両片思い
遥が湊から電話をもらったのは、湊が古書店に来てから、2日後の夜のことだった。
「もしもし、遥ちゃん?」
「はい。
先輩、どうしたんですか?」
「うん……。
明日の夜、遥ちゃん、空いてる?」
「えっ?
明日ですか?
仕事が終わるのが6時だから、その後なら大丈夫ですが……。
絵本のことで何かありました?」
「いや、絵本のことじゃないんだけど……。
たまには、遥ちゃんと夕食でも……と思って。」
「先輩と夕御飯?
わぁ~、嬉しいです。
どこで食べましょうね。」
「遥ちゃんが食べたいものがあったら、教えて?
どこのお店が良いか考えておくから。」
「はい。
じゃあ……イタリアンとかどうですか?
あぁ……でも、中華も良いかも。
迷うなぁ。」
「遥ちゃん、明日までに考えておいてよ。
明日、会った時にお店決めても良いし……。」
「それで良いんですか?」
「うん。
じゃあ、明日、遥ちゃんが仕事を終わる頃、古書店まで俺、迎えに行くから。」
「わかりました。」
「また、明日ね。」
湊は、そう言うと電話を切った。
先輩、一体何の話なんだろう?
遥は、スマホをしばらく見つめたまま、首を傾げた。
その時、この前奈保子が言っていた『大切なこと』という言葉が思い出されたが……
まぁ、明日先輩に会えばわかることだし……と遥は思い、とりあえず何が食べたいか考えておこうと、銀座のレストランをスマホで検索し始めた。
湊はというと……
いよいよ遥に告白するかと思うとかなり緊張していた。
何て言おうか……。
急に言ったら彼女を驚かせてしまうだろうか?
いや、いつまでも自分の気持ちを隠せないし……。
とにかく、明日、遥ちゃんにきちんと自分の気持ちを伝えなきゃ。
湊は、悶々としながら長い夜を過ごした。
そして、翌日の夜ーー。
湊は、6時過ぎに古書店に着いた。
まだ、遥は働いていた。
しばらく本を見ながら遥を待っていると……
「すみません、先輩、大分待たせてしまって。」
「いや、大丈夫だよ。
じゃあ、行こうか?」
二人が街に出たのは、7時近くなっていた。
遥が食べたいと言っていたイタリアンや中華の店を覗いてみたが、金曜日の夜ということもあり、どこも人でいっぱいだった。
最後に辿り着いたのは、新橋駅近くのラーメン屋だった。
「遥ちゃん、本当にここで良かったの?」
カウンターに二人は並んで座った。
「はい。
私、ラーメン好きだし……。」
若い店員が水を入れたコップを二人の前に置いた。
「ここは、醤油味も美味しいけど……塩味がお勧めかな。」
と湊が言うと
「じゃあ、私、塩ラーメンで。」
遥が笑顔で答えた。
ほどなく運ばれてきたラーメンをすすりながら、湊はここじゃ、告白って感じじゃないよな……と内心焦っていた。
しかし……
「先輩、この塩ラーメン、美味しいですね。
チャーシューも柔らかくてジューシーだし。」
という遥の明るい声に
「遥ちゃんが美味しいって言ってくれて良かったよ。」
と言いながら、湊は緊張が次第にほどけていった。
何だか遥ちゃんと一緒にいると落ち着くな……。
遥が美味しそうにラーメンを食べる姿を見て湊は思った。
「あ~、ラーメンを食べたら温かくなりました。」
遥は、食べ終わるとニコニコしながら、湊を見た。
「うん。
温まったね。
じゃあ、ここを出たら、珈琲でも飲む?」
「はい。」
二人は、ラーメン屋を出て歩き出した。
早いもので、街はもう、クリスマスに向けて動き出していた。
イルミネーションがあちこち取りつけられて、華やかさを増している。
ふとあるビルを見上げると2階にレトロな感じのカフェが入っている。
「遥ちゃん、あそこ、どうかな?」
「良いですね。
入りましょう。」
湊が先立ってカフェの扉を押した。
少し照明を落とした店内にはジャズが流れている。
革張りのソファーに腰を下ろす二人。
「何だか懐かしい雰囲気のお店ですね。」
遥が周りを見回して嬉しそうに言った。
大きな壁掛け時計の振り子が規則正しく揺れている。
磨りガラスでできたランプも温かな光を放っていた。
「うん。
良い雰囲気のお店だね。」
湊もゆったりとソファーに寄りかかってみた。
しかし、珈琲を注文してから、湊は少し落ち着かなくなってきた。
いよいよ、言うんだ……。
寒い季節ではあったが、湊はじんわりと額に汗をかいていた。
湊の不安そうな様子を見て、
「先輩、どうかしました?」
と遥が聞く。
「えっ?
