永久の花園編・Ⅳ
迷宮。
そう呼ばれる建造物、或いは自然から織り成された迷宮に、何故、我々は挑むのだろうか?
枯れる事無く湧く資源を、財宝を、己のものとする為?
恐ろしい魔物を打ち倒し、轟く名声を我が物としたいから?
非日常でしか体験出来ない世界に行き、この身を刺激で焼き尽くしたいが為に?
きっと、そのどれもだ。
ん?なんだ嬢ちゃん達。この、ビラ……は?────え?ダンジョン……保険??
『この保険に加入したいと思います』
その言葉をどれだけ待ち望んでいた事か。
長かった……!けど、遂に……遂に!!
この町に来てから初めて取れた新規契約者に、ローサは心の奥底で万歳三唱を唱えた。
「──では、こちらの書類に名前を」
契約の理由はどうであれ、気が変わらない内に手続きをさせてしまおう!ローサの手には、まるで手品の様に取り出された契約書が握られていた。
「すみません、この様な場所で」
「いえ。えっと、ここに名前を書けば?」
「はい、そうですね。あ、書くのはこちらをお使いくださ──」
ペンを渡して気づいたが、ここに台なんて物は無い。地面の上で書かせるなんてもっての外だ。
「先輩!ヒマル先輩!」
「ンぅ?どうしたンローサちゃん?」
『新規契約者の方です!書く為に土人形に机代わりになって欲しいのですが』
流石に契約者の前で堂々とそうは言えないので、口パクでヒマルにその事を伝えた。
「おぉ~~!凄いねぇローサちゃん。ちょっと待ってねぇ170~ちょとお手伝いしてくれるかなぁ?」
「ごあ!」
ヒマルが声を掛ければ、呼ばれた土人形は直ぐにそれに反応して主人の元へと駆け出した。
それを見ていた他の土人形達は「お、遂に契約取れたの?」と興味深々なようで、呼ばれていない筈なのに170の後を四体の土人形が付いて行く。
「ごあ~?」
他の四体がさっさと行ってしまったので、縄を握ったままだった土人形は、その縄と、先行く仲間たちを交互に見つめる。それから何を思ったのか、土人形は『縄を持ったまま仲間の後を追う』と言う選択肢をとった。
「ごああごあ!」
「ちょっとぉっ?!そこの土人形君?さん?!移動するならせめて縄を手から離してっ欲しいんだけどッッ」
もの凄い力で引っ張られていく縄に抵抗虚しく……。
カイトも仕方なしにその後に続いた。
「──あの、これで大丈夫でしょうか?」
土人形を机代わりにして名前を書き上げたフローラは、確認の為にそれをローサへと見せた。
「はい、大丈夫です。では次に、こちらの方に拇印……親指にこちらのインクを付けてもらって──ええ、そちらに押して頂ければ」
「こう……ですか?」
「はい、そうです、ありがとうございます。──それでは、こちらの名前で契約を進めさせて頂きますね。あ、宜しければこちらを使って指を拭いてください」
「あ、すいません。ありがとうございます」
「それで、フローラさんにはお手数をおかけしますが、後日──失礼、このお話はまた後程にでも」
「え?あっ……分かりました」
話を途中で切り上げたローサに、どうしたんだろう?と同じ視線の方向を向けば、納得した。
土人形の相手をしていた筈のカイトさんが、こちらに向かって来ていたのだ。
きっと、話がややこしくされると思って一度場を離れる事にしたのだろう。
「あの白銀髪の人、なんかやたらとやり遂げたぜって顔して書類持ってたんだけど……もしかしてフローラ……契約、しちゃ……?」
「はい、しちゃいました。負傷時の治療や迷った時の案内は魅力的だなと思って。それに──紛失物の捜索や奪取もしてくれるようだったので」
「フローラ、それって……」
もしかして、もしかしなくても──フローラは、俺の短剣を取り戻す為にその保険に入った?
「………………」
カイトは手で顔を覆うと、次にその手を口元に移動させた。
それから──白銀髪の、ローサと呼ばれていた女性へ視線を向ける。
……あの人、俺が昨日短剣盗られた事知ってるよな?
そこに、フローラが紛失物の奪取はしてるかと聞いたら──それがフローラの物でないのなんて察してるんじゃ?
「……すみません、勝手でしたよね?」
「それは──……いや……うん。正直、かなり」
フローラは、俺がこの“保険“と言うのに入りたくないと言うのも。
自身の手で盗られた物を取り返そうとしていた姿も見ていたんだ。
それなのに──フローラは、あの二人に取り返してもらおうと言う選択をした。
「ごめんなさいカイトさん。でもこうでもしないと、カイトさん、一人で巌穴鼠に挑んでましたよね?」
「…………」
俺の行動読まれてるな?
