永久の花園編・Ⅰ
迷宮。
そう呼ばれる建造物、或いは自然から織り成された迷宮に、何故、我々は挑むのだろうか?
枯れる事無く湧く資源を、財宝を、己のものとする為?
恐ろしい魔物を打ち倒し、轟く名声を我が物としたいから?
非日常でしか体験出来ない世界に行き、この身を刺激で焼き尽くしたいが為に?
きっと、そのどれもだ。
ん?なんだ嬢ちゃん達。この、ビラ……は?────え?ダンジョン……保険??
──暇だ。
頭の中でそんな言葉が浮かんでしまえば、小さな口がくぁと開きかける。
いけない、いけない。
開きかけていた口元に手を被せ、何とかそれを隠しつつ欠伸を堪えると、女性はコホンと咳払いをした。
「今日もいい天気だンねぇ。ね、ローサちゃん」
一方で、私と共に行動をしている先輩は──欠伸を堪えた私と違い、草原の上にゴロンと仰向けに寝転がり、身体を伸ばしてはそんな言葉を口に出した。
「……ヒマル先輩。幾ら冒険者の方々の姿が見えないからと言って、その様にだらけた姿でいるのは、如何なものかと思います」
「え〜〜……ローサちゃん、ちょっと真面目すぎでね?ほら、ローサちゃんも寝転がろうよ〜〜気ン持ちぃいよぉ」
「いえ。制服が汚れてしまいますので遠慮します」
ヒマル先輩が自分の隣で寝転がってみてはどうか?と、ポンポン地面を叩くが、私は本当に制服を汚したくなかったので間髪入れずにスパリと断りを入れてしまった。
余りにも速い断りの言葉に、自分でもしまったと思った。
案の定ヒマル先輩は『えぅ~~』と残念そうな声を出し、眉根をしおしおと下げていく。
怒られてしまった犬のようにしょんぼりとした表情を浮かべる私の先輩。
そこまで気を落とすとは思ってもいなかったので、弁解を含め謝まろうとすれば、私よりも速く、ヒマル先輩自身が製作した土人形が、先輩の頭をヨシヨシと撫でくり回した。
「ゴアゴアさ゛~~ん゛ッ」
「ごあ、ごあ」
ガバリと起き上がり土人形に抱き付く先輩に、変わらず頭を撫で続ける土人形。
これではどちらが主従なのだか……。
きっと、傍から見られれば変な奴等がいるなと思われるのだろう。
けれど──私はその光景が微笑ましいものだと思った。少々呆れた笑みを浮かべはしてしまったが。
そんな先輩と土人形の様子を眺めていれば、チカリとした白い光が、眼鏡のレンズに反射した。
「あっ、出て来たみたいだねぇ」
先輩の声と眼鏡に映った光に反応してそちらに首を動かせば、この野草と花々が咲き誇る、糸底みたいな草原の中央──そこから、ヴェールの様な、薄く、淡い、白い光が──ゆらゆらと、頼りないような、儚いような揺れを見せながら、高く、高く、晴れ渡る空に向かって一直線に伸びていた。
何て幻想的な景色なんだろうか。
この景色を初めて見た人は、きっとそう思うのだろう。
いや、初めてでなくても、何度でも何度でも、この景色を見る度にきっと──そう、思うのだろう。……思い続けていくのだろう。
それがきっと普通の事で。
それがきっと当たり前の事で。
だからこそ。
だからこそ、私は、私達は────
「………………フゥ」
ローサはその場で軽く深呼吸をすると、少し強めに握ってしまっていた拳の力を緩めた。それから視線を白い光の、更に中心部に向け──
そこには、確かに先程迄人一人も居なかったと言うのに、白い光が昇った今では、大勢の冒険者の姿がそこにあって。
鳥の囀る声や、風が吹き、草花が揺れる音が聞こえていた空間は、アッと言う間に人の声で賑わう場となった。
「あンれ?また随分と纏まって出て来たねぇ……レイドでもしてたンかなぁ?」
「──大方、ボス討伐の為でしょうね。ですが、あの様子ですと……どうやら、諦めて一度戻って来た、と言った所で……………先輩、これは今が勧誘のチャンスでは無いでしょうか?」
「そかなぁ?そうなのかも?あ、ンでもローサちゃん、あの人達って一度断られて──……あ、ほらローサちゃん。あっちの方からもチラホラこっちに来てる人達が──何だか初々しさを感じるし、先ずはあっちから………………って、ありゃ?ローサちゃん?」
少しだけ違う方に視線を向けていたらその間に後輩ちゃんの姿が消えていた。
先の平原に目を移せば、色とりどりの草花が咲き誇る中を、一筋の流星が駆けていて。
その手には、この町に到着してから二週間程過ぎた頃に作った勧誘のビラが握られていて。
少し遠くの方で、誰かが怒ったように叫ぶ声が耳に届いたその時、真面目でぶきっちょで何処か抜けてる──だけど、優しくて可愛いわたしの完璧な後輩ちゃんは、既に話をした事があるであろう冒険者さん達に向かってこう話しかけるのだ。
「あの、少々お時間すいません。宜しければ、“ダンジョン保険“と言うものにご興味は──」
*****
「…………どうして、誰も加入してくれないのでしょうか?」
ワイワイと賑わいを見せる、夜の酒場。
だが、その一角。二人の女性と二体の土人形が居るテーブル席は、それらの喧騒と交わる事無く、寧ろその場では少し浮いてしまうくらい静かな空気を纏っていた。
そして、酒場だと言うのに酒では無く、ジュースが入ったグラスを、これまた静かに置いた後輩ちゃんは、それはもう心底真面目に疑問が交じった声でそう溢した。
「こればかりは、どうしょうも。……ねぇ?」
結局、ダンジョンから出て来た冒険者さん達も、これからダンジョンに入ろうとしていた冒険者さん達も“保険“に加入する事は無かった。
つまり、今日も今日とて新規契約者は0人。
こうしてまた一日、新規契約者様獲得不達成日のカウントが増えてしまった訳だ。
「ごあ~~ごああ」
「わ~~ありがとなぁゴアゴアさん」
このままでは一ヶ月所か二ヶ月経っても契約を取れないのでは?そんな不安がひしひしとローサに忍び寄るが──先輩であるヒマルはそんな事は余り気にしていないのか、土人形がお酒とジュースを勝手に混ぜ合わせて作ったカクテルを、幸せそうに飲んでいた。
「……平和、だから何でしょうか?」
「?」
視線の先。酒場特有の──キャンドル色の灯りをスポットライトの様にして、一人の男が酒の入ったグラスを掲げながら声高らかに自身の武勇伝を語っている。
そんな男とテーブルを共にしているのは、彼の友か仲間なのだろう。
友を見ながらやれやれと肩をすくめており、恐らくこう言った場面はよく起きる事なのだろう。
だが、そんな明らかに酔っている男の武勇伝は、冒険者でも無い町民にとっては、ダンジョンに向かう事の無い者にとっては刺激的で、憧憬的で。
彼の話に耳を傾けている者は皆、せがむように続きを求め、そしてその展開に胸を熱くし、時には息を呑み込み……最終的な結末を聞き届けた後には、ドッとした笑いと野次が酒場内に響き渡った。
一気に騒がしさが増した酒場。
静かながらに楽しんでいた者にとっては、少し煩さ過ぎてしまうかも知れない。
現に、もう一体の土人形は、今の盛り上がりで意思疎通表示画面が不服を訴えるものに変わってしまった。
「ありゃ、ゴアさんにはちょっと喧しすぎたンかな?」
土人形の機嫌を直す為に、己の武勇伝を語っていた男から視線を外したヒマル。
けれど、以外にもローサはその光景を眺め続けており──彼女の瞳には懐旧の情が宿っていた。
でもそれも──彼女がゆっくりと瞬きをした後には、欠片すら消えてしまっていた。
「──ですが、物語に終わりが訪れる様に、平和にだって必ず終わりがの時が来ます。それを、ほんの少し、一秒だけでも長く続ける為にも、こんな事で手を焼いている訳には……ッ。本当、中央大陸、契約が渋過ぎですッッ」
「ン゛~~中央大陸の人は西大陸の事件余り知らないだろうから尚更ねぇ……。それと──……“普通“の冒険者さん達からしたら、私達って怖いンでねぇかなぁ?」
「???怖…………?」
一体何が?
