春爛漫
窓越しに春の明るい日差しが差し込む午後ーー。
仕事中の湊のスマホからLINEの通知音が聞こえた。
湊がLINEのトーク画面を開いてみると……
遥からのメッセージだった。
『湊さん、桜の開花宣言がありましたね!』
「そうなんだ……。」
湊は一人呟いた。
遥は、奈保子さん夫婦と一緒にお花見に行く約束をしているらしい。
勿論、湊も一緒だ。
遥ちゃん、奈保子さんと友だちになったって言ってたなぁ。
仕事中にLINEしてくるなんてよっぽど嬉しかったんだろう……。
湊は、遥ちゃんらしいなと笑みを浮かべた。
そして……開花宣言から、一週間後、桜は見頃を迎えた。
いよいよ湊と遥は、奈保子夫妻とお花見に出かけることになった。
川のほとりの土手には、薄桃色の桜並木が続いていた。
春の陽射しはまだ柔らかく、そよ風に乗って花びらがふわりと舞っている。
「この辺りにしましょうか。」
奈保子がそう言ってレジャーシートを広げ、夫の誠一がシートの端を持って位置を整える。
湊はクーラーボックスを開け、冷えたビールやジュースを取り出した。
「今日はちょっと奮発してクラフトビールを買ってきました。」
「そうなの?
高瀬さん、気が利くわね。」
と奈保子さん。
誠一も
「湊君、ありがとう。」
と嬉しそうにビールを一缶、湊から受け取った。
奈保子が手作りのお重を開ける。
中には、彩り豊かな春の味がぎっしりと詰まっていた。
ふきと筍の煮物、卵焼き、鶏の照り焼き、菜の花のおひたし──
どれも見た目も美しく、お花見弁当らしい華やかさがあった。
「さすがは奈保子さん!
どれも綺麗で美味しそうです。」
遥が感嘆の声をあげる。
「遥ちゃんや高瀬さんのお口に合えば良いのだけれど……。」
そう言いながら、奈保子は紙皿とお箸を皆に配った。
遥は、タッパーに詰めたサンドイッチを差し出した。
「母とよく作ってたんです。卵と……ハムときゅうりのサンドイッチ。
あと、ツナサンドも少し作ってみました。」
「わあ、私の好きな味ばかり!
遥ちゃん、いただくわね。」
奈保子は、サンドイッチに手を伸ばした。
誠一の分も取ってお皿に置いた。
「うん、このサンドイッチ、瑞々しくて美味しいよ。
遥さん、お料理上手だね。」
誠一が褒めてくれる。
「そんな……。
でも、そう言って下さって嬉しいです。」
遥は、誠一の優しさに心が温まった。
奈保子はすっかり打ち解けた様子で、もう『遥さん』とは呼ばない。
『遥ちゃん』と呼んでくれるようになって、遥は、奈保子のことがますます好きになった。
「高瀬さんと遥ちゃん、今、付き合っているのよね。
本当に良かったわ。
一時はどうなるかと思っていたけれど……。」
「その節は……お世話になりました。」
湊が、照れ臭そうに奈保子にお礼を述べた。
「えっ、何のことですか?」
遥が不思議そうに湊と奈保子を見ている。
「それがね……
高瀬さんがいつまでも煮え切らないから……私が……」
「奈保子さん、それは内緒で……。」
奈保子の言葉を必死に遮る湊。
ますます不思議そうに二人を見ている遥を見て、事情を知っている誠一さんが笑いを堪えていた。
「湊君、そう言えば、最近描く絵が変わったね。
遥さんの影響かな~。」
誠一さんが湊を見て言った。
「えっ、本当ですか?
どこか変わりましたか?」
「う~ん。
何だろう?
優しいだけの絵じゃなくなったっていうか……
強さを秘めた感じになったとでも言うのかな。
最初にアトリエに来た時とは大分変わった気がするよ。
自信が生まれたのかな?」
「自信……。」
湊は、ずっと指導してもらっている誠一の言うことに耳を傾けた。
「確かに遥ちゃんと再会してから、俺は色んなことにチャレンジしてみたくなりました。
彼女となら、何でも乗り越えられそうな勇気が湧いてくるんです。」
誠一は、湊の話を聞きながら、ビールを美味しそうに飲んだ。
「二人とも、これからが楽しみだね。」
そう言って、誠一は優しそうに湊を見つめた。
「奈保子さん、今度私にお料理を教えてください。」
遥がそう頼むと……
「良いわよ。
私で良かったら、いつでも教えてあげる。
うちにも遊びに来てよ。」
「わぁ~、本当ですか?」
遥は、憧れの奈保子とこうして親しく話せることが嬉しくてたまらなかった。
桜が時折、はらはらと舞い落ちた。
「綺麗ですね~。」
遥が桜を見上げる。
そこには、静かで美しい時間が流れていた。
「二人が結婚することになったら、私にも教えてね。」
「奈保子さん、気が早いですよ。」
遥が恥ずかしそうに俯く。
「あら、そんなことないでしょ。
ねぇ、高瀬さん。」
「それは……。
まずは、絵本が出来上がってからで。」
「いつ、絵本が出来るの?」
誠一が湊に聞いた。
「多分、来月あたりには、最終的にいつ出版されるか決まります。」
「来月というと4月か……。」
「はい。」
「出版日が決まったら、また、記念のサイン会やパーティーなんかが催されるかもしれません。
僕の絵の先生として、その時は是非出席してくださいね。」
「楽しみにしてるよ。」
誠一が嬉しそうに目を細めた。
彼は、まるで、我が子の成長を喜ぶ親のような気持ちになっていた。
「誠一さん、愛弟子が絵本作家になるなんてね。
イラストレーターとしては、もう、一歩を踏み出しているし、高瀬さん、頑張ったわね。
そして……遥ちゃんも!
遥ちゃんとしては、作家デビューよね。」
「作家デビューだなんて……
私にはまだまだ先のことで……。」
「いや、絵本にとって絵と同じように文章は命だよ。
二人が揃って初めて絵本になるんだよ。
遥さんも立派な作家だよ。」
誠一にそう言われて、遥も嬉しくなった。
遥にとって、奈保子夫妻は憧れの存在だった。
二人がお互いを必要として支え合い、作家活動も続けている。
自分と湊もこんな夫婦になれたら良いなと思っていた。
こうして、春の午後は、穏やかに暮れていった。
彼らの未来を祝福するかのように咲き誇る桜。
風が吹くと満開の桜が散って川面に舞い落ちる。
水面には、花筏が出来ていた。
ゆらゆらと揺れる花びらに人々の想いが乗せられて、ゆっくりと流れていく。
暗くなると提灯に明かりが灯り、夜桜を楽しめる時間となった。
「もう、大分飲みましたね、先生。」
湊が誠一に言った。
「うん、楽しい日は飲んでも良いんだよ。」
少し酔っぱらった誠一に
「もう、そろそろお開きにしましょうよ。」
奈保子が呆れたように言う。
そんな二人を見て、湊と遥は顔を見合わせて笑った。




