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新たな門出

「成瀬さん、長い間お疲れ様でした。

本当によく働いてくれて……感謝していますよ。」

店長の小林さんが、遥を労ってくれた。


「こちらこそ、こんなに急に我が儘言って申し訳ありませんでした。

自分でも、こちらを辞めることになるなんて信じられない気持ちです。」


「成瀬さん!

本当に辞めちゃうんですね。

俺、ショックです。」

滝沢君が悲しそうな顔で遥を見つめている。


「ごめんなさい……。

滝沢君、今まで手伝ってくれてありがとう。

これからは、お客さんとしてお店にお邪魔するわね。

後をよろしくお願いします。」


「成瀬さんはこれから結婚されて、作家活動をするんだよね。

今後の活躍、期待しているよ。

頑張ってね。

お母さんもお大事に。」

小林さんの言葉が、温かく胸に響いた。


「ありがとうございます。

今後は母のことを支えながら、色々なことにチャレンジしてみたいです。」


遥は、小林さんと滝沢君に見送られながら、古書店『月灯り』を去った。


寂しさがないと言えば嘘になるが、居心地の良い職場に別れを告げ、遥は新たな道を歩き始めた。


遥の実家を一部改修した後、湊と遥の新婚生活が始まった。


縁側に続く部屋はアトリエになり、会社の休みの日は、庭を眺めながら湊は絵を描いた。


湊が熱心に絵を描いている時には、遥がそっと紅茶を差し入れてくれる……

そんな優しい心遣いに心和む湊だった。


湊は、会社員と作家の二足のわらじをはきながら、東京と遥の実家とを行ったり来たりする日々を過ごしていたがーー

在宅勤務も認められたため、そこまで体の負担は感じることなく働けていた。



遥は、湊と絵本を作る仕事とは別に再び小説を書き始めていた。


ある文芸誌の賞に入賞し、連載の仕事も入ってくるようになった。

その締め切りに追われて忙しさは感じていたが、やはり、自分は小説を書くことが好きなんだと遥は実感していた。


湊と遥は、庭の草花を見ては、その成長を共に喜び、一緒に珈琲を飲んでは目を合わせて笑う。


結婚して一緒に生活する楽しさを日常生活のふとした場面で感じていた。


遥の母はというと……

JA(農協)の支所で週3日ほど、短時間のパートを始めた。

受付にいて電話対応したり、簡単な事務作業をしている。


一緒に働く人たちとも仲良くなり、地元の話で盛り上がることも度々あった。


ある日の晩、遥は母と二人で食事をしていた。


湊は東京に出勤する日なので、夜は彼の実家に泊まってくることになっていた。


「お母さん、職場は楽しい?」


「えぇ、皆さん親切にしてくれるし、楽しいわよ。」


「そう。

それなら良かったわ。」


「今日は湊さんは、東京のご実家?」


「うん、そうなの。

たまにあちらのお家に泊まるとご両親も喜ばれるみたいだし……。

お兄さん夫婦の所には、彼の甥御さんもいるしね。

よく遊んであげてるみたい。

今、3歳ぐらいだったかな?」


「そうなのね。

それは、賑やかで良いわね。」


湊が時々、東京の実家に泊まりに行くのも、彼にとって良い息抜きになっているかもしれないと思っている遥だった。


いくら遥の母と仲良くなったとは言え、お互い遠慮する部分もあるだろうーー。


こんな暮らしぶりが私たちには、丁度良いのかもしれない。


遥は、母と二人で食事をしながらそう思っていた。


母の体調も安定し、大分元気そうになってきて遥はほっとしていた。



10月になり、湊と遥は海辺に建つチャペルで親族と親しい友人を招いて小さな結婚式を挙げた。


ガラス張りのチャペルからは、正面に海が見える。


キラキラと輝く海を見ながら、二人は誓いの言葉を交わし、指輪を交換した。


光に包まれたチャペルの中で真っ白なウェディングドレスを着て微笑む遥。

長いレースを後ろに引いて歩く姿はとても美しかった。


奈保子が

「遥ちゃん、凄く綺麗。」

と感激している。


式が滞りなく終わると湊も少し照れながら、遥と腕を組み、参列者に挨拶して回る。


遥の母の目には涙が浮かび、時々ハンカチで目頭を押さえていた。

隣には、湊の母が立ち、二人で目を合わせては

「良かったですね。」と言い合っていた。


「みなとおじちゃん、カッコいいね!」

湊の甥っ子の貴史が、タキシード姿の湊を見て感心している。


「えっ?本当に?」

湊も満更でもない様子に皆が笑った。


古書店の小林店長も

「今日はお招き頂きありがとうございます。

遥さん、凄く綺麗だね。

おめでとう。

あっ、小説読んでるよ。」

と遥に優しく話しかけた。


「小林さん、今日はわざわざいらしてくださり、ありがとうございます。

小説まで読んでくださって嬉しいです。」

遥は、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。


自分の大切な人たちに囲まれて、こうして式を挙げられたことは、湊と遥にとってこの上なく幸せなことだった。


チャペルの鐘が鳴り響く中、二人は海を見ながら、この先もずっと一緒に同じ道を歩めますようにと願った。



潮風に吹かれながら、人々の拍手に包まれて新たな門出を迎えた湊と遥だった。



海の先には、あの観覧車が回っているのが小さく見えた。


とうとうここまで来たーー

遥は、観覧車を遠くに見つめながら、そう思っていた。


あの観覧車に乗った日から今まで、遠い道のりだったように思うが、こうして湊と結婚式を挙げることになるとは……。

不思議な体験から、人生が変わっていった。

あれは、やはり夢などではなかったんだと遥は感じていた。




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