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スケッチブックがもたらした奇跡

スケッチブックが見つかってから数年後、湊は、義父である『一条 翠』のスケッチブックをある人物のもとに届けようとしていた。


その人物とは、かつて義父と同じ画壇で画家として活躍した野口 遙人だった。

今は、美術評論家として活動している。

画壇にも影響力を持った目利きとして知られていた。


東京の飛鳥画廊にある書斎で、その人は待っていた。

上質な麻のスーツに身を包んだ初老の男性は、目の奥に情熱を秘めているように見えた。

書棚には、びっしりと美術関係の書物が並べられている。


「初めまして。

高瀬湊です。今日は、お目にかかれて光栄です。

こちらが、義父の晩年に描いたスケッチブックです。」


「君が高瀬君か……。

今日は、『一条 翠』の作品を見せてもらえると楽しみにしていたよ。

それが彼のスケッチブックか……。

どうぞ、そこの椅子に掛けてください。」

レザーチェアから野口が立ち上がった。


湊が野口にスケッチブックを渡し、ソファーに腰掛けた。

野口は、再びレザーチェアに身を沈め、スケッチブックのページをめくりながら丹念にスケッチを見始めた。


ところどころで、目を細めて笑みを浮かべたり、頷いたり……。

最後には野口の目に涙が光っていた。


「ここには、確かに『一条 翠』がいるね。

懐かしいな……。

私は、若い頃、彼と一緒に絵を描いた仲間だったからね。

時にはぶつかることもあったが、よく絵について話をしては朝まで飲んだものだ……。

彼は、本当に素晴らしい画家だったよ。

だから、筆を折ったと聞いた時は残念でね。

でも、誰にも知られずにご家族の絵を描いていたんだね。

このスケッチブック、私が預かっても良いのかな?」


「はい。

先生のお考えにお任せしますが、いずれ義父の回顧展を開けないかと思っています。

偶然、妻の実家でこのスケッチブックが発見され、何らかの機会に皆さんにお見せできないかと思って先生のところにお邪魔しました。」


「うん。

スケッチブックではあるが、一枚、一枚の完成度が高い。

若い頃の鋭さはないが、家族を得て宿した柔らかさ、人生の喜びが感じられる。

これは、彼の晩年の作品として世に出したいね。

他に彼の作品を持っている美術館や個人の方に声をかけて、是非回顧展を開こう。

関係者に僕から声をかけてみるよ。」


「本当ですか?

ありがとうございます。」

湊は、目を潤ませながら答えた。


「時間はかかると思うが、彼のためにも、彼のファンやまだ、彼を知らない世代の人にも『一条 翠』の絵を届けよう。」


「よろしくお願いします。」

湊は立ち上がり、野口と固く握手を交わした。


こうして、『一条 翠』の回顧展への準備が始まった。


野口は、ある美術雑誌に『一条 翠』の記事を書いた。

幻の青の画家として有名だった彼の新たな作品が見つかったーー。

一冊のスケッチブックに込められた家族への想いがそこにはあった。

こんな書き出しの記事は、ネット記事にもなり、静かにしかし、確実に広がっていった。


その記事には『一条 翠』の代表作なども一緒に載せられ、彼を知らない世代にも評判となった。


幻の青の画家、『一条 翠』の名前に再び光が当たり始めたのである。


このブームは、回顧展を開く後押しにもなった。


湊や遥、遥の母にとっても信じられない程喜ばしい出来事だった。


「お父さんのことが記事になっている!」

遥がネット記事を見て感激していると母も……


「本当ね。

何だか信じられないわ。」

と何度も何度も記事を読み返していた。


まさに一冊のスケッチブックが起こした奇跡だったと言えるかもしれない。


遥の母が乗った観覧車で知らされた夫のスケッチブックの存在。


スケッチブックに込められた家族への父としての想いが、再び画家、『一条 翠』が脚光を浴びるきっかけとなったのである。


最期まで画家であり続けた義父の想いを広く世間に届けたいーー。

そんな湊の想いが時をかけて実ろうとしていた。












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