プロローグ
潮風の香りがする。
ゴンドラの窓から見えるのは、夕陽に照らされた海。
少しずつ昇る度にゴンドラが風に吹かれて揺れている。
懐かしいな……。
遥は幼かった頃、両親と乗った観覧車に今は一人で乗っている。
久しぶりに帰ってきた故郷の街。
今は亡き父ーー。
父が私と母を連れて地元の遊園地に行った日はもう、遠い昔だ。
楽しくて楽しくて1日中はしゃいでいた私。
「遥、あれに乗るか?」
父が指さした先にはこの観覧車があった。
「うん、乗る!」
手には赤い風船を持った私と嬉しそうに微笑む両親を乗せてゴンドラがゆっくりと上に昇っていった。
恐らく私が3歳ぐらいの時の記憶だ。
あの後父が急逝し、母が一人で私を育ててくれた。
東京の大学に合格した時も……
躊躇う私に
「行きなさい。学費は何とかするから。」
そう言って母は送り出してくれた。
大学を卒業した後は安定した職を探して銀座の古書店に就職した遥。
卒業してすぐの頃は、仲の良かった友人と会って一緒に食事をしたりすることもあった。
しかし、年を追うごとにお互い忙しくなり、連絡を取り合うことも少なくなっていった。
今では母に仕送りしながら家と職場を往復するだけの毎日。
古書店という大好きな本に囲まれている職場は、遥にとって好ましい場所であったはずだが、何かが物足りないーー。
そんな気がずっとしていた。
今日は、母の顔を見に久しぶりに帰郷した。
地元の駅に降りたった遥はふと駅のホームにあった遊園地の看板を見て、たまらなく懐かしくなった。
そして……気がついたら、遊園地に来ていた。
閉園まであと1時間半。
あまり時間があるとは言えないが、せっかく来たのだからと遥はチケットを買った。
「大人、ひとり。」
そうチケット売場で言った時に気がついた。
一人で遊園地に来たのは初めてだった。
何故そんなに遊園地に行きたかったのかーー。
遥は、正直自分の気持ちがよくわからなかったが、今日はそんな自分に素直に従うことにした。
平日の夕方ということもあり、遊園地は空いていた。
入り口の大きな門をくぐった時に一番に目に入ってきたのは、あの観覧車だった。
遥は、そのまま引き寄せられるように観覧車に乗ったのである。
遥を乗せて頂上を目指して昇っていくゴンドラーー。
頂上近くまで来た時、遥の周りには不思議な光が現れてその光が遥を優しく包み込んでいく。
チカチカと点滅する光を見ているうちに遥は、それが現実なのか、夢の出来事なのか次第にわからなくなっていった。
一つだけ確かなのは、遥の中で今、何かが動き出しているということだけーー。
ゴンドラはギシギシと音を立てながら動き続けていた。