二人の約束
湊は、アートスクールの授業を終えた後、遥を隣の公園の中にあるカフェに誘った。
窓際の席に案内された遥は、
「わぁ~。
まるで森の中にいるみたい!」
と思わず声をあげた。
大きなガラス窓から見える緑を二人は一緒に眺めていた。
「うん。
ここにいるとそんな気分になるよね。
よく、アトリエの帰りに寄る場所なんだ。」
「何だか都会にいるのを忘れそうになります。」
「そうだよね。
静かだし、緑も見えて落ち着くんだ。
遥ちゃんが気に入ってくれたのなら、良かったよ。」
二人はホットコーヒーを頼んだ。
「今日は、実際に先輩が絵を描くところが見られて嬉しかったです。」
「そう?」
「はい。
バックの色合いが綺麗で……
動物たちも生き生きとしていて見ていて心が温まりました。」
「そこまで言ってもらえるなんて……。
遥ちゃんをアトリエに連れてきたかいがあったな。」
久しぶりに話すうちに二人の距離がどんどん縮まっていった。
カフェで1時間ほどが過ぎた頃……
「そろそろ出ようか?」
と湊先輩が立ち上がり、遥もそれに従った。
日が傾き、辺りは暗くなり始めていた。
「もう、夕方なんですね。
先輩とのお喋りが楽しかったから、時間を忘れていました。」
「本当だね。
あっ、そういえば遥ちゃんに言おうと思っていたことがあったんだ。」
「何ですか?」
「実は今度、画集が出されることになったんだ。」
「えっ、もしかして湊先輩の画集ですか?」
「うん、今勤めている出版社から出ることになって……。
今度、出版記念を兼ねてサイン会をすることになったから、遥ちゃんにも来てもらいたくて。」
「どこでやるんですか?」
「えぇと……確か東京駅近くの書店だったような……。
ちゃんと調べて後で時間と場所を連絡するね。」
「はい、お願いします。
凄く楽しみです。
やっぱり先輩は凄い人ですね!」
「いや、そんなことないよ。
まだまだこれからだよ。」
遥は、謙遜する湊先輩を眩しく感じた。
「遥ちゃんがサイン会に来てくれるのなら、俺、少し落ち着けるかも。
サイン会なんて初めてだから、もう、今から緊張しちゃってさ。」
「そうなんですか?
先輩なら大丈夫ですよ。
堂々としていてくださいね。」
遥は笑いながら湊先輩を見上げた。
公園の出口が近づいた頃、湊先輩がふいに立ち止まった。
「遥ちゃん、あのさ……。
昔した約束覚えてる?」
「えっ?
約束ですか?」
「うん。
俺と遥ちゃんで絵本を作るっていう約束。」
遥はびっくりして湊先輩の顔を見た。
「覚えていますけど……。
先輩、本気だったんですか?」
「冗談であんなこと言わないよ。
こうして、また会えたんだし……。
遥ちゃんさえ良かったら、一緒に絵本を作ろうよ。」
遥は湊先輩の真剣な様子に
「わかりました。
作りましょう。」
と思わず答えてしまった。
そう言ってしまってから不安になった遥は
「本当に私なんかで良いんですか?」
と聞いた。
「私なんか……なんて言わないでよ。
俺は遥ちゃんが良いんだよ。」
と少し怒ったように湊先輩が遥を見つめていた。
それから、二人はしばらく黙って歩いた。
公園を出て近くの駅に着くと電車のホームまでエスカレーターで上った。
湊先輩が乗る電車がホームに入ってきた。
「遥ちゃん、じゃあ、後で連絡するね。
今日はありがとう。」
普通の表情に戻った湊先輩は、笑顔で遥に手を振った。
「はい。
連絡、待ってますね。」
遥も手を振った。
先輩を乗せた電車が動き出した。
いつまでも遥に手を振る先輩が窓越しに見える。
そして、あっという間に湊先輩を乗せた電車は遠ざかっていった。
一人ホームに残された遥は、寂しさを感じていた。
先輩との楽しい時間が終わってしまったーー。
思い返すと濃密な1日だったような気がする。
次はサイン会でまた、湊先輩に会える。
そう思って遥は、自分を奮い立たせた。
次の約束があること……
そのことが遥にとって小さな希望になった。
湊先輩、本気で私と絵本を作ろうと思っていたんだ。
真剣な湊先輩の顔が浮かんだ。
昔した約束が今になって実現するかもしれないことに驚きを隠せない遥だった。