理解に苦しむ言葉にローサは首を傾げた。だが、直ぐにその答えを導き出したのかハッとした表情を浮かべ、ソッと自身が掛けている眼鏡に指を添えた。
やっぱり私の目つきが鋭い……か、ら?眼鏡のフレームを変えてみるべきかしら?
何て事を真剣に考えていそうだったので、ヒマルは急いで自分の中にある言葉を寄せ集めてはローサに伝われ~っと念じつつ言葉を紡いだ。
「あ゛~~う~~ン……怖いって言うか、怪しい……信用出来ない──とか?……私だって、初めてこの機関に声かけてもらった時、怪しいって疑っちゃたし……」
「──驚きました。ヒマル先輩でも怪しいと言った感情を抱くのですね」
ローサちゃん、それは私をどんな人だと思ってそんな言葉を??
……まぁ、それは追々聞くとして今は──。
「だから──今はとにかくッ辛抱強く、私達の機関の事を周知してもらって、怪しく思われてるイメージを払拭出来れば」
「ですが──やはりそれを思うと、一番効果があるのが集客とそれによる拡散力なんですよね……」
うん。でもそれが出来て無いとなると……。
「……ビラの内容、もうちっと見直した方が良いンかなぁ?絵をもっと入れて親しみやすさを──はい、ゴアゴアさん」
「ごあ~」
「それだと幼稚感が増しませんか?冒険者の方は成人の方が多いいのですし、もっと内容を絞って重点的に訴える形の方が──」
「ごああ~~?」
取り敢えずは──と、既存のビラを取り出し内容を改める運びとなった。
ペンを持ったゴアゴアはヒマルの要望を聞き入れビラにファンシーな絵を描き足していく。だが描き過ぎてしまったのか、それでは幼稚すぎるのでは?と、ローサが新たに一枚ビラを手に取り、いっその事シンプルにと、回りくどい言葉を添削していく。
「ローサちゃん、これだとなんか入隊募集用紙みたいでね?」
「?はい、ですので分かりやすいかと」
「ごあ~ごあごあ~♪」
「な?!ゴアゴアさん!?何故私の方にも絵を描き足すのですか?!これでは直した意──「だぁ──はっはっはっはは!!!!お前、なーに落ち込んでるかと思ったら……泥棒鼠に短剣盗られたって!!」
折角添削したと言うのに何が気に入らなかったのか?ゴアゴアさんが私の方のビラにも可愛らしいお花を付け足し始めて……いや、多分これは絵を描くのが楽しくなって手当たり次第に描き始めてるあれだ!
ゴアゴアさんの行動を止めようと手を伸ばせば──ドッと、また別の席から、恐らく今日一の野太い笑い声が上がった。
「ダぁッ──────!!!!笑うこたぁないだろ!笑うこたぁ!こっちは真剣に落ち込んでるから話したって言うのに!!」
「はっはっは、いやぁ悪い悪い。でもよカイト、お前ここに来て四年は経つって言うのに、今頃泥棒鼠ってっ。……そりゃあ笑わずにはいられねぇだろっ!」
「泥棒鼠……」
「巌穴鼠の事かなぁ」
「ええ、そう、ですね……」
「あの子、武器盗られちゃったンかぁ。気の毒だなぁ……」
巌穴鼠。
それは、この町の先にあるC級ダンジョン・永久の花園の第一階層を生息地とする、このダンジョンだけに見られる生物だ。
因みに──この世界中に存在する、“ダンジョン“と呼ばれる迷宮にはランクが付けられており、今現在A~E級迄と、様々なダンジョンが登録されている。
そして、そのランクの付け方だが──ダンジョン内に住む、生物や魔物の強さ……では無く、ダンジョンの広さによって格付けされている。
そして、冒険者ギルドで発行されているダンジョンランクの説明が──
・E級 ダンジョンに成りきる前の物を、階層が上下どちらかに一層形成された状態の物を総じてE級と称じる。尚──ダンジョンに入る為の入口がある場所を第一階層と位置付けます。
(注:階層が造られていないが生物、魔物の異常発生、新種発見の多発が見られる場合は即時冒険者ギルドへの報告を!階層型では無く領域型のダンジョンの可能性があります!)
