第3話 幕開けー③
「ところでなんだが…ニンゲン。俺は恥ずかしながら〝後継者〟の持つ恩恵を
目にしたことが無いんだ。他の挑戦者たちと比べて何が違う?」
カリュードの声が、暗闇で覆われた螺旋の中で響く。
神階。
何万という数の神々が、それぞれ自分の位を上げるための駆け引きの世界。
計120層も積み重なったそれぞれの階層には、同じ実力を持つ神達が閉じ込められており、
30階層までに辿り着くまでは【神の偽名】と呼ばれる差別的な別称で呼ばれる。
また、世界に干渉する権利も、同じく30階層から与えられる。
「神秘、というものが後継者には付く。」
「神秘?」
「そう、神秘だ。〝悪意の異物〟〝天使の授けもの〟〝罪状領域〟の3つ
に匹敵する力が備わっている」
ニンゲンが、虚空を見つめながら続ける。
「〝神域の調停者〟と一般的には言われている。
その名の通り、神の怒りを鎮め、人の欲を浄化する〝聖人〟だよ」
空間に、ぱっと光が突如現れる。
その光は、やがて形を成し、青く輝く奇妙な立方体へと変化する。
青い6つの面に映し出されたのは、ギフトランドでエンディングと対峙する、御守の姿。
「_エンディング。コイツが最初の賭けのポイントか…見ろよ、俺達以外に賭けてる奴等は
0人だ」
デリッジが立方体とともに現れた、【レイドカウント】という賭け表を見て笑った。
赤色の御守のコーナーに入った数は3名。黒色のエンディングのコーナーには残りの約50000もの
チップが投入されている。
「_エンディング。〝悪意の異物〟を使うことで〝罪状領域〟を発動する厄介なヤツだが…
今回は相性が最悪だな。まさかエンディングも自分の弱点を持つガキがいるなんて
思ってないだろうな」
ニンゲンは可笑しそうにククッと笑いながら、手を叩いた。
「「弱点?」」
デリッジとカリュードの間抜けな声が重なる。
「ああ、弱点さ。最も致命的な弱点…それは、〝ベガ水晶〟だ」
__ギフトランド街中。
さて、どうしたものか。
まさか現実世界で怪しいと睨んでいたキャラクターが本当にクロで、しかも速攻で殺しに来る
奴だなんて思わなかった。
(どうやら私は_エンディングの〝罪状領域〟に放り込まれてしまったらしい。)
〝罪状領域〟とは、パリフィオの世界の住人が持つ特別な力、〝スタルト〟を全て使用して
発動する必殺技のようなもの。全員が使える訳ではなく、鍛錬を積まなければ常人なら
死ぬリスクのある危険な技だ。
実際、このエンディングというキャラクターは本来、主人公を助けるために覚醒し、
〝罪状領域〟を取得することによって、格段に心強い味方となるのだが…
「…今の貴方は、私の知っているムネアツ展開には辿り着いていないみたい_」
このザマだ。エンディングが怪しいと思っていたのは、ゲーム内のシナリオで、少し
不穏な発言をしているだけであって、味方となる事実は変わっていないはずだ。
だがどうだ?これが私のパリフィオのシナリオか?
