想いを届けるために
「成瀬さん、僕やりますよ。」
「そう?
じゃあ、滝沢君にお願いしようかな。」
遥には、高くて手が届かない書棚に同僚の年下男子、滝沢君が本や雑誌を置いてくれる。
最近、彼はよく私を手伝ってくれるな……
と遥は滝沢君を見ながら思った。
「他には、何か僕にできることありますか?」
爽やかな笑みを浮かべて彼が聞いてくれた。
「じゃあ、喫茶コーナーの珈琲を淹れるのも手伝ってもらえますか?」
「わかりました。
今日はお客様、結構みえてますね。」
「そうなの。
じゃあ、この棚の整理が終わったら、お願いしますね。」
遥は、滝沢君のテキパキとした働きぶりを感心しながら眺めていた。
まだ若いのによく気がつく後輩で、遥は何かと助かっていた。
日曜日の昼過ぎということもあり、古書店『月灯り』は常連客で賑わっていた。
喫茶コーナーがあるというのも人気の一つで、銀座に来たら、ここで珈琲を飲みたいと思う客も多かった。
遥と滝沢が二人で珈琲を淹れていると湊が店に入ってきた。
湊は、遥と絵本の打ち合わせがない日も、古書店に時々顔を出すようになっていた。
「あっ、先輩いらしたんですか?」
遥が湊に声をかける。
「うん。
ちょっと欲しい本があって……寄ってみたんだ。」
「そうなんですね。
お探しするのをお手伝いすることもできますので、何かあれば受付で聞いてみてくださいね。」
「ありがとう。
まずは自分でちょっと探してみるよ。」
湊は、遥に微笑んだ後、書棚の方に歩いていった。
湊にとって、本を探しに来たというのは、半分本当で半分は嘘……というか、口実に過ぎなかった。
遥に会いたくて古書店に通っていたのだが、勿論、そんなことは遥には、恥ずかしくて言えなかった。
それにしても、遥ちゃんの隣にいる男性は誰何だろう?
時折顔を見合せて、遥と同僚の男性は親しげに会話している。
まだ、彼はずいぶん若いようにも見えるが……。
遥ちゃん、優しい笑顔で彼には接するんだなぁ。
何度も二人を盗み見ては目を反らす……。
湊は、自分の心がざわつくのを止められなかった。
本を選んでいるようで、実際は上の空で二人のことが気になって仕方がない湊だった。
そこに新たな客がやってきた。
「いらっしゃいませ……。
あら、奈保子さん。」
遥は、奈保子を見て嬉しそうな声をあげた。
「こんにちは、遥さん。
今日はお店、混んでいるのね。」
「そうなんですよ。
何かお探しの本があるのですか?」
「えぇ。
私、最近、時間が出来たから、よく読書するようになって……。
好きな作家の本がこちらにもあるかなぁと思って寄ってみたんです。
あら……あそこにいるのは、高瀬さん?」
「はい。
あぁ、先ほどみえたんですよ。」
遥かがそう答えると……
「私、ちょっと高瀬さんにお声かけてくるわね。」
と言って奈保子さんは、湊のいる書棚の方に向かった。
「高瀬さん!」
奈保子が本を見ていた湊の肩を軽く叩いた。
「えっ?」
驚いて振り向く湊。
「何かお探し?」
「えぇ、まぁ……。
何で奈保子さんがここに?」
「遥さんから古書店のことを伺って、時々ここに来るようになったんですよ。」
「遥ちゃんと奈保子さん、連絡とっていたんですね。
知らなかった。」
「私たち、アトリエで会った後、偶然また銀座で会って……。
実はLINE交換してもらったんです。
遥さんと。
遥さんから、聞いてませんか?」
「いえ、何も……。
そうだったんですね。」
「ここ、凄く雰囲気が良いお店だから、気に入ってしまって……。」
「えぇ。
良いお店ですよね。」
そう言いながら、浮かない様子の湊を見て、奈保子さんは、遥の方を振り返った。
遥は、同僚の若い男性と働いていたが、仕事の合間に顔を見合せて話す様子はとても楽しげだった。
なるほど……。
と奈保子は思った。
「高瀬さん、もしかしたら、あなた、焼きもち焼いてます?」
「は?
