母とのひと時
ゴンドラが一番下に到着し、扉が開いた。
「ありがとうこざいました。」
係の若いお兄さんに見送られて遥は、遊園地の出口に向かって歩き出した。
本当に不思議な体験だった。
あれは、何だったのだろう?
遥はすっかり暮れてしまった街を眺めながらバスを待った。
20分ほど待ってやっとバスが来てタラップを上る。
実家近くの停留所までは、そこから15分ほどの道のりだった。
バス通りには、田んぼが広がっていて所々にある街頭の灯り以外は真っ暗だった。
賑やかな虫の声が秋を知らせている。
遥が実家の玄関の扉を開けると母が出迎えてくれた。
「お帰りなさい!
久しぶりね、遥ちゃん。
待ってたわよ。」
母の声が弾んでいる。
「ただいま!
はい、これお土産。」
東京駅で買った鳩サブレを母に渡す。
「ありがとう。
美味しいのよね、これ。
食事が終わったら、一緒に食べようね。」
母は鳩サブレの袋を受け取って先にリビングに入っていった。
リビングのテーブルには母の手料理が並んでいた。
「今、お味噌汁、温め直すわね。」
甲斐甲斐しく世話をしてくれる母の背中を見て、少し痩せたかなと遥は思った。
数ヶ月前、体調を崩して一週間ほど入院していた母。
風邪をこじらせた後、軽い肺炎を起こし大事をとって入院していたのだ。
その時は知らせを聞いてかなり慌てて病院まで見舞いに駆けつけた遥だったが、今は母は落ち着いて見える。
「お母さん、もう、大丈夫?
今は調子良いの?」
「うん、大丈夫よ。ちゃんとお薬も飲んでるしね。
そんなに心配しないでよ。」
母の快活な声に少しほっとして遥は食卓についた。
母の煮魚は味が沁みていてとても美味しかった。
ご飯には栗が炊き込んであり、秋らしい味を満喫した。
「今日ね、遊園地に寄ってきたのよ。」
「えっ?あのお父さんとよく行った遊園地?」
母が驚いて遥を見た。
「うん、観覧車にも乗っちゃった。」
「まぁ、一人で?」
「うん、一緒に乗る人もいないしね。」
遥がそう言うと
「早くそういう人、作ってよ。」
と母は茶目っ気たっぷりに笑った。
まさか、観覧車の中で不思議な体験をしたとも言えず、その日は母と食後にお茶を飲んだ後、早々に自室に引き上げた。
母の体調が心配で平日に有給を取って顔を見に来たが、とりあえず母は元気そうで遥は安心した。
それにしても、あの観覧車はどうなっているのだろう?
乗ると懐かしい人に会えるの?
まさか、湊先輩に会わせてくれるなんて……。
遥は、しばらく考えを巡らせていたが、睡魔には勝てず夢の世界に誘われていった。