そんな薄っぺらい展開しか用意できないのなら、パリフィオのキャラ達に本来の価値はない。
「…エンディング、貴方の目的は何?」
「目的?そんなものはない。良い忘れていたが、今からお前を殺す理由は、私の作戦の保険だ」
「それくらいは分かるよ。まだ10歳程度の私を殺す理由は、〝悪意の異物〟を知られたくないからでしょ」
エンディングは「ほう」と顎に手を当てて呟いた。
「〝罪状領域〟は使用者のスタルトを全て消費する。それは、私を確実に仕留めきれる自信が
あるからでしょ?」
「半分正解、半分不正解だ。確実に仕留めきる、という点では確かにそうだが…私は
罪状領域をしたわけだが…思い出してみろ、私は自分のスタルトは一切消費していない」
エンディングは艷やかな紫色に光る宝石、〝死金の列強〟を見つめながら言う。
「〝死金の列強〟は、受け継いできた所有者達の罪状領域をランダムで展開し、自分のものに
できる異物。代償は自分の記憶をこの中に収めるだけ。デメリットが無い珍しい一品だ。
私は主人から依頼を受けていてな、私にも何がしたいかは分からん」
「貴方は…私みたいな子供を殺すの?」
「〝悪意の異物〟を知っている奴は、私の周りでは敵しかいないからな」
「私の姉…エレノアは?」
「あれは私の…主人の良き理解者であり、理想を叶えるための唯一の神秘なのだ」
黒い波が打つ空間で、2人は睨み合う。
「…話し合いはこれで終わりだ。私とて心苦しいが、お前の首、頂戴しよう」
エンディングは手のひらの上でスタルトを器用に操り、自身の氷を出す能力で、長剣を作り出す。
(まずい…このままだと、私は確実に死ぬ)
エンディング。パリフィオでも少数の氷の能力を持つ彼女は、パリフィオ全土の探索において
敵を凍結させたり、モンスターを氷柱で迎撃するという攻防の優れているキャラクター。
どのモンスターでも、彼女の氷結がヒットすれば一瞬で凍っておしまい。
(何か…何か弱点は…)
「第六界氷雪剣術__」
長剣を構え、右足を前に出しながら、威力を溜め始めているエンディング。
(思い出せ、思い出せ…何か攻略サイトに乗ってただろ…何か)
そのとき、フッと盗賊達に追いかけられていたときの記憶がフラッシュバックした。
私を確実に回収するためなら、なぜ盗賊達を先に襲撃して、私に味方であるとアピールしなかったのか。
そして、なぜ彼女は、私が止まった瞬間ではなく、止まって数秒間経った頃に出てきたのか。
(たまたま、では説明はつかない…何か決定的な、何かが…)
「奥義_屍の氷山」
波が瞬く間に凍っていき、私へと近づいてくる。
御守の体を覆うほどの連なった氷の波が押し寄せてきた時だった。
御守の足元へと近づくに連れて、氷の波は急に停止し、パリンと音を立てて砕けた。
「何だと…?!うっ…!!」
困惑するエンディングは、突然頭を抑え始めた。濁った灰色の髪に、透き通るような青色が
少しずつ現れる。
「だ、れか…今、すぐ私を…!止めて…!!」
「まさか…このエンディングは…」
御守はこの一瞬で思い出したのだ。彼女が使用した〝死金の列強〟の弱点を。
頭を抑え、叫びながら暴れるエンディングのもとへと、御守は走り出していた。
それに反応したエンディングが、無差別に様々な方向へと波を氷結させていく。
御守は襲い来る氷を素早く躱し、一気にエンディングの足元へと滑り込んだ。
「来ないで…貴方も異物に…」
「大丈夫。私は〝死金の列強〟を破壊できる」
エンディングの手から、素早く怪しい光を放ち続ける宝石を奪い取り、
思い切り上に向かって放り投げた。
御守は深く深呼吸をして、目を閉じる。
『ねぇ、御守。この異物を破壊する方法、知ってる?』
『破壊できるもんなの?コレ』
『隠し要素みたいなもんでね、雑魚敵から100%の確率で採取できる素材を使うとできるんだ』
『ちなみにそれは何なの?』
『ふふ〜ん、教えてあげよう!それはね__』
前世の友人の会話から得た情報が正しければ、今の私ならば破壊できる。
(この異物の弱点は…ベガスライムの体液に紛れている〝ベガ水晶〟!!)
「おりゃぁ!!!」
地面へと落下していく宝石を、御守はベガスライムの体液が付着した靴で、思い切り蹴った。
御守の靴に〝死金の列強〟が当たった瞬間。
エンディングの〝罪状領域〟の空間に亀裂ができ、青い空が顔を出した。
晴れ渡った青空の下、その空を映し出したかのような美しい青髪がさらりと揺れた。
「はじめまして、エンディング。私は…イマリ。この世界ではイマリと呼ばれて生きていくわ」
「これは…夢?もしかして…貴方は前世の、私の主人?」
罪状領域が解けた瞬間、突然2人の脳内に、無数の情報が入り込んできた。
御守がこの世界で、エレノアの妹であるサブキャラクター、イマリに生まれ変わったこと。
エンディングはこの世界に来る前、御守の持つアカウントで生きていたということ。
エンディングは自分より背の低い少女の胸の中で泣いた。
少女は、楽しそうに笑いながら、その目を輝かせた。
「主人…貴方を、探していたのに__申し訳ない。私は貴方を_」
「良いの、良いんだよ、エンディング。貴方は私と一緒に、また冒険を始めるんだから。
それよりもさ_今は思い出話でもしようよ。」
エンディングは無言でこくこくと頷き、今度は少女を大切そうに胸の中で抱えながら、
ギフトランドの中心へと歩き始めた。
こうして、少女はかつての仲間と再開を果たし、冒険の幕間を開けたのだった。