焼いてませんよ。
僕が焼きもちなんて焼くはずが……。」
顔を赤らめて奈保子に訴える湊。
「そう?
最近は、遥さんと絵本を作っているとは聞いていたけれど……
きちんと高瀬さんの気持ちは、遥さんに話したのかしら?」
「えっ?
僕の気持ちですか?
それは……言わなくても彼女に通じているかと……。」
もごもごと口を濁す湊に
「ダメよ、高瀬さん。
きちんと言葉にして伝えなきゃ。
遥さんにはわからないと思う。」
「えっ、そうなんですか?」
「遥さんにとっては、高瀬さんは憧れの先輩かもしれないけれど……
あなたが遥さんのことを好きだってことは彼女、気がついていないんじゃないかしら?」
「そうかなぁ。」
「そんな呑気なことを言っていたら、遥さん、誰かに取られてしまうわよ。
あんなに綺麗で可愛らしいんだから。」
「えっ。」
湊は、顔色を変えて遥の方を見た。
相変わらず、遥は甲斐甲斐しく働きながら、周囲に笑顔を振り撒いている。
「お客さんの中にも遥さんを見初める人だっているかもしれないし……。
早く彼女に高瀬さんの気持ちを伝えた方が良いですよ。」
「はい……。」
弱々しく答える湊を見て、奈保子は心配になった。
もう、付き合っているのかと思っていたけど……こんな調子で大丈夫なのかしら……。
でも、二人とももう、大人なんだし、何とかするわよね。
「じゃあ、私は本を探してくるわね。」
奈保子は、湊から離れていった。
そんな奈保子を横目で見ながら、本を選ぶ振りをしていた湊だが……
今日はもう、帰ろうかな……。
奈保子に言われたことが頭の中で何度も繰り返される。
奈保子さんには、俺の気持ち、みんなバレてしまっているけど遥ちゃんには、わからないのかな?
湊は、考えれば考えるほど不安になった。
このまま、ここに居続けることは無理だな……。
「遥ちゃん、今日は帰るね。」
喫茶コーナーにいた遥に小さな声でそう伝えると……
湊は、古書店の扉を押した。
湊の様子がおかしかった気がしたが、仕事中でもあり、何も聞けなかった遥だった。
その後、喫茶コーナーに来て珈琲を注文した奈保子に遥は、そっと聞いた。
「あの……。
湊先輩の様子が何だか変だったんですが、奈保子さん、何かご存知ですか?」
「さぁ……。
私にはわからないけれど……。
多分、高瀬さんは、あなたに会いにここに来ているんだと思うわよ。」
「そうなんですか?
先輩は、本を探しに来てるって言ってましたけど……。」
奈保子さんは、遥をまじまじと見ながら
「遥さん、それ、本気にしてます?」
と聞いた。
「えっ、違うんですか?」
奈保子は、やっぱり遥さんは何もわかっていないんだと思った。
「遥さん、今度高瀬さんに会ったら彼の話をよく聞いてあげてくださいね。
近いうちに、あなたに大切なことを話すと思うから……。」
「大切なこと?」
「えぇ。
とても大切なこと。」
そう言って奈保子は微笑んだ。
遥には、大切なことの意味は、まだわからなかったが、今度湊先輩に会ったら、どんな言葉も大切に聞こうと思った。
一方、湊も急いで古書店を出てきてしまったが、奈保子に言われたことを思い返していた。
一つだけわかっているのは、このままではいけないといいことーー。
想いは言葉にして伝えなきゃ……。
今度こそ遥ちゃんに会ったら、自分の気持ちを伝えよう。
湊は、そう心に決めた。
自分が告白したら、彼女は何て言うだろう?
遥の反応は気になるが、早くしないと遥が誰かに取られてしまいそうで気が気ではなかった。
ベッドに横になるが、寝返りばかり打ってなかなか寝付けない湊だった。
遥はと言うと……。
奈保子さんの言っていた言葉が気にはなっていたが、仕事の疲れからか、横になったと思ったらすぐに眠くなり、あっという間に夢の世界へ。
優しく夜の闇が彼らを包んでいった。