余りにも図星過ぎて、言葉を返すに返せなかった。
「私、カイトさんに死んでほしくないです」
「……いやぁ、俺だって何も死ぬ為に登ってる訳じゃ」
「今までのを見て、それでいてその言葉を信用しろって言うんですか?」
……うん。無理だよね。
「だからって──フローラがあんな怪しいのに契約する必要なんて。それに、嘘迄ついて……」
本当なら俺にさせるべきだろう、契約を。
変に意固地になってる俺を引っ叩いてでも契約をさせるべきだっただろう。
「──実は私、カイトさんにお願いしたい事があるんです。だからこれは、その為の投資とも言いますか……」
フローラの口から『お願いしたい事』、『その為の投資』だなんて、想像もしていない様な言葉が飛び出した。
『聞き間違いかなぁ?』なんてとぼけた反応をしながらフローラを見れば、フローラは『冗談じゃないですよ?』とでも言ってるかの様に、その顔に笑みを浮かべていた。
「…………アレ?もしかして俺、フローラにとんでもない貸し作っちゃった?」
「フフッそうかも知れないですね。──……ですのでカイトさん。私と一緒に、永久の花園の“最終階層“に行ってくれませんか?」
まさか、フローラの口から最終階層が出て来るなんて。
全く、続けざまに驚く事を言ってくれる。
「私、見て見たいんです。母が良く話してくれていた景色を。──……母が愛してると言っていた、白い花畑と、天に届きそうな程の白い大樹を──この目で見たいんです」
そう答える彼女の言葉は力強く。
到達点を見据える彼女の瞳は、強い焦がれを含んだ輝きを放っていた。
まいったなぁ……。
まぁ、断る退路何て無いけどさ。
本当、まいったなぁ。
「……駄目……ですか?」
そんな迷子になってる子供の様な目で見上げないで欲しい。
俺が何か悪い事しちゃったみたいに思えてくるから。
「分かった!分かった、付き合うよっ“最終階層“迄」
「────ッ!ありがとうございます!カイトさん!!」
「まあ、俺も『ダンジョン制覇してやる!』位の夢はあるし──何年かかろうが、フローラが“最終階層“行ける迄付き合うよ。──けどさ、」
「?けど??」
「あんな保険に入らなくても──俺、フローラが誘ってくれたら普通にOKしてたから」
少し膨れた様子でそう答えたカイトに、フローラは『分かってますよ』と微笑みながら答えた。
*****
「さて、ヒマルの先輩。……どうしましょうか?」
どうしましょかと聞いてる割に、ローサの手は巌穴鼠の塚へと置かれており、登る気満々である。
「ダメダメダメ~~ッ!ローサちゃんスカートなンだから!」
「スカートと言ってもタイトですし……」
「駄目なものは駄目だンよっ!そう言う壁登りはゴアゴアさん達に……ゴアゴアさん達にっ…………ンでも、ゴアゴアさん達も壁から落とされちゃったらどうしよぉおっ」
「ごあ?」
巌穴鼠の巣穴から盗られた物を取り返しに行く。
ヒマルはそれに『ゴアゴアさん達に手伝ってもらおう!』と提案するも、もし巌穴鼠が登ってる途中のゴアゴアさん達を落とすのならば、その光景を見なくてはいけない──と、ただ考えただけで心を痛めていた。
「ジンライ君だったらこのくらいパパッと登って終わらせられたンだろうなぁ。……うーン。あ、いっその事、ゴアゴアさん達をもっと沢山呼んで、ンで、どんどん上に積み上がってもらえば」
「それでは呼び出すのに時間が掛かってしまうのでは?それよりもヒマル先輩、良い案を思いついたのですが──」
「ンぅ?なになに?ローサちゃん」
「今この場にいる巌穴鼠の皆さんには、一時巣穴から退去して頂きましょう」
「ほへ?」
「ごあぁ?」
ローサのそんな提案に、ヒマルと土人形は同時に首を傾げた。
「フローラさん!申し訳ありませんが、巣穴はどれか特定をなされてますか?」
「えっ巣穴ですか?えっと確か……一番高くにある場所から──」
そう答えつつ、フローラの顔はカイトの方へと向けられた。
「から──……」
「…………下の、下です……」
「下の下です!」
カイトが滑らせた言葉を伝えたフローラはニコリと笑み、滑らせた本人からは少し重めな溜息がこぼれていた。
フローラさん……嘘を通すのに向いて無いですね。
本来なら、保険適応は契約した当人のみに限る。それは勿論、紛失した物にだって同じことが言える。
今回はあくまでも自分が盗られた物をと言う事で私達が動くのだが──そんなにカイトさんに伺いを立ててたら自分の物では無いと言っている様なものなのでは?
