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夢の先にあるもの


東京駅からほど近いガラス張りの高層ビル。

その一角に入る大型書店で湊のサイン会が開かれる。


遥は、その書店が入るビルの10階でエレベーターを降りた。

書店の入り口から奥に向かってすでにたくさんの人が列をなしていた。


ここにいる人が、皆、湊先輩のファンなんだ……。


遥は、その人気ぶりに驚いた。


書店の奥には、高瀬湊の作品を集めた特設コーナーが設けられていた。

色彩豊かな画集やポストカードが整然と並べられている。

彼の名を冠した横長のパネルには、代表作の一枚が大きくプリントされていた。


その絵は遥も見たことがあった。


緑の中に佇む美しい鹿の絵だ。


湊先輩の絵、やっぱり素敵だな。

遥は柔らかな光を放つ湊の絵に見とれた。

来場者の中には、そのパネルの絵を写真に撮る者もいた。


早く私も列に並ばないと……。

遥は、湊の画集を買うと列の最後尾に静かに並んだ。


サイン会の開始時刻が近づくと、スタッフがテキパキと列の整理を始めた。

会場内には、控えめにクラシック音楽が流れており、静かな緊張感と期待が入り混じっていた。



湊は、白シャツにグレーのジャケットというシンプルな装いで現れた。

彼が姿を見せると、待っていたファンの間から自然と拍手が起こる。

湊は、軽く頭を下げて応え、用意された席に静かに腰を下ろした。


一人ひとりに丁寧に対応する湊の姿は、作品の印象そのままに誠実で落ち着いていた。

名前を尋ねる声は優しく穏やかで、サインをしながら、時折相手の目を見て微笑む。


ファンは、若い女性から年配者までおり、層の厚さが感じられた。


中には、母親に連れてこられた小学校の低学年ぐらいの男の子もいた。


「僕、先生の描いたシマウマの絵が大好きなんだ。」

そう話しかける男の子に


「そうなんだね、ありがとう。

じゃあ、君の名前の横にシマウマを描いてあげようね。」


そう言って湊はシマウマのイラストをさっと描きあげて、その子に画集を手渡した。


「わぁ~。

ありがとうございます。」

男の子は、目を輝かせて画集を受け取った。


ある老婦人は、自分の番がくると

「私、あなたが描かれた絵を見るとあまりにも綺麗で優しくて涙が出るんです。」

と話した。


「そう言って頂けて凄く嬉しいです。

これからも頑張りますね。」

と湊は、感激したように話しかけた。



列の進みはゆっくりだったが、誰も不満を述べる者はいなかった。

それぞれが、自分の時間を大切に扱ってもらっていることを感じ取っていた。


サインの脇に添えられる一言メッセージは、その人ごとに違っていた。

ある女性は、サインを受け取った瞬間、目を潤ませていた。

湊の言葉は、彼の絵と同じように、人の心にそっと寄り添い、その人を癒したり、元気づけたりする。


湊先輩は、本当に温かくて優しい人なんだな……。

遥は、遠くから彼のそんな振る舞いをそっと見守っていた。


列は少しずつ動いていき、いよいよ遥の番が来た。


湊先輩の顔を見て緊張した遥は、

「お、お願いします。」

と言って画集を差し出した。


「よく来てくれたね。」

そう話しかけると、湊は遥の名前の横にライオンのイラストを描いてくれた。


「はい。」

優しい笑顔で遥に画集を渡す湊。


「えっ、ライオン!」

遥は、思いがけずイラストまで描いてもらい、びっくりした。


「あとで連絡するね。」

と囁いた湊に小さく頷いて、遥はその場を後にした。


湊先輩の気持ちが嬉しくて、遥は画集を胸に抱いたままエレベーターに乗り込んだ。


ガラス張りのエレベーターからは、美しい東京駅の駅舎が見える。


下降していく景色を見ながら、遥は湊先輩の笑顔を思い出していた。


先輩は、私に優しくしてくれるけれどあんなに人気がある作家で特別な人なんだなとも思った。


先輩が誇らしくもあり、自分には遠い存在にも感じてしまう。


私……先輩の隣にいて良いのかな?

不安が胸をよぎった。


その晩、遥のスマホの呼び出し音が鳴った。


遥がすぐに電話に出ると湊先輩の声が聞こえた。


「遥ちゃん、今日は来てくれてありがとう。

サイン会、どうだった?」


「あっ、先輩。

今日はお誘い頂きありがとうございました。

たくさんの方が先輩に会いに来られていましたね。」


「うん。

あまり人が来なかったらどうしようかとも思っていたけれど……。

良かったよ、あんなに来てもらえて。」


「先輩、私がいなくても大丈夫でしたよ。

とっても落ち着いていたし……。」


「そんなことないよ。

今日は遥ちゃんが来てくれるから、頑張らなきゃって内心冷や汗をかきながら必死だったんだ。」


「まさか……。

そういえば、何で私にはライオンのイラストだったんですか?

大人の人にはイラストは描いていなかったと思ったので、驚きました。」


「あぁ、あれ?

俺と遥ちゃんの思い出は、やっぱりライオンだからさ。

初めての画集だし、記念に描くならライオンかなって思ったんだよ。」


「そうだったんですね。」


「誰にでもイラストは描かないよ。

遥ちゃんだから描いたんだ。」


「え?」

遥の胸がどくんと鳴った。


「遥ちゃんは俺にとって特別だから。

遥ちゃんがいたから、俺はずっと絵が描けたんだ。

また、会えたのが凄く嬉しくて……。

遥ちゃんは、どう思っているかわからないけど。」


「私は……。

私だって先輩に会えて嬉しかったですよ。

ずっと先輩に会いたいと思っていたし。」


そう遥が話すと先輩は黙ってしまった。


「あの……先輩?

私の声、聞こえてますか?」


「うん、聞こえてる。

何か……嬉しくてさ。

遥ちゃんも俺に会いたかったのかと思ったら。」


二人はお互いの顔は見えなかったが、心が通じ合ったのを感じた。


「俺、個展を開いて画集も出せた。

次の目標は、遥ちゃんと絵本を作ることなんだ。

この間、作ろうって遥ちゃんも言ってくれたし……。

そうだ、今度、絵本について相談しようよ。」


「はい。

そうしましょう!

私もどんな話が良いか考えておきますね。」


「うん。

遥ちゃんとなら、きっと良い絵本ができるよ。

楽しみだな~。」


こうして湊と遥は、新たな夢に向かって動き出した。 


二人が歩いてきた道がこの先一つになるかもしれないーー。


これから絵本を作ることがその一歩になりそうだと遥は思い、胸がじんわりと熱くなった。











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