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父が残したもの

「ひなちゃ~ん、待ってよ。」


翼が陽菜の後を追う。


砂浜に、小さな二人の影が動く。


「つばさ君、遅いよ。」

陽菜が振り向いて笑っている。


翼と陽菜の距離はなかなか縮まらなかった。


奈保子と遥が二人の後を追って歩いてきた。


「陽菜が、翼君よりお姉ちゃんだっていつも威張っているけど……。

たいして違わないわよね。

4ヶ月違い?」


「そうですよね。

陽菜ちゃんが4月生まれでうちの翼は、8月生まれだから。

でも、陽菜ちゃんの方が背も高いし、足も速いし……

やっぱりお姉さんだわ。」

そう言って砂浜を走る二人を見て、遥は目を細めた。


「でも、まさか奈保子さん一家がこちらに越してこられるなんて、思いもよらなかったです。」


「うん、そうよね。

私、遥ちゃんに会いにこちらに通ってくるうちに……この海辺の街が大好きになってしまって……

とうとう、移り住んじゃった。」

奈保子がそう言いながら笑っている。


翼と陽菜は、5歳になっていた。


陽菜は、幼稚園の年中組に上がるタイミングで東京からこちらに引っ越してきた。

幼稚園は、翼と同じ幼稚園に編入した。

クラスが同じこともあり、普段も陽菜は翼にぴったりと寄り添い、お姉さん風を吹かせていた。


今も……

「つばさ君、貝殻いっぱい拾って。

それで……拾ったら、私にちょうだい?」


「えっ?

嫌だよ、拾った貝殻は僕のだし……。」


翼は、理不尽なことを言う陽菜を怒ったように見つめたが、結局、いつも陽菜の言う通りにしてしまう。


陽菜には、そんな不思議な魅力があった。


初夏の海岸は、すでに日差しが強かった。


「二人とも、そろそろ帰りましょう。」

遥が声をかけると、陽菜と翼がこちらに駆け寄ってきた。


「ママ、見て!

ほら、こんなに拾ったよ、貝殻。」

手のひらに乗った貝殻を遥に見せた。


「翼、見せて。

本当だ、綺麗ね~。」


陽菜も……


「お母さん、私もこんなに拾ったわよ。

つばさ君の拾った分と私のと合わせて、ネックレスにしたいんだ!」


「陽菜ちゃん、それはだめよ。

翼君の分は、翼君のものだから。」

と奈保子が陽菜をたしなめる。


「じゃあ……えんぴつ立てを作る~。

つばさくんの分も作るから、良いでしょ。」


「そうね~。

じゃあ、お父さんに聞いてみようか。」


「うん!」


陽菜の父親の誠一は、東京のアートスクールの講師を続けながら、こちらでも美術教室を開いていた。


「遥ちゃん、ジャムの空き瓶とかある?」


「はい、ありますけど……。」


「空き瓶を紙粘土で被ってその上から、貝柄をくつけると鉛筆立てになるのよ。

紙粘土が乾いてから、好きな色に塗ると綺麗よ。」


「あぁ、なるほど。」


「多分、誠一さんが一緒に作ってくれると思うわ。

二人とも、今度の日曜日にうちに集合!」


「は~い!」

手を挙げて、二人が元気良く返事をする。


「お父さんが、つばさ君にも教えてくれると思うよ。

素敵なえんぴつ立て、作ろうね。」


陽菜がそう言うと

「わかった。」

と翼が頷いた。


砂浜から4人は海辺の遊歩道をしばらく歩き、途中の横断歩道の所で立ち止まった。


奈保子一家は、駅近くの一軒家を借りて住んでいる。


バイバイと手を振って子どもたちは、別れた。

駅方面に去っていく奈保子と陽菜を見送った後、遥は

翼と手を繋いで家に帰った。


家に着くと、翼は手を洗いに洗面所に走っていった。


遥もその後に続こうとすると……


「遥ちゃん、ちょっと。」

母がリビングから顔を出して、遥に向かって手招きしている。


「お母さん、どうしたの?」


遥がリビングに入って行くと、机の上に古びたスケッチブックが置いてあった。


「これは……。

誰のスケッチブック?」

遥がページをめくる。


すると、そこには赤ちゃんの絵が描いてあった。

サインを見ると翠の文字が……。


「これは、お父さんのスケッチブック?」  


母が頷く。


「じゃあ、この赤ちゃんは私?

えっ、このスケッチブック、どこにあったの?」


母がやっとを口を開いた。

「2階の納戸にしている部屋の押し入れから出てきたの。

私もずっとこの家に住んでいたけれど全然知らなくて……。」


「お母さん、偶然見つけたの?」


「う~ん、それは……。」

母が言いかけているところで……


「おばあちゃん、ただいま~っ!」

翼が走ってリビングに飛び込んできた。


「あぁ、翼ちゃん、お帰り。

海に行ってたんでしょ?」


「うん!