昨日の彼の話を聞いてるから尚更に──……。
「分かりました、下の下ですね。──と、言う訳です先輩、ゴアゴアさん達」
「いいの?ローサちゃん」
「フローラさんが私のだと仰ったのです。それ以外に証明のしようがありません。それよりもヒマル先輩、後は任せましたよ」
「う゛~~ン゛……ちゃンと加減できるかなぁ?」
「あの人達本当に大丈夫?」
巌穴鼠の塚の前で少しもたついてる様子に、不安しか浮かばない。
さっきなんて白銀髪の人がその恰好のまま登ろうとしてたし。
そもそも格好もだけど──あの人達、ここがダンジョンだって言うのに武器らしい物を一つも持って無いような……。
土人形がいるとは言え、不用心すぎないか?
「「「ごあ~!ごあごあ~~!」」」
「「ごああ!ごああ!」」
「ごっあ~~っ!」
不安げな顔をする主人に向かってさまざまな声援を送る土人形達。
「えーっと、私達も声援を送った方が良いのでしょうか?」
「いやぁ……俺は遠慮させてもらうよ?」
あの輪に交じってワーワー声援を送るのは、流石に恥ずかしい。
──ってあれ?あの人いつの間にあんな……ハンマー?
土人形の方に視線をずらしているうちに、ピンク髪の女性の手にはやたらと大きなハンマーが握られていた。
あんな質量がありそうな物何処から取り出したんだ?どう見ても背負ってるリュックより大きいし、正直、女性が持ち歩けるような物でも無いと思うんだけど。
だが女性はそんなハンマーを軽々と振り回しながら、振りかぶり──
「失敗したらごめンだよ~~~ッ!!」
女性が振るったハンマーは、巌穴鼠の巣をドゴンと揺らした。
「──ッ?!」
「ひゃ?!」
そしてその衝撃は巣だけでなく周囲の地面も軽く揺らし、その感覚に慣れていない二人は困惑の声を上げた。
あの人、なんつぅ怪力なんだ?!!
いや──果たしてこれは、単純に怪力と言う言葉だけで済ませていいものだろうか?
自分よりも小柄な身体から繰り出されたその驚きのパワーに、カイトは言い表せない高揚感を覚えた。
だが、そんな瞳を輝かせたのも一瞬で──カイトの瞳は、次の瞬間には驚きで塗り替えられた。
今の衝撃によって驚いた巌穴鼠が、一斉に巣穴から飛び出して駆け下りてきたからだ。
「うわっ!」
「きゃぁ──!?」
あわあわ、バタバタと慌てふためきながら巌穴鼠が地面を走る。
中には、余程混乱しているのか、仲間同士でぶつかって転倒したり、足を滑らせて転んだりと、そんな様子を見せる巌穴鼠もいた。
それでも最終的に、巌穴鼠は散り散りに森の中へと逃げていき──地面には沢山の巌穴鼠の足跡が残された。
「壊れてない?巣、壊れてないぃ??」
余程不安なのか、ヒマルはハンマーを握り絞めながら小動物の様にびくびくと震える。
「大丈夫ですよ先輩。塚を壊さずに揺らすと言う、完璧な力加減でした」
「ごあ~あ!」
パチパチと拍手を送るローサとゴアゴアさん達に、ヒマルはホッと胸を撫で下ろした。
「ん、ンじゃぁ、後はお願いねっゴアゴアさん!」
「ごあ──ッ!」
元気よく返事をし、気合十分と言った様子の土人形達。
「ごあごあ?」
「ごあ!」
「ごあ~~。ごああごあ~。ごあ!ごああ~!」
何やら話合ってるようにも見えたが、方針が固まったのだろう。三体の土人形選出されると、うち二体が一体の腕をそれぞれ片方ずつ持った。
それから──どうやらこの土人形達はある程度形の自由が利くようで、真ん中の一体が自身の足を縮め浮いた状態になり──準備が整うと、両端の二体がゆらゆらと振り子の様に、その中心の土人形を振り始めた。
そして、その勢いが激しさを増していくと──……思っていた通り、両側の二体が手を放し、中心にいた土人形がポーンと曲線を描いて飛んでいった。
「ご~あ~~~~~~~~~~~♪ごあ゛ッ」
飛んでいって、目的の巣穴に突っ込んだ。
「ゴアさ~ん!ガンバだよぉ~ッ」
「ごああ……ごあ?ごあ!ごああ~~♪」
巣穴に突っ込んだけれど、その代わりに目的の物はすぐに見つけられた。
それに喜びながら、土人形は体勢を整えて片腕を巣穴の奥へと伸ばすが──
「…………ごあ?ごああごあ?」
──腕は、届かなかった。
それからも必死に「ごあ──ッ!」と叫びながら何度も手を伸ばすが、当然届かない。
「……………………」
土人形の意思疎通表示画面が不服そうな目の形に変わった。
それから何を考えたのか──土人形はもう一度顔面を巣穴に突っ込ませると、土のボディを捨て、まん丸の核だけの姿となった。
これなら、あの短剣の所までいけるぞ!
