永久の花園編・Ⅱ
迷宮。
そう呼ばれる建造物、或いは自然から織り成された迷宮に、何故、我々は挑むのだろうか?
枯れる事無く湧く資源を、財宝を、己のものとする為?
恐ろしい魔物を打ち倒し、轟く名声を我が物としたいから?
非日常でしか体験出来ない世界に行き、この身を刺激で焼き尽くしたいが為に?
きっと、そのどれもだ。
ん?なんだ嬢ちゃん達。この、ビラ……は?────え?ダンジョン……保険??
「さーてと、どう攻めようかな?」
永久の花園から逸れて進んだ森の中──緩やかな傾斜を進んで行けば、森の中に突然円状に開けた場所が現れる。
永久の花園とは真逆の造りのような其処には、中央に見上げる程の土の塚が聳えていて……よく見ればその塚には多くの穴が開いている。
そう──これこそが泥棒鼠……もとい、巌穴鼠の住処なのだ。
土の塚をぐるりと一周回ってみたが、造りに差がある場所は余り見られなかった。そうなると、一直線に目的の場所迄登るか……。
えーっと、確か、ここに着いてから左回りで進んで、その中でも一番高い所に開いてる所の、下の下の……うん、アレだ。
中に居ないでくれよなッ!
カイトは巣穴の位置を確認すると、道すがら拾った枝をその巣穴目掛けて勢いよく投げた。
届いてくれ!
ヒュンヒュンと空を切りながら進んで行く枝は、吸い寄せられるかの様に巣穴へと一直線に向かい──数秒後、カァァンと、乾いた音が響いた。
「よし!」
ちょっと下にいったけど、まぁいい感じだ。
カイトはジッと巣穴の様子を伺った。
……中から泥棒鼠が出てくる気配はないな。よし、どうやら今は巣穴の中に居ないみたいだ。
なら今の内に──
カイトは、昨日教えてもらった店で買って来た縄や、店主に勧められた装備や道具の準備を始める。だがその途中──どうやらリュックの中に何時の間にか紛れこませてしまっていたらしい──昨晩、酒場で声を掛けてきた女性が置いていったビラが、ヒラリと姿を現し、地面へと落ちていく。
「げ」
嫌な物を見てしまった。出来ればこのままここに置き捨てていきたい所だが……ゴミになる物を森の中に置いて行く訳にはいかないだろう。
「はぁ……」
渋々そのビラを拾うと、呆れ気味にそのビラを見つめた。
「“ダンジョン保険“ねぇ──」
『“ダンジョン保険“と言うものに加入なされてみては──』ビラを置きつつそう言った女性。その人は、不審者を見るような目になりつつあった俺等に対し“ダンジョン保険“とは何なのかと説明をし始めた──まぁ、その直後、ピンク髪の女性に、『時間外業務だよぉ』と強制的に連れていかれたが。
こちらとしては怪しい話が始まる前で助かったが、結局その実態は知らずに終わったのだ。
「え──っと……なになに」
毎月──冒険者ランクにもよるが──ダンジョン保険連盟機関に金銭を納める事で、以下の様な様々なサービスが受けられるって事か。
バイタルチェック……は何だコレとして、怪我を負った際の治療に、食材が尽きた時の補充、迷った場合の案内及び救出、ダンジョンボスの討伐サポート等々……。
正直、目を疑う様なサービス内容だ。
一体幾ら支払えばこんなサービスを受けれ──
「黒鉄級迄は毎月200リル?!え?酒一杯と同じ値段じゃんっ?!安ッッッ!てか怖ッ」
あ、でも、食材のとかは追加プランなのか……。いや、それでも安いな。
「と言うか……ダンジョンボスでのサポートって、A級ダンジョンとかどうするつもりなんだ?」
ビラの内容を読めば読むほど怪しすぎる。やっぱり入らなくて正解だった。
「いや、そもそも──そんなサポートとかされてたら、何の為に…………あ、でも仕方なくダンジョンに潜ってる人には良いサービスなのか?」
それに、初心者の冒険者なら不安も大きいし、必ずしも良い先輩が見守ってくれるとは限らない。
ギルドだって何でも相談に乗れる訳でもないし……。
ダンジョンに潜る冒険者をターゲットに絞るなんて──流石、都市部の人は(憶測だけど)考える事が違う。
怪しい歌い文句はあるけれど、もしかしたらそんなに邪険に思わなくても──?
「……いや、でも、あのお姉さんがな~~。こっちの気持ち汲み取れてなかったのがな」
おっと、こんな物何時までも見ている暇はないんだった。早く装備を装着しってと──えっと……このピトンってのを打ち込んで縄を固定させろって言ってたよな確か。
う~~ん……でも、これ打ち込んだら他の泥棒鼠出て来たり……。
「っヨシ!取り敢えずやるだけやってみよ!」
泥棒鼠が出て来たら出て来たでその時考えよう!
カイトが早速登ろうと動き出したその時、森の茂みがガサリと動いた。
「────!」
音が聞こえた方を振り向けば、駆ける泥棒鼠の姿が目に入った。
「!?クッソッ!早速か!」
ん?でもアイツ、口に何か咥え──あぁ、またどっかで被害者が出たんだな。
顔も知らない新たな被害者に情を向けるカイト。
勿論、そのまま見逃す何て真似はしない。
「折角勝利品を取って来た所悪いんだけど──」
カイトは、手に持っていたピトンをしっかりと握り締め──
「それ、返して貰うから!」
投げたピトンは、見事巌穴鼠の側面にぶつかった。
「ピュィ────ッ!!」
ピトンの当たった場所が思ったより痛かった為か、巌穴鼠は咥えていた物を口からポロリと落とすと、駆けて来た方向とは違う茂みの方へと駆け込み──如何やら、そのまま姿をくらませてしまったようだ。
「よし、何とか巣穴に持ち込ませずに済んだな。で──泥棒鼠は今度は一体何を盗んで……って……ん?花?」
地面の上にコロンと転がる純白の花。
もしかして食事を運んでるだけだった?と思い、その花を拾い上げれば、その花は植物のそれでは無く、カチリとした鉱物の硬さを持っていた。
あ、これ髪飾りか。良かったー。早とちりな行動しちまったかと思ったぁ。持ち主も探してるかもだし、後でギルドに預けないとな。
鉱物で作られている割に軽いソレは、きっと高価な物なのかも知れない。今からこの壁を登ろうとしている自分が持つのは怖いので、とりあえずリュックの奥にしまう事にした。
正直、泥棒鼠の巣穴の側に荷物を置いておく自体怖いが、一人で行動している為それは仕方がない事だろう。
周囲を警戒しつつリュックの中を出し入れしていれば、何やら人の声が聞こえて来たような気がする。
「ん?」
こんな所に誰か来るなんて珍しい。それこそ用が無ければ……。
──あ、もしかして。
「~~~くださっ」
「~~栗鼠さッ」
「待ってください栗鼠さんっ!それを返してくださいッッ!!」
うん、やっぱり。
「返してください」と叫びながら飛び出して来た女性は、カイトの気配に全く気付いていなかったのだろう。飛び出して来た位置は、丁度カイトが荷物を出し入れしていた場所だった。
いっ?!
「?!きゃっ」
女性は、茂みを飛び出した時、漸くカイトの存在に気が付いたのだろう。
気付いたけれども、その勢いで今更止まる事何て不可能で──空中で何とかしようと動いたのもいけなかった。受け身の取れない体勢になってしまった女性がこちらに倒れて来る時間は、スローモーションの様だった。
「────ッッ」
襲い来る衝撃が怖くて、女性はギュッと目を閉じた。
けれど、彼女に襲い掛かったのは人と人がぶつかる衝撃では無くて。寧ろ、優しく受け止めてもらった様な感覚が──。
そろりと目を開ければ、飛び込んで来たのは男性の胸板で。
「は~~……焦った。あ、君、大丈夫だった?」
「~~~~~ッッ」
バッ
「あ」
「ごめんなさいっごめんなさいっ!」
女性は顔を真っ赤にすると飛び跳ねる様に後退して、背中が見えるくらい深々と頭を何度も下げながら謝罪を繰り返した。
「あ~~いいって、いいって。寧ろ怪我してなくて良かったよ。俺、治癒魔法とか持ってないから怪我してたら町に戻らなきゃだったし」
「ほんっとうに、前方不注意でごめんなさいっ……」
プルプルと震え、しおしおとした表情で謝る姿は、まるで小動物みたいだ。
笑いそうになるのを何とか堪えながら、「そうだ」と、先程拾った髪飾りを取り出した。
「──これ、君のかな?」
女性は、パッと取り出されたソレに、パチクリと目を見開いた。
「~~~~~ッッッ!ッッ重ね重ね、本当にごめんなさいっっっ」
「いーよ。寧ろ泥棒鼠から奪えてやってやったって感じだし」
「泥棒鼠……?」
「あれ?泥棒鼠知らない?まぁ正式には巌穴鼠って言うみたいだけれど」
「いえ……、私、てっきり栗鼠だと思って。もしかして、さっきの栗──巌穴鼠は、C級ダンジョン、永久の花園固有の生物なのでしょうか?」
そう聞いてくる女性は、何処か浮足立って、ソワソワとした様子だ。
「そうだよ──ん?そんな事を聞くって事は……もしかして君、ここに来るの初めて?!」
「っはい!私、実はダンジョンは初めてで。あ、でもここに永久の花園固有の生物がいるって事は、もしかしてここはもう既に永久の花園の中……?」
思わぬ所で出会えた、初心者さんだ!
初めてのダンジョンに心躍らせ、瞳をキラキラとしだす女性の初々しさに、カイトもまた内心──ウオーッその気持ち分かる!分かるよ!と懐かしさでテンションが爆上がる。
「そうそう!分かりづらいけどここ一階層なんだよ!えっと、君が何処の道からここに辿り着いたか分からないけれど、あの花畑見た?空に向かって光が昇るのは?!あれを初めて見るとわくわくと感動がこう、ぐわぁ~~~ってさ!」
「空に向かって光が?!あ、もしかして遠くから見えたあの光はここのダンジョンから?花畑も凄かったですが、花畑と一緒に見るその光景は、きっと凄く感動的なんでしょうね……」
その光景を想像するだけで、うっとりとした吐息が零れる。
うんうん、そうなんだよね、そうなんだよねと頷くカイトであったが、ふと気付く。
女性の耳が、ピルピルと動いているのを。
「あ、……そう言えば、二度も助けて頂いたと言うのに名乗るのはまだでしたね。私“フローラ“と言います」
「え、あ、あ──!俺はカイトって名前で──えっと、もしかしてだけれど……フローラってエルフ?」
「はい……。エルフと言っても、正確にはハーフエルフですが」
「~~~っやっぱり!うわ──!どうしよう?!俺、エルフの人って初めて見た!!」
カイトの反応を少し身構えていたフローラは、興奮した様子ではしゃぐ彼の姿を見て、呆気に取られて目をパチクリとさせた。
「俺の生まれた所じゃエルフの人なんて居ないし、この町でもエルフの人って全然見た事なかったからさ~いやぁ~~っ本当に居るんだなって感激ッ!あ~と、その、ハーフエルフって言うのは俺は良く分からないけどさ、兎に角、数あるダンジョンの中からこの場所に来てくれてありがとうございます!」
「──……」
「……あ゛。もしかして今の反応気持ち悪かった?ごめん……気を付けてるんだけど、憧れてた物とか人かに初めて会うと、嬉しくてついつい舞い上がっちゃって」
「いいえ、そんな事は。ちょっと、驚いちゃいましたが」
「ウ゛ッ以後気を付けます」
「いえ、そんなそんな……」
『驚いた』
それは確かにそうなのだが、フローラが驚いたのはそこではなかった。
西大陸では、混血のエルフをハーフエルフと呼んで差別する者が──ハーフエルフは劣っていると決めつける者が多い。
実際、自分でもそれを実感する所があるから弁解のしようもないのだが……。
それでもやはり、ハーフエルフと知られた瞬間の落胆した、幻滅した表情を向けられるのは、当然ながら気分が良いものではない。
中央大陸ではそう言った呼び方が浸透していないだけなのかも知れないが、それでも、この大陸でフローラが初めてまともに関わった人が、ハーフエルフと聞いて変わらず接してくれた事は、何よりも嬉しい事だった。
「……本当に、ありがとうございます、カイトさん」
お母さん──やっぱり私、この場所に来れて良かったです。
フローラは、カイトが取り返してくれた花の髪飾りを元の場所に着けると、柔らかい笑顔を浮かべた。
*****
「そう言えば、カイトさんはどうしてこちらに?ギルドではダンジョン入口は花畑の中央からと伺っていたのですが……もしかして、こちらには冒険者だけしか知らない様な何かがあるのでしょうか?」
フローラの率直な疑問に、カイトはウ゛ッっと居た堪れない表情になった。
「…………いや、実はさ。……俺も泥棒じゃなくて巌穴鼠に短剣盗られちゃって…………。それで、今から取り返しに行く所なんだよね」
そう言ってカイトが指を向けた方向を見れば、今まで気が付かなかったが、そこにはドンッと高く佇む壁のような物が鎮座していた。
「あれは……一体?」
「あれ、巌穴鼠の巣なんだ。ほら、ちょっと上の方から穴が開いてるだろ?あれが全部そう」
「これ自体が全部巌穴鼠の巣なんですね……!凄いです」
「そ。で、巌穴鼠は盗った物を自分の巣穴に貯めこんでるから、取り返す為に目的の巣穴のとこまで登るって訳」
カイトは登る為の最終チェックをしつつフローラにさらっとした説明をする。
「よっし!オッケー!あっ……じゃあ、そう言う訳で俺はこれから登らなきゃだから……本当ならダンジョンの方まで道案内したいんだけど、ごめんッ。一応そこの獣道通りに進んで行けば花畑の方には戻れるから!また巌穴鼠に物盗られないように注意するんだよ!」
とんとんと別れの挨拶をされてしまったがちょっと待って欲しい。
「え?え、え、あのっ!もしかして一人で行動するつもりですか?!」
「へ?うん。俺一応ソロ冒険者でやってるし」
「あ、危ないですよ!流石に一人は!!」
彼がこれから一人で行おうとしている事は、冒険者初心者の私ですらそう思わずにはいられなかった。
だから──。
「あの!私、大した力になれないかもですが、カイトさんのお手伝いをさせて下さい!」
「え?」
フローラの発言に、どうやら今度はカイトが目を見開く番だったようだ。
「二度も助けて頂いた訳ですし、恩返しだと思って頂ければ!それでも全然足りないと思いますが……」
「いや、気持ちは嬉しいし、確かに一人で登ってると場所がズレそうだから指示してくれたら助かるな~とは思うけどさ」
正直、昨日の人が言っていた一階層での巌穴鼠による死者数トップが頭をチラついてここに長居させるのが怖いんだよな。
「確かに……ダンジョンも初めての初心者冒険者ではサポートに不安を感じますよね……」
「ッそう言う訳じゃ」
「ですので──“シルフィ“」
こちらがフローラの申し出に渋っていたからだろう。
実力が足りないのだと勘違いをしたフローラは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
それを全力で否定しようとすれば、フローラはある言葉を口にして──。
“シルフィ“
フローラがその言葉を紡げば、何処からともなく緑色の風が巻き上がった。
「うおっ?!」
突然の突風で咄嗟にギュッと目を瞑るカイトであったが、風が止んで目を開けたら只々仰天。
何故ならば、そこにはフワリと浮かぶ緑色の小人が──所謂“妖精“が居たから。
「カイトさんの思う通り、私は実力も魔法もまだまだです。ですが、このシルフィならカイトさんが万が一落ちて来たとしても、風魔法で受け止めてみせます!」
手の平の上に浮く妖精──“シルフィ“を自信気に推すフローラ。
だが、カイトはつい先程から固まっているのでそれに反応する事はない。
「……これでも、お役立ち出来そうにないでしょうか?」
「────ハッ!いやいやいやいや!全然ッ全ッ然ッッそんな事無いです!!!え?と言うかフローラ、妖精使いなの???」
「あ……一応、そうなるかと」
──エルフで妖精使いとか最強じゃん!
「──エルフで妖精使いとか最強じゃん!」
ハッ。しまった、また舞い上がって突っ走ってしまった。落ち着け、落ち着くのが無理でもせめて平静を保て、俺!
「あ、でもそれで納得がいった。だからフローラは泥棒鼠の後を追いかけて来れたのか」
「はい。一応、私も風魔法の適正は持っているのですが……今までが日常使いだったのでまだ加減が掴めてなくて。なのでシルフィにお願いして速く走れるようにしてもらいました」
「へ~~~っ!──そう言えば、永久の花園の花畑には妖精が隠れてるんだって噂があったなぁ……。もしかして、フローラがここを選んだのって妖精と契約する為?」
「──……それも出来たら嬉しいですが、どうですかね?妖精と契約する為の試練は妖精によって違いますし、困難の物も多いと聞きました。……でも、そうですね、お話し位は出来たらいいなと思ってます」
──あれ?
一瞬の間に、カイトは妙な突っかかりを覚えた。
てっきりそこは、目を輝かせながら元気いっぱいに「はいッ!」って言って来ると思ったんだけどなぁ……。
「……でも、フローラはシルフィと契約できてるんだし、きっと他の精霊も契約してくれるよ」
「──…………」
まただ。
また、さっきと同じ表情。
「──実は、シルフィの契約者は私じゃないんです」
「え?そんな事が可能……」
つい口に出てしまった。
パッと口を手で覆ったがフローラの耳にはしっかり届いていたようで、無理矢理に浮かべたその笑みは──何処か寂しげだった。
「……本当の契約者は、私の母なんです。母がシルフィにお願いをして、ずっと私に力を貸してくれてるんです。だから私、妖精使いって役職を、本当は軽々しく口にしちゃいけないんです」
──そんな事、
「……そんな事、ないんじゃないかな」
「え?」
はい。また口に出てしまいましたぁ──ッ!
いや、てか寧ろここは口に出すべき所だろ!
「ッあのさ、俺、本とかで読んだ事があるんだけど、妖精って凄ーく我儘で気も代わりやすいんだろ?」
「そうかも……知れないですね?」
「そんな妖精が──幾ら契約者のお願いだからって、例え家族だとしてもだよ?契約者でもない相手の言う事を何時までも聞く──なんて、そんな事が出来るとは俺は思わない。いや、俺がそんな性格だったら絶対やってられるかってどっか行くね」
「はあ……」
「つまり!何が言いたいかって言うと!──シルフィは、ちゃんとフローラを主として認めて一緒に居るんじゃないかな」
「えっ」
「………………って事!」
「え、えっ?──あっ!」
柄にもない事をして気恥ずかしくなったのか、カイトはそれを伝えると巌穴鼠の巣に向かって一目散に駆け出し、初心者とは思えない速度で塚を登り始めた。
余りの行動の速さにフローラは反応が遅れた。
だが、同時に彼女の側に居続けるシルフィが視界に入り──先程の言葉が、より彼女の動きを制限させる。
フローラは、今までに一度もシルフィに確認をとった事がなかった。
それは、彼女がずっとシルフィは母の願いを聞いて側に居続けているのだと信じ切っていたからで。
そして、それは同時に怖かったからでもあった。
否定されたら──やっぱり、自分には妖精使いとしての才能が無いのだと、お母さんの娘なのに、その才能が無いと分かってしまう事が何よりも怖かったのだ。
それを突き付けられる可能性が怖くて、だったらと──母の願いを聞いて居続けてくれているんだと思う方が楽で、ずっとその方に甘えて逃げ続けていた。
ああ、私って本当に駄目だ。
誰かに言われないと、ちゃんとした事に気付けないんだから。
甘えて、逃げてばっかりで、だから──ここに来るのにもこんなに時間が掛かってしまった。
「……ねぇシルフィ。私、こんなにダメダメだけれど、シルフィは、そんな私の傍にこれからも居てくれますか?」
そう問いかければ、シルフィは「今更何を言っているんだ」と、呆れた視線を私に向けていた。
「──本当、今更何言ってるんだろうね私」
たったこれだけの事なのに、随分と──そう、本当に随分と遠回りをしてしまった。
「ありがとう、シルフィ」
そう伝えれば、シルフィは嬉しそうに私の周りをくるりくるりと飛び回った。