今度、ひなちゃんの家でえんぴつ立て作るんだ!」


「そうなの?」


「うん、ほら、見て~。

こんなに貝殻拾ったんだよ。

この貝殻で作るんだ~。」


「まぁ、良いわね。

楽しみね。

出来たらおばあちゃんにも見せて。」


「うん!」


翼はそう言うと、貝殻の入った袋を持って父親に見せに走って行った。


今日は、アトリエで湊がイラストを描いているーー。


「お母さん、話が途中になっちゃったけど……。」

遥が、母親の顔を見た。


「実はね。

私……一人であの観覧車に乗ったのよ。」


「えっ!」

遥が驚きの声をあげた。


「お母さん、あの観覧車に乗ったんだ……。」


「そうなの。

前に職場の人に話を聞いてから、あの観覧車に乗ればあなたのお父さんに会えるんじゃないかって気になっていて……。

でも、実際に乗るとなるとちょっと心配で勇気もなくて、乗るまでに何年も経ってしまったわ。」


「そうだったのね。

じゃあ、乗ったのは最近?」


「えぇ。

10日ほど前だったかしら……。」


「それで、実際に観覧車に乗ったらどうだったの?」


「ゴンドラが頂上近くに近づいたら、光が現れて、それがチカチカと点滅したのよ。

一瞬目の前が暗くなって、意識がなくなるような……不思議な体験だったわ。」


「うん。」


「気がついたら、窓にお父さんが映っていたわ……。

お父さん、赤ちゃんのあなたをスケッチしていたのよ。

ニコニコしながらね。」


「そうなの?」


「えぇ。

手足をバタバタするあなたを愛おしそうに眺めていたわ。」


「お父さん、私を描いてくれていたのね。」


「お母さんが抱っこしているあなたの絵も描いていたのよ。

多分、写真を見て描いたんじゃないかしら?

私には、気づかれないように……。」


「お父さん、絵を描くのを諦めきれなかったんでしょうね。

誰にも知られないように私たちの絵をこのスケッチブックに描いて隠していたんだ。

でも、今回、お母さんにどこに隠したのかを明かした……。

だから、スケッチブックが2階の押し入れにあるのがわかったんでしょう?」


「あなた、私のこんな話を信じてくれるの?

夢みたいな出来事なのに。

あまり驚いていないようだけれど……。」


遥は、じっと母を見つめると……

「実はね。

私もお母さんと同じようにあの観覧車で、不思議な体験をしたことがあるのよ。」


「えっ、いつ頃?」


「もう、ずっと前。

私がまだ東京で働いていた頃。

その頃、また湊さんに出会うことを観覧車に乗った時に知ったというか……。

はっきりとはわからなかったけれど湊さんらしき人を見たの。」


遥は、その時の体験の一部始終を母に話した。


「そんなことがあったなんて……。

じゃあ、今、湊さんとあなたが一緒にいるのは、もう、決まっていたことなのね。」


「う~ん……。

結婚まですることはわからなかったけれど……

後で振り返ってみれば、一緒に絵本を作ることも暗示されていたような気がする。」


「その後、あなたは誰かと観覧車に乗った?」


「うん、湊さんと翼と何回か乗ったわ。

あと、奈保子さんと陽菜ちゃん、私と翼でも乗ったし……。」


「それで、その時は何か起きた?」


「ううん、全然……何も起きなかった。」


母はしばらく考えた後……

「やっぱり、あなたのお父さんが関係しているんじゃないかしらね。

最初は、あなたに。

次に私に……伝えたいことがあったのかも。

他の人たちにも色々起きているんでしょう?」


「うん。

そうみたいなの。

私が湊さんや翼と観覧車に乗って、一周して降りた時も……

ハンカチで目頭を押さえている人や感激して胸がいっぱいって顔をしていた人もいたし……。

何かがあのゴンドラの中で起こっているような気がした。

SNS上でも調べるとそんな話が出てくるし……。」


二人は顔を見合わせた。


その時、湊が翼とリビングに入ってきた。


「あれ?

そのスケッチブックは……。」


湊は、すぐにテーブルの上のスケッチブックに気がついた。


スケッチブックのページをパラパラとめくる。


「これは……。お父さんが描かれた遥ちゃんやお母さんなんですね。

最近見つかったんですか?」


「そうなの。

お母さんが納戸の押し入れから見つけて……。」


「ご家族の記録ではありますが、『一条 翠』の資料としても貴重なものですね。

水彩で彩色された絵は、確かに『一条 翠』の絵だとわかります。

独特の色調ですから。」


「そうなの?」

母が怪訝そうに聞くと……


「はい。

お父さんは、僕ら絵を学んでいる者にとっては有名な方なんですよ。

活動時期は短くても、優れた絵を描かれた方ですからね。

『一条 翠』を研究している人もいますし……。」


「まぁ、主人の研究までしている人がいるなんて……。」


「淡いブルーを基調としたお父さんの絵は、とても美しいですよ。」


「湊さんがそう言ってくれると嬉しいわ。」

母が感激したように湊を見た。


「これ、誰の絵?」

翼が遥に聞いた。


「あなたのおじいちゃんが描いたママやおばあちゃんの絵よ。」


「え~、これがママやおばあちゃん?

全然似てないよ。」


「そうね~。

ママやおばあちゃんにも若い時があったのよ。

若いというか……ママは赤ちゃんだけどね。」


「ふ~ん。」

翼が不思議そうにスケッチブックを眺めている。


「きっとおじいちゃんも喜んでいるわね。

こんなに家族が増えて……。」


母がそう言うと光るものが頬を伝った。


観覧車が結ぶ人の縁……。


そんな言葉が遥の脳裏に浮かんだ。


今もあの空の上で色々な人の人生がゆっくりと回りながら、少しずつ変わっているのかもしれない。

どこかに導かれたり、希望を与えられたりしながら……。


観覧車は静かに回り続ける。

誰かの想いを乗せてーー。




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