・D級 第一階層から一桁台の階層が確認された物を総じて位置付けます。
・C級 階層が十五階以内の物を総じて位置付けます。又、C級からは青銅級のみのダンジョン探索をする場合、五階層以上は黒鉄級の同伴を推奨します。
・B級 階層が三十階以内の物を総じて位置付けます。又、B級からは黒鉄級のみのダンジョン探索は違法です。黒鉄級の方が探索を希望する場合は、白銀級か黄金級の方を編成する事とする。
(冒険者ギルドでは、黒鉄級の人数より上位ランクの方が多くなるように組む事を推奨しています。)
・A級 階層が三十階より多い物を総じて位置付けます。尚、階層が七十階以上あった場合は黄金級の冒険者でも死亡率が跳ね上がる報告が上がっています。先に進むかの判断は自由ですが──冒険者ギルドは、貴方方の慎重な決断を期待しています。
──と、言った内容となっている。
C級ダンジョン・永久の花園は第一階層が多種多様な草花の咲き誇る丘で危害を加えるような生物も滅多にいないからか、第一階層を0階層などと言う冒険者が多い。
が、やはりそこは間違っても一階層である事には変わらないので、油断をしていたら彼の様な目に会う者が多かったりもする。
「大体お前、0階層で何してたんだぁ?昼寝でもしてたって言うなら百パーセントお前が悪いぞ」
「してねーよ!して……いやちょっとボケ~ってしてたかもだけどッしてねーよ!それと、俺は普通にギルドにあった依頼とかこなしてただけだから!」
「0階層で出来る依頼ってなると……薬草とか染料集めか?」
「そうだよ。てか、皆して0層0層言うけど、あそこもちゃんとした一階層だからな?!そんな考えだから薬草採取とかの依頼が溜まっちゃうんだよ。店の人、『素材が入らない……』って困ってたぞ?!」
『こんなに冒険者が居るのに何やってんだよ!』とギャンギャン牙を見せれば、同席してる先輩方達は感心的な視線を俺に向けた。
「カイトぉ……お前、えっらいなぁ」
「お前位の歳だとダンジョンに潜る事しか頭になさそうなのにな。ま、俺等もだが」
「こう何年も冒険者やってるとな、そう言う薬草採取とか……ねえ?」
「そうそう、何か俺等のやる事じゃねぇって言うか。それに、……アレ、地味に腰に来るし」
「うんうん」
「だな」
それ、分かるわ~!とばかりに力強く頷く男達。そんな彼等の言い分に、カイトは只々呆れた。
「ンだよそれ」
「あ~~……そんなに不貞腐れるなってカイト。お前のジト目、地味に胸に刺さんだよ。俺等も、次からは依頼板気にして見て見るからよッ」
調子の良い事を……。
酒も入ってるし、どうせ明日には忘れている事だろう。
「はいはい、期待しないでおくよ」
「カイト~~~?!」
『何か反応冷たくねぇかッ?!』と男が叫べば、それを見て、聞いてた周囲の仲間達は、またドッと一頻りに笑い声を上げた。
「あ、てかカイト、お前短剣は盗られたけど長剣は残ってんだろ?だったら一緒に最下層レイドの募集に参加しねぇか?お前、最下層行ってみたいんだろ?」
「あ?そのレイド募集なら、一ヶ月以上前の話だろ?何?またどっかのパーティーが仕切って挑もうとしてんの?てか、今挑んでた所は?まさか俺の知らない内に失敗してた?」
カイトはザッと一ヶ月程前の事を思い出した。
確か、あの時は……冒険者実績年数が五年以下は募集していなくて、結局俺には関係無かった話だったんだよな。
「その挑んでた所が今日出て来たんだよ!何でも、予定より手古摺った、とかで。んで、また潜るから更に追加で人員が欲しいんだと。それでだ、今回は黒鉄級であるなら実績年数は問わないと来た!」
「『黒鉄級であるなら実績年数は問わない』か……随分思い切った募集だよな。そんなに人員が足りて無いのか数で攻めようってのか……おい、俺達だけならまだしも、そんなのにカイト呼んで平気か?」
「確かにきな臭いけどよ、一番後ろから着いてけば大丈夫だろ?それによ、最下層で取れる素材ならいい金にもなるし、新しい短剣だって余裕で買える。カイトだって最下層に行きたがってたんだ、別に悪い話でもねぇだろ?な、お前もそう思うよなカイト?」
確かに。
最下層がどんな所なのか?
