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「少年は大金貨の代替え品として、ハンス君の露店からこの記念メダルを盗み出した。

 目的は、近しい間柄の女の子が噴水へお願い事をする際に、大金貨の代わりに投げ込むため。

 ところが、いざ揃って噴水まで訪れて投げ込む段になり、唐突に事情が変わる。

 せっかく手に入れたメダルだったが、全く持って役に立たないことが判明したんだ」


 私は黙って、彼女の言葉に耳を澄ます。


「思いもしなかった展開に、少年は大金貨の代わりにできそうな他の何かを入手する必要に迫られる。そんな折だった」


 リニアはそこで一呼吸置くと、私の胸元を指さした。


「道端に落ちている、一つのボタンが目に留まる。

 少年は思っただろうね。メダルでは大金貨の代わりにはならなかったが、今拾ったこのボタンならどうか?」


 胸元を見下ろす。そして考える。


 メダルほどの大きさはないが、しかし金色に輝く金属製のこのボタンでも、そう。

 確かに世間知らずの小さな女の子であれば、ひょっとしたら、と。


「さて。もし仮に、少年の身にこんな感じの出来事が起きていたのだとして、だ。

 ではボタンを手にして今一度、噴水目指して戻ろうかと振り返った少年が、何を見たのか?」


「何を見たか、ですか?」


「そ。少年は目を疑ったはずだ。何せすぐそこに、今朝方自分を延々と追い回してきた魔法使いがウロウロしていたのだからね」


 へ?


「女の子との会話で、こんな部分があったんだろう? 一緒に来たけど行けない、とか何とか」


 思い出す。


『それでね。にぃも来たんだけど行けないんだって。だから私が頑張るの』


 記憶を手繰り寄せつつ呟く。


「一緒に来たけど行けない……行けない、私がいたから噴水まで行けない?」


「だろうね。そりゃそうだ。追いかけ回されてから、さして時間も経っていない。

 ならどうしたって、のこのこと姿を現すわけにもいかないだろうさ」


「それは……そうかも」


「なら、どうすれば良いか? おおよその選択肢は三つ。一つは時間を改めて出直してくる。二つ目は、君がいなくなるまで隠れておき、その後に決行。そして最後の一つが」


「女の子に一人で行かせる、ですか」


「その通り。そして彼はおそらく、そんな最後の選択肢を選び、決行した。

 顔の割れていない女の子に金貨代わりの立派なボタンを持たせ、一人で噴水まで行くように話して聞かせる。

 なに、願い事をするのは女の子の方なのだから、別段それで問題はない」


 はずだった、とリニアはつなげる。


「ところがだ。ここで大きな問題が起こる。

 何と信じられないことに、噴水を目指す女の子の横を、憎き魔法使いが連れ立って歩き始めてしまったわけだ。

 程なく二人は噴水前までたどり着き、そして少女はポケットに手をいれる」


 あ。


「ポケットの中には、大金貨だと嘘吹いて渡した金色のボタン。そうそれは、その日の朝に広場から逃げ出す際、魔法使いの胸元に見た、あの金色のボタン。

 さあカフヴィナ。もしも君がその男の子だったとしたら、そんな場面に遭遇して黙って見過ごすことができるかい?」


 ああ、なるほどと、納得してしまう自分が確かにいた。


 もし仮にあの男の子が何もせず、事の成り行きを見守ってしまったなら。


 そうすれば、女の子はポケットから大金貨代わりのボタンを取り出し、噴水へ向けて投げ込もうとするだろう。


 そしてそんな光景は当然私の目にも留まる事になり、ボタンの存在に私が気付いたのだとすれば──


『君は突き飛ばされるべくして突き飛ばされたとも言えるわけだしね』


 お店で聞いたリニアの一言が、私の中で綺麗にはまり込んだ。ピタリと見事にはまり込んだ。

 そう、はまり込みはしたのだけれど。


「でも、何もそれで突き飛ばさなくても……」


 不服。


 這いつくばった地面はあの辺りだろうか、なんて事を考えながら広場の片隅に目を向けてしまう。


「まあ、焦っていただろうからね。咄嗟にそんな行動に出てしまうのも、あり得ない話ではないだろうさ」


「ですね。でもそれなら、最後にメダルを投げつけてきたのは?」


「ん? ああ、それはだね。私が思うに、ちょっと荒っぽい『返却』だったのかなと考えているよ」


「はい? 返却、ですか?」


「そう。どのみち使い物にならないメダルだ。持っていては、また追いかけ回される可能性もある。

 それに、盗んでしまった事に少なからず罪悪感を感じていたのだとすれば。まあ、返してしまおうと考えてもