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小さな命

最近、小説がうまく書けなくなってきた……。

遥は、焦っていた。


結婚式も終わり、生活も落ち着いてきたので集中して書けると思ったのに筆はなかなか乗ってこなかった。


いつも体が怠く感じ、微熱もある。

風邪でも引いたのかと思っていた矢先……


「あなた、おめでたじゃない?」


遥は、母の言葉にハッとした。


病院に行くとやはり、妊娠していた。

予定日は、来年の夏ーー。


湊や母は喜んでくれたが、仕事はどうしようと思い、不安が募る。


悪阻が重く、1日中寝たきりのような状態になってしまった。

何を食べても気持ちが悪くなる。

唯一食べられたのが、母が作ってくれた素麺だった。


「今が一番辛いと思うけれど、そのうちふっと楽になるから。」

母に慰められて、幾らか元気になる。


小説は、書きたくても書けず……連載は一旦中止となった。


「私、情けないわ。

プロとしてやっていけないかもしれない。」


遥が目にいっぱい涙をためて湊に訴えると


「今は仕方がないよ。

俺もお母さんもいるんだし、遥はゆっくり休んでよ。」

湊が優しく言った。


遥にとって辛い日々がしばらく続いたが、妊娠5ヶ月に入り安定期になると悪阻はおさまり、今度は食欲が出てきた。


「ほらね、楽になったでしょ。

これからは、何でも食べたいものを言ってくれたら、作ってあげるからね。」 


母にそう言われて……


「うん、お母さんの言った通りね。

よろしくお願いします。」


「二人分食べても良いんでしょ?」

という湊に


「それは、食べ過ぎみたい。

体重は増えすぎないようお医者様に言われているのよ。」

と遥は笑って答えた。


そんな一家に湊の勤める出版社から連絡が入った。


「高瀬さん、『ことりのはねは にじいろに』が日本絵本コンクールの大賞に選ばれましたよ!」

それは、編集者の小高さんからだった。


「えっ?本当ですか?」

湊が驚きの声をあげる。


遥が何事かと湊を見つめる。


「遥ちゃん!俺たちの絵本が……名誉ある賞を受賞したよ。

それも大賞だなんて信じられる?」


「大賞……。

あの絵本が。」

遥もこれは、夢かと思った。


「たくさんの人に届いたね、俺たちの想いが……。」


しばらく立ち竦んでいた遥も湊の言葉に我に返った。


「えぇ、届いたんだと思う。」

目頭がじんと熱くなる。


母も湊と遥の両方の顔を見て

「おめでとう、二人とも。

あの絵本、読み聞かせの会で読んだ時に子どもたちが凄く喜んだのよ。

ページをめくる度に皆が夢中になっているのがわかったわ。

お母さんたちからも良い絵本だって喜ばれたし……。」


母の言葉に

「本当ですか?」

と湊も喜びを隠せなかった。


二人の作った絵本は、すでにたくさんの人の心を動かしていたのである。


受賞の知らせがあってから、湊と遥は、授賞式に出席したり、雑誌のインタビューを受けたりと忙しい日々を過ごした。


授賞式では、審査員の一人から

「優しく美しい絵とリズムのある文章がまるで音楽を奏でるように私たちの心に届きました。」

と言われ、湊も遥も感激した。


絵本雑誌のインタビューでは、

「お二人が絵本を作ろうと思ったきっかけは?」

との問いに


「大学時代に妻と出会って、絵本を作る約束をしました。

数年後に再会し、妻に頼んで絵本を本当に作ることになったんです。

この絵本ができたのは、妻のお陰なんです。」


湊はそう答えて遥を見て穏やかな笑みを浮かべた。


「お二人の出会いがきっかけだったんですね。」


「はい。

この絵本を読んだ方々に夢を叶える勇気や自分を信じる気持ちを持って頂けたらと願っています。

私たちのように……。」 


こう遥が答え、湊と見つめ合った。


「お二人は、本当に仲が良いんですね。」

取材に来た記者も感心して憧れの表情を浮かべた。



夫婦で作った絵本として世間でも注目を浴び、絵本としては異例の部数を売上げた。


SNSで、ある書店員の声が拡散される。

「美しい絵と優しさの中にある希望や勇気。

心が震えました。」


メディアでも取り上げられたことから、絵本は早い段階から重版を重ね、累計5万部のヒット作品となった。


街の書店にも、『静かに心揺さぶられる絵本。ことりの声があなたに勇気と希望を届けます。』と紹介文が添えられて絵本が平積みにされていた。


湊も遥も自分たちの絵本を実際に手に取り、やっと実感が湧いてきた。


小高さんも大喜びで

「お二人とも絵本のヒット、おめでとうございます!

実は海外からも出版のオファーが来ています。」

と言った。


「海外……。」

遥は信じられない気持ちだった。


英語や韓国語、フランス語などに翻訳されて、湊と遥の絵本『ことりのはねは にじいろに』は海外の書店の書棚に並ぶことになった。


「遥ちゃん、俺たちの小鳥が海を越えて海外にまで飛んで行ったね。」


「本当に……。」


小鳥が虹色の翼を広げて大空を羽ばたく姿が遥たちには見えた。


季節は巡り、夏を迎えたーー

遥は無事、男の子を出産した。


力強い産声をあげた我が子を目を潤ませながら眺める遥。


「遥ちゃん、ありがとう。」

湊が遥の手を握って感謝を伝えた。

湊の目にもうっすらと涙が滲んでいた。


男の子は、翼と名付けられた。


自宅に帰ってきてからは、元気に泣く翼の顔を家族が代わる代わる見に来る。


ベビーベッドの上で手をぎゅっと握り、足をばたつかせる翼。


「元気で何より。」

母も嬉しそうに孫を覗き込む。


先に女の子を出産していた奈保子夫妻もお祝いに駆けつけてくれた。


「遥ちゃん、おめでとう!

この子が陽菜よ。」


同じ年の春産まれの陽菜は、奈保子に抱かれてよく眠っていた。


奈保子は

「小さくて可愛いわね~。

ひなをよろしくね、つばさくん。」

と翼に優しく声をかけた。



誠一も優しそうな笑みを浮かべ

「遥さん、湊君、これから子育てが大変だと思うけれど一緒に頑張りましょう。」

と話した。


「はい。

とても心強いです。」

遥が微笑んだ。


湊も

「子どもたちが、同い年になるなんて考えてもみませんでした。

翼が陽菜ちゃんと仲良くしてもらえたら、嬉しいです。」

と父親らしい顔を見せた。


出産から1週間ほどして……

病院から翼を自宅に連れ帰り、親子三世代の暮らしが始まった。


遥は、母に手伝ってもらいながら、翼の育児と小説の執筆に精を出した。


なかなか書けないでいた小説も次第にアイディアが浮かび、書き進めることができるようになっていった。


すやすやと眠る翼の寝顔を見ながら、

「楽しんで書いていきたいな……

これからも。」

と呟いた。


絵本制作の時に味わった、創作する楽しさを遥はもう一度思い出していた。


初めての絵本の評判が良かったため、次回の絵本の制作にも期待がかかっている。


湊と遥の創作意欲は、翼が産まれてまた、高まってきた。


二人の織り成す絵本の世界ーー

いつか翼にも読んであげたくなるようなワクワクするものにしたいと遥は想い描いていた。




















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