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晴れやかな1日

もうすぐ、5月の連休が始まるという頃に母から遥に電話がかかってきた。


「もしもし、遥ちゃん?」


「あっ、お母さん。

どうしたの?」


「私が絵本の出版記念パーティーに出席する件だけど……

そんな晴れがましい場には正直、行きづらいわ。」


「大丈夫よ、お母さんが来てくれたら、ちゃんと係の人が案内するし、私もいるから。」


遥は、電話口で母の不安そうな声を聞いて心配になった。


「何を着て行ったら良いのかしら?

スーツ?それとも……ワンピース?」


「そんな格式ばった所ではないし、お母さんが持っているワンピースで大丈夫よ。」


「そうなの?

遥ちゃんのせっかくの晴れ舞台なんだから、お母さんも頑張って行かなきゃね。」


「そんな……頑張らなくても良いんだけど……。

もっと気楽に考えてね。

お母さんが来てくれたら私も嬉しいし。

お願い出来る?

場所については招待状が届くから、それを見てね。

わからなかったら、私に電話してもらえば説明するから。」


「わかったわ。

じゃあ、出席するからね。

遥ちゃんも頑張って。」


何だか母が無理をしているようで申し訳なかったが、出版社から招待を受けている以上、来てもらいたいと遥は思っていた。


今回のパーティーは、湊の勤める出版社内のホールやホテルのバンケットルームでの開催も考えられたが、湊のたっての希望で『ギャラリー木洩れ日』で開かれることになっていた。


湊の出発点とも言える個展を開いた場所、『ギャラリー木洩れ日』は、湊にとって格別な思い入れがあった。



絵本のサイン会が開かれた数日後、出版記念パーティーが開かれた。


ギャラリー内には、湊の描いた絵本の原画が飾られていたが、その横にはパネルに印刷された遥の文章の抜粋も添えられていた。


柔らかい照明に照らされた原画と文章が、見る者の目に優しく映る。


いつもは静かで落ち着いた場所が、今日は祝福のざわめきに包まれている。

ワイングラスを片手に、出版社の編集者やデザイナー、遥と湊の友人たちが言葉を交わしていた。


会の冒頭、小高編集者が簡潔に挨拶を述べたあと、遥と湊が前に出て、ほんの短いスピーチを行った。


「この絵本は、私たちが一緒に作り上げた初めての作品です。

こうして皆さんの手に取って頂ける日が来たことをとても嬉しく思っています。」


ここまで話した湊が、遥にマイクを渡す。


「私たちの想いがこの絵本を通して、たくさんの方に届くことを願っています。

今日は、このような素晴らしい会を開いて頂き、心から感謝しております。

お忙しい中、お集まりくださり、ありがとうございます。」


遥が言い終えると、温かな拍手が会場に響いた。


湊がそっと横に立ち、遥の方を見て頷いた。


二人が並んで頭を下げた。


遥の母は少し緊張した面持ちで座っていた。


遥が、母に近寄って声をかけた。


「お母さん、来てくれてありがとう。

今日のワンピース、よく似合っているわ。

とっても素敵!」


「そう?」

それなら、良かった……。」

安堵の声を漏らす母。


紺色に白い襟のあるワンピースは、母を年齢よりも若々しく見せていた。


遥が母と話しているところに……

湊が自分の両親を連れて挨拶に来てくれた。 


遥の母が立ち上がって湊たちを迎えた。 


「初めまして。

高瀬湊です。

今日は、よくいらしてくださいました。

えぇと……僕の両親です。」


「高瀬湊の母でございます。」

品の良いグレーのスーツを着た湊の母が、深々と頭を下げた。


「湊の父です。」

穏やかそうな湊の父も遥の母の方に歩みより、挨拶した。


「成瀬です。

遥がいつも、湊さんにはお世話になって……。

お陰様で娘は、こんな素晴らしい絵本を湊さんと一緒に作ることができました。

本当にありがとうございます。」


「いえ、いえ……

お世話になっているのは、湊の方で。

遥さんがいらしたから、絵本ができたって喜んでいるんですよ。

初めてお会いしましたけれど、本当に素敵なお嬢さんで……。

お目にかかれて嬉しいです。」


こう話すと湊の母は、遥を見て微笑んだ。


「初めまして。

成瀬遥です。

湊さんには、いつもよくして頂いています。」

遥は、緊張しながら、湊の母に頭を下げた。


今日の遥は、春らしい淡いピンクのワンピースを着ていた。

湊は、黒いジャケットを着て遥の隣に立っていた。


湊の父は、そんな若い二人を眺めながら、満足そうにニコニコとしていた。


会場には、奈保子夫妻も来ていた。


湊の母と遥の母が、母親同士で話していると……


その横に立っていた湊と遥の元に奈保子たちが近づいてきた。


「お二人とも、今日はおめでとうございます!

お招き頂きありがとうございます。」


「あっ、奈保子さん、誠一さん。

こちらこそ、今日は来てくださってありがとうございます。」

遥が頭を下げる。


「鈴木先生、絵本、持って帰ってくださいね。

早くお二人の感想が聞きたいな。」

湊がこう言うと……


「さっき、編集者さんから絵本、いただいたわよ。

実は私、待ちきれなくて本屋さんでこの絵本、つい買ってしまったんだけれど……。

1冊は、どなたかにお譲りするわね。」


「本屋さんで買ってくださったなんて……。

何だかとっても嬉しいです。」

遥が感激して言った。


「とても心温まる絵本だったと思うよ。

読後感がすごく良いし……。

二人の絵と文章が合っていて、物語に引き込まれたよ。

きっと読者の人は、この話を読んで希望を持てるんじゃないかな。」


誠一の感想を聞いて、湊も遥も素直に嬉しいと思った。


「本当に素敵な絵本。

私……これから、何度も読み返すと思うわ。」

奈保子も笑顔で二人を見つめた。


ギャラリーの奥の壁には、「虹色のことり」と題された1枚の絵が飾られていた。

虹色の羽を持つ小さなことりが、青い空の中を羽ばたいていく姿が水彩で描かれていた。


これは、絵本のラストシーンに使われた一枚だ。


ことりは、まだしらない。

このはねで、どれほどとおくまでとべるのかを。


遥の結びの言葉が、これからの湊と遥、そしてこの絵本の行く末を暗示しているかのようだった。







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