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人々に想いを届ける日

3月の終わり頃から、絵本の出版に向けて色々な準備が進められていた。


今日は、絵本の編集会議に出席するために遥も出版社を初めて訪れた。


湊が持ち込んだイラスト原案と遥の原稿は、女性編集者、小高の胸を打った。


「素晴らしいですね!

お二人の絵と文章の相性がとても良いです。

ストーリーも魅力的ですし……。

これから、絵本の細かな部分を決めていきましょう。」


「私の文章……大丈夫でしょうか?」

遥が心配そうに尋ねた。


「大丈夫です!

私、今までたくさんの絵本を出版するお手伝いをしてきましたが、その中でもこの物語は、たくさんの方の心に届くと思いますよ。」


「そうですか……。

それなら、良かったです。」

遥がやっと笑顔になった。


「小高さんがそこまで言ってくださるのなら、自信を持っても良さそうですね。」

湊も嬉しそうに小高を見た。


その後、絵の順番や文章のリズムなど、小高は湊たちと熱心に話し合いを続けた。


「タイトルは、もう、決まっているのですか?」

小高に聞かれて……


「『ことりのはねは にじいろに』でお願いします。」

と遥が答えた。


「リズムも良いですし、お話の内容にも合っていますね。

そのタイトルでいきましょう。」


湊と遥は、顔を見合わせて頷いた。


編集会議は、回を重ねるごとにかかる時間も長くなっていった。


書体やカバーの質感、見返しの紙の色など、細かい部分まで丁寧に話し合う。


遥にとっては、初めてのことばかりで、毎回興味深く小高と湊のやり取りを眺めていた。


時々、遥の希望も聞かれ、自分の思ったことを正直に小高に伝えた。


湊は羽の色のグラデーションに特にこだわり、印刷所とも打ち合わせを重ねた。


そんな日々が過ぎ、ある日の夜、湊から遥に電話があった。


「遥ちゃん、絵本の出版日が5月3日に正式に決まった!

ゴールデンウィーク中に絵本の出版記念のイベントもやるらしい。」


「そうなんですか!

イベントって?」


「絵本のサイン会や朗読会、あと出版記念パーティーも。」


「そんなに?」

遥は、びっくりした。


「小高さん、張り切っていたよ。

俺たちの絵本、社内でも評価が高いみたいでさ。」


「それは……良かったです。」


「あっ、それで……パーティーには俺たちの家族も呼ばれたんだ。

あと、奈保子さん夫妻も。」


「えっ、家族?」


「うん。

だから、遥ちゃんのお母さんにも予定しておいてもらって。」


「お母さん、びっくりするだろうな……。

パーティーなんて出席したことないし。

私もそうですけれど……。」


「大丈夫、ちゃんと係の人に丁寧にご案内するよう頼んでおくから。」


「よろしくお願いします。

お母さんに伝えておきますね。」


「うん、任せて。

じゃあ、また、連絡するね。」

そう言うと湊の電話は切れた。


遥は、目まぐるしく動いていく自分の周りの状況についていけない感じがした。


「私……大丈夫かしら?」


自分たちが考えた物語が本になり、たくさんの人々の手に渡る。

それは、嬉しいようであり、少し怖さもあった。


きちんと私たちの想いが皆に届くだろうか?


次第に不安になる遥だった。


そして……

ついに絵本『ことりのはねは にじいろに』が出版され、その記念イベントが行われる日がやってきた。


都内の書店に併設されたギャラリー『ひかり文庫ホール』でサイン会が催された。


陽射しが柔らかく差し込むホールの中は、絵本の世界そのままのように優しい色合いで飾られていた。


会場の入り口には、湊が描いた《にじいろの羽を広げたことり》の大きなポスター。

足元には、森の花をイメージしたビオラやアリッサム、ネモフィラなどの鉢植えが並んでいた。



天井からは、ピンクや水色、レモン色の羽根型オーナメントが舞うように吊るされ、子どもたちが見上げては、「わぁっ!綺麗。」

と顔を輝かせていた。



奥の壁には原画が数点展示され、湊の柔らかな色合いの水彩画が、並んでいた。


隣の読書コーナーには、遥が録音した絵本の朗読が流れていて、小さな子どもたちが保護者の膝の上で絵本を広げながら遥の声に聞き入っている。


まさに、そこは、絵本の世界が再現されている空間だった。


午後2時から始まったサイン会は、予約していた親子連れを中心に長い列ができた。

「まだかな~。」

という子どもたちの声が聞こえる。


湊は、淡いベージュのシャツにジャケット、遥はパステルグリーンのワンピース姿で、机を前に並んで座っていた。

2人の前には、絵本を抱えた子どもたちとその保護者の列ができている。


「こんにちは、今日は来てくれてありがとう。」

遥が笑顔で声をかけると、少し恥ずかしそうに女の子が本を差し出す。


湊は、絵本のページを開きながら、女の子に聞いた。

「この本でどんなところが一番好きだった?」


女の子はしばらく考え、

「小鳥が、ウサギに歌を歌ってあげたところ。」

と答えた。


「うん。

良い場面だよね。

君にも小鳥の歌声のように素敵なものがあるかもしれないね。」

そう言って、湊は女の子の名前を聞いてサインをし、小鳥のイラストを描いて隣に添えた。


遥も、優しい表情で

「この本を何度も読んでくれたら、嬉しいな。」 

と声をかける。


女の子の母親が感激したように何度も頭を下げた。


次に目の前に立った男の子に湊は見覚えがあった。


「君……前に会ったよね。」


「はい。

僕、この間先生にシマウマを描いてもらいました!」


「あぁ、あの時の……。

今日も来てくれたんだね、ありがとう。

じゃあ、今日は小鳥の絵を描くね。」


「ありがとうございます。

先生の絵本、楽しみにしていました。」


男の子は、湊の小鳥のイラストを嬉しそうに眺めて絵本を抱き締めて帰っていった。


「湊さんのファンなんですね。」

遥が、ニコニコしながら湊に話しかけた。


「うん、ありがたいよね。」


すでにイラストレーターとして有名になっていた湊の多くのファンが、今回の絵本が出るのを心待ちにしていた。


イベント会場には、絵本のグッズコーナーもあり、絵本に出てくる動物の縫いぐるみや湊のイラストが描かれたクリアファイル、メモ帳などが売られていた。


子どもたちが、縫いぐるみを手に取り、嬉しそうにしている姿は可愛らしかった。


終盤、編集者の小高さんがマイクを手に取った。


「本日は、サイン会にお越し頂きましてありがとうございます。

『ことりのはねは にじいろに』は、皆様にとって宝物のような絵本になると信じております。

この素晴らしい絵本を作られた高瀬先生と成瀬先生に今一度拍手をお願いします。」


来場者から拍手が沸き起こった。

温かな拍手の中で、湊と遥は静かに顔を見合わせた。


二人の描いた小鳥は、今羽ばたいてたくさんの人のもとに飛んでいったーー。


遥は青空に舞う小鳥を想像しながら幸せを噛み締めていた。


湊もたくさんの来場者を目の前にし、皆の笑顔が見られたことに安堵し、喜びを感じていた。


この先も遥と共に新たな物語を紡いでいけたらーーそう思わずにはいられなかった。
















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