土人形は鼻歌まじりで巣穴内を転がっていく。
目的の物まで近づけば、後はこちらのものだ。
土人形は、塚の土を使って新たに片腕だけを生やすと、目的の物を掴み取った。
「ごあ~♪」
無事任務を達成した事に満足したのか、土人形はニコリとした目を表示させると、ばいんばいんと跳ねながら巣穴を移動し──そのまま外へと飛び出していった。
*****
「えらい~~えらいよッゴアさん!良く出来ました!」
「♪♪♪♪」
主人に褒められて土人形も嬉しいようだ。
ヒマルの両手の上で跳ね、意思疎通表示画面をニコリとした目と音符とで交互に切り替えていた。
「ンじゃ、後は持ち主の人の所に返さないと、だね?」
「ごあ?ごあ~~……ごあ!」
ヒマルに言われて「そうだった!」と、本来のやるべき事を思い出した土人形は──二人の方を振り向くとヒマルの手から飛び降り──その身に再び土の外装を纏った。
そして、本来の姿に戻った土人形は短剣を片手にドスドスと近づいて行き──その短剣は、フローラではなく、カイトに向けて差し出された。
「えっ」
「ごあ?」
「受け取らないの?」と言いたげな様子でカイトを見つめる土人形。
その視線に、カイトは狼狽えた。
「────っ」
分かってるんだ、この土人形。
この短剣が、俺のだって。
「ご、土人形さんっ、それは私が受け取る物で──」
スッと横から短剣を受け取ったフローラ。
カイトはそれをただ黙って見つめ、そんな二人を、土人形は不思議そうな顔をして交互に見た。
「あ、ありがとうございます、土人形さん」
「ごあ~~~……」
何だか納得がいってない様子だが、土人形はチラチラ振り返りながらヒマルの元へと戻っていった。
「良かったですねカイトさん。あ、この短剣、ちゃんとカイトさんので合ってましたか?」
「……うん、合ってるよ。その短剣は、俺ので……」
「──フローラさん。どうでしたか短剣の状態は?」
何時の間にかローサが近くまで来ていたらしい。コソコソと話していたが、突然近くにいたのでフローラはテンパり気味に応対した。
「え?あっ!はいっ、だいじょ……?大丈夫ですっ!」
自分の短剣と言う体で押し通しているのに、曖昧な返事では怪しまれるだろうからと強めに肯定した。
「巌穴鼠が運んだ物ですし破損していたらと不安でしたが……無事取り戻せて何よりです」
「いえっあの──……本当に、ありがとうございました。この短剣を取り戻してくれて」
「いえ、これも私達が成すべき事ですので。それと、フローラさん、ましたなどやめください。これからも、長い付き合いになるかも知れないのですから」
「あ、そっか……。そうですよね私ったら」
「それで、フローラさんには先程伝えきれてませんでしたが──」
「あのッ」
その声を上げたのはカイトだった。
「カイトさん?」
「……何か御用でしょうか?それともまた何か言いたい事でも?」
この人は……先程から間に入ってきて。いい加減にしてほしいものですね。
流石のローサも、言葉に棘を乗せて返した。
だが、カイトは何を言い淀んでいるのか?中々先を言ってこない。
「言いたい事があるなら、ハッキリとどうぞ」
「────……あのさ、今更だけど…………俺も、その“ダンジョン保険“ってのに入っても、いい、かな?」
一体何処で心変わりをしたと言うのだろうか?
カイトの発言に、ローサは『意外だ』とばかりに目を見開いて、それから──
「──勿論です。我が機関は、倫理に反しない限り何人も拒みませんから」
ローサは契約書とペンを取り出し、カイトはそれを受け取り──それを見ていた土人形もまた、己が机代わりになる為に走り出した。