたの。」


「お母さんの夢は小学校の先生だったのね!

高校を卒業してすぐに働いたなんて、お母さんも苦労したわね。」


遥は、母の昔の夢を初めて知った。


「別に苦労したとも思ってないわ。

働いている頃にお父さんにも出会って結婚できたし、あなたも産まれた。

お母さん、幸せだったわよ。」


母が幸せだったと聞いて遥は安堵した。


「ただね、遥には作家になるという夢を諦めてもらいたくないのよ。

後悔して欲しくないというか……。」


「うん。

わかったわ。考えてみるね。」

遥は、母の顔をじっと見つめながら答えた。


母にもかつて夢があったーー。

全然知らなかった。

私のために話してくれたんだなと遥は思った。

そう思うと胸がいっぱいになった。


「お母さんね。

最近、図書館でボランティアをしているのよ。」

また、母が嬉しそうに話し出した。


「図書館で?

何のボランティアをしてるの?」


「絵本の読み聞かせよ。

昔働いていた会社の同僚の人に誘われたの。」


「そうなんだ。

お母さん、そのボランティア、楽しいの?」


「うん。凄く楽しい。

こどもたちが、キラキラした目で私の方を見るの。

絵本の読み聞かせも熱心に聞いてくれて……。」

そう話す母の瞳もキラキラと光っていた。


「遥ちゃんにも子どもの頃、よく絵本を読んだわよね。」


「うん。読んでもらったね!

よく覚えてる。

あの頃お母さんが毎晩私に絵本を読んでくれたから、私、物語が好きになったのかもしれない。」


「本当に?

そうだとしたら、嬉しいなぁ。」

母は、ニコニコしながら、遥を見ていた。


「あっ、せっかく朝ごはん食べていたのに中断させて、ごめんね。

私も早く食べて仕事に行かなきゃ。」


母と遥は、一緒にサンドイッチを頬張った。


母のサンドイッチは、子どもの頃と同じ味がして


「これ、凄く美味しいね。」

と母に言ったら


「ありがとう。」

と母が微笑んだ。


忙しい毎日の中で忘れかけていた母との当たり前の会話。

来て良かったなと遥は思った。


「夜、7時過ぎには帰るから。」

と言い残して母は仕事に出かけていった。


今は地元の飲食店で働いている母。


父の亡くなった後、私を抱えて母は何度か転職を繰り返した。

苦労して育ててもらったと思う。


母は小学校の先生にはなれなかったけれど……

今は図書館でのボランティアで子どもたちに接している。


そんな母を素敵だと遥は思った。



母が仕事に出かけた後、遥はまた、昨日の観覧車での不思議な体験を思い出していた。 



昨日の時間にまた、観覧車に乗ったら同じことが起きるのだろうか?



母は夜まで帰ってこないーー。



遥は、もう一度観覧車に乗ったら何が起こるのかを試してみたい気持ちを抑えることができなかった。



自室を片付け、母と自分の洗濯物をベランダに干した後、遥は街に出かけた。



午前中は、街をぶらぶら散歩しながら、古びた本屋に入って本を眺めたり、街に一つだけあるショッピングモールで母のカーディガンを買ったりして時間をつぶした。


昼には、昔、母とよく出かけたお蕎麦屋さんで温かい山菜そばを食べた。

体がぽかぽかと温まった。


その後遥は、海の近くまで歩いていった。

海岸の遊歩道から見下ろすと秋の海は、人影も疎らだった。


遥は、海辺のカフェを見つけて扉を押した。


中に入ると窓際の席に座り、ミルクティーを注文した。


バッグから、取り出したのは、読みかけの小説。


少し開いた窓からは、

ザザザ……という寄せては返す波の音や仲間を呼んでいるようなかもめの鳴き声が聞こえてくる。


「ここは、落ち着くな~。」

窓の外を見ながら遥は一人呟いた。


ほどなくして、ミルクティーが運ばれてきた。


白いカーテンが風で揺れる。


遥はミルクティーを飲みながら、大好きな小説の世界に入り込んでいった。


2時間ほど経っただろうか?


段々と日が傾き始めた頃ーー。


遥は静かに本を閉じて立ち上がった。


そろそろ行かなくちゃ。


決心したように遥は、バッグに本をしまった。


会計を済ませて、カフェの扉を開けた瞬間、サァーッと吹き抜けた風に遥は思わず身をすくめた。








































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