あぁ……遥ちゃんはさぁ。」
「はい。」
「今……遥ちゃんは、好きな人いる?」
「えっ?」
店員が二人のテーブルに珈琲を運んできた。
目の前の珈琲をブラックのまま、湊が一口飲む。
「好きな人ですか?」
突然の問いに驚きながらも遥は、湊の目を真っ直ぐに見ながら、
「いますよ。」
と答えた。
遥がそう答えた瞬間、湊の表情が曇った。
「そう……なんだ。」
沈黙が漂う。
「先輩、どうしてそんな顔をしてるんですか?
私の好きな人って……先輩ですよ。」
「えっ?」
湊が顔を上げた。
「私、大学時代からずっと先輩のことを好きでした。
でも、先輩は誰にでも優しい人だったから、私だけを好きになってもらおうなんて最初から諦めてましたけど……。」
「ちょっと待って、遥ちゃん!
俺のことをずっと好きだったの?
俺もそうだよ。
遥ちゃんのことをずっと好きだったんだ。」
「まさか……。」
遥は、驚いたように湊を見た。
「遥ちゃんの方こそ、もう、誰かと付き合っているかと思っていたよ。
遥ちゃん、綺麗だし、この間も古書店で同僚の人と仲が良さそうだったし……。」
「同僚の人?
もしかして、滝沢君?」
「あの人、滝沢って言うんだ。」
「滝沢君は、頼もしい後輩ですよ。
よく気がつく人で……。
彼には付き合っている人がいるみたいだし、私とは何でもないですよ。」
「そうだったんだ。」
湊は、力が抜けたように息を吐き、また一口珈琲を飲んだ。
「私だって先輩の個展に行った時、奈保子さんが先輩の彼女だって思ったんですよ。」
「奈保子さん?
そうなの?」
「はい。」
そう言いながら遥も少し冷めてしまった珈琲を飲んだ。
「俺たちってずっとすれ違ってきたんだね。」
「先輩は、大学時代に私に何も言ってくれなかったじゃないですか?
あれじゃ、全然わからないですよ。」
「あの頃は、遥ちゃんが俺をどう思っているかわからなかったし、自分にも自信がなかったんだよ。」
遥は、まだ信じられないという顔をしている。
「遥ちゃん、改めて言うよ。
俺と……付き合ってください!」
湊は、そう言いながら頭を下げた。
「先輩……。
頭を上げてくださいよ。
私で良かったら、よろしくお願いします。」
「私で良かったら、なんて……。
遥ちゃんが付き合ってくれたら、俺、もう……。
嬉しくて……。」
言葉を詰まらせてしまった湊に遥は、胸が熱くなった。
二人は、顔を見合せてしばらく黙っていた。
もう、十分気持ちはお互い伝わっている。
奈保子さん、私……湊先輩から『大切なこと』、話してもらいましたよ。
心の中で遥は奈保子に語りかけた。
こうして……
長い二人の片思いは、終わりを告げた。
「もう、出ようか。」
湊の言葉に遥も頷き、二人はネオンが輝く街に出た。
「今年のクリスマス、楽しみだなぁ。」
そう言う湊の嬉しそうな横顔を見て遥は、微笑んだ。
「クリスマスは、何を一緒に食べましょうか?」
「今度はちゃんとお店、予約しておくね。」
「はい。」
そう答えた遥だったが、今日二人で食べたラーメンは、一生忘れられないな……と思っていた。
吹き付ける風は冷たいが、二人の心はポカポカと温かかった。