どんな魔物が生息してるのか?と言った知識と経験は、冒険者にとって絶対的に欠かせないものだろう。
けれど。
だからこそ。
上に、先に進んで行きたいと言うのなら──尚の事、ソレを失ったままでいい訳がない。
「あ゛~~~……悪い、ミゲル。俺、それパス」
「そうだろう、お前ならそう言ってくれるって……。は?カイトお前……今、パスって??」
「うん、パス。俺、鼠の所に行って、自分の剣取り返してくるわ」
泥棒鼠に盗られた俺の短剣。
それは、俺がこの町で冒険者登録をして、一階層の採取でコツコツと貯めた金で買った──俺の初めての、とても、とても思い出深い武器。
勿論それは、大層な業物何かではなく。
ごくごく普通の、何処の鍛冶屋にでも置いてある様な、なーんの変哲もない、誰しもが一度は手にした事があるであろう……そんな、普通の短剣だ。
「おいおいおいッ?!」
「本当に?!え~~~っそんな……。…………えっ、本当なんだよね?」
「………………」
『短剣を取り返しに行く』
俺がそう言った後の反応は、まぁ……当然の反応だ。
「マジのマジ。だから俺、短剣を取り返せる迄はダンジョンに潜らないから」
「え~~そうかぁ……そうかぁ」
「短剣ってアレだろ?あの鍛冶屋なら大体何処にでも売ってる……いや、買い直した方が速くねぇか?」
うん。
普通そう思うよな。
俺だって他の奴がそんな事言い出したら絶対そう言ってる。
けど、それでも──他じゃ駄目なんだ。
あの短剣を買った日──不確定で不安定な、揺蕩っていた俺の決意がカチリと固まったあの日。
俺はその手に握った、まだ馴染を感じる事が出来ない短剣に、誓いを捧げたから。
ダンジョン制覇!
何て、子供じみた夢のまた夢のような目標を、その短剣に捧げたから。
「──まぁ、確かにそうだよな。……けど悪いっ!俺はアレじゃないと駄目だから」
うん。
泥棒鼠に盗られてうじうじと落ち込んでいたけれど、自分の口でハッキリと宣言したら、ヤル気がどんどん湧いて来たな。
「そう言えばお前、あの短剣やけに大切に扱ってたもんな。初めての相棒はずっと一緒だ的なやつか?まぁお前がそう決めたなら俺は止めないけどな」
「そうだよねぇ……、カイトがそこまで言ってるのに止めるのはねぇ……」
「おい、マヌエル、オリバー……。あ~~……てかあれだ、カイト!お前盗られたって言ってるけどちゃんと場所分かってんのか?!取り返すって意気込んでも、どの巣穴だか分からなくて結局諦める奴が多いいって聞くぞ?」
ミゲルの奴、そんなに俺をレイドのパーティーに組み込みたいのか?
マヌエルもオリバーも、自分でそう決めたなら無理に止めないぞなスタンスなのに。
「はぁ……悪いなミゲル」
「あ?何だよカイト。その勿体ぶった含みは──ハッ!まさかッ」
「そう!そのまさかで、俺はもう既に巣穴の位置は特定済みなんだよ!ただちょ~っと場所が高すぎてどうしようかなって頭抱えてるけど!!」
「マジか──っ!お前、あの鼠を見失わずに巣穴の位置特定できたのかよっ?!この体力バカ!てか足速すぎだろ!」
俺が位置を特定してるとは思っていなかったのだろう。ミゲルは賭けにでも負けたかのように悔しそうなリアクションを取った。
「場所が高すぎるって……どのくらいだ?」
「……塚のほぼほぼてっぺん」
さっきまで俺は止めないと言っていたマヌエルが、その言葉を聞いて表情を変えた。
「カイトお前……あの高さを這ってよじ登るつもりか?」
「いや、それしか無いでしょ。俺、飛行魔法どころか風魔法も使えないし。まぁ……落下防止で縄は付けるけど。だから、どっかで長い縄扱ってる道具屋知らねぇ?」
「仕掛け用の縄じゃ短いよねぇ……」
「ここら辺じゃそんな長い縄無いだろ、山登りするような奴がいねぇんだから。いや、それよりもカイト、一回考え直した方が──」
「…………バーニーの所なら、確か定期的にそう言った縄が入ってた筈だ」
「おい?!チコ!」
「──!マジで?!助かったチコ!」
「………………ん」
チコの奴、何も喋らないでずっとツマミを齧ってるだけだと思ってたけど──これは良い情報が入った!
バーニーさんの所か……ちょっと頑固で取っつきにくい所あるけど我儘言ってられないな、早速明日開店と同時に行って──
「──それ、止めた方が良いですよ」
「へ?」
マヌエルがチコに、『何でそう言う事教えんだ』と説教じみた事を言い出し──それを止めようとするオリバーの声が聞こえる中、俺は明日の事へと意識を向けていた。
そんな時だ──色白で白銀の髪を持った、綺麗な女性が俺達の席へと近づいて来て──俺に向かって、そんな言葉を吐いたのは。
*****
別に、ここは酒場だし、冒険者だって大勢出入りをしている。
だから、見ず知らずの者同士であっても『同業者なんだな』とか『冒険者なんだな』とかから声をかけたりかけられたり何てよくある事で。
よくある事だけれど……。
「ですから、一人で巌穴鼠の所に行き、物を取り返そうと言うのは止めた方が良いかと。死にますよ」
「なっ、は?……えっ?」
少なくても、冒険者でもなさそうな人が、何を思ってかどうこう口出しするのは──
良く無い事だろう。
え~~~っ。何この人。急に美人な人が声掛けて来たなぁ~とか思ったら、止めとけとか死ぬとか……冒険者……じゃないよな?どう見ても。そう言った装備付けて無いし、どっちかって言うとギルドの受付の人みたいな感じだけど……都市から来た人なのかな?何か、変わった服装……。
「あ~~……そう言った意見は今はありがたいが──」
突然の訪問者に、俺以外の、皆の視線もその女性に向かっていた。
「──悪いな嬢ちゃん。冒険者でもなさそうな奴が簡単に“死“何て言葉を使って行動を制限させようとしないでくれねぇか」
それから、彼女の言葉に反応したマヌエルが、威圧的な鋭い眼光で彼女を見上げた。
「……申し訳ありません。少々こちらでのお話しが耳に入って来たもので。──聞いていた所、随分と無茶な事をしようとしていて──尚且つ、貴方方の巌穴鼠への認識の低さに……居ても立っても居られなく、つい」
「なぁ、キレ―なお姉ちゃんよぉ、顔が良ければ何言っても許されるって思ってない?」
「思っていませんが、事実ですので」
キラリと、彼女の眼鏡に酒場の光が反射した。
「──その様な話をしていたのですから、当然存じ上げないのでしょうが、巌穴鼠は一階層で一番多くの死者を出している生物ですよ?」
「それは、聞いた事ないねぇ」
「ですから、認識が低いと──。ともかく、そう言ったデータがある以上、巌穴鼠には関わらない方が良いかと」
どうやら女性は、こちらの話を聞いて忠告しに来たみたいだ。
だが、淡々と語る彼女に対し皆は──冒険者でも無いのにその情報は何処から仕入れたんだ?そもそもそれは本当に正しい情報なのか?と言う疑心と不信の目を向け。
それから俺に対しても──彼女の言葉を信じるべきかと、止めるべきなのかと躊躇っている目が向けられた。
「………………」
「でも、『それでは剣を諦めるしかないのか?』とお考えでしょうか?」
「いや、俺は」
「そんな悩みのある貴方へ、是非紹介したい物がありまして」
いや、俺の話も聞いてよ!
心での指摘が女性に届く筈も無く……女性は、そんな何処か胡散臭い言葉と共に、これまた何処から取り出したのか、一枚のビラを机の上に優しく置いて──
「宜しければ、こちらの“ダンジョン保険“と言うものに加入なされてみては如何でしょうか?」
息抜きに書いているダンジョン系ファンタジー小説となります。
不定期すぎる更新になると思うので気が向いた時に物語を覗きに来て頂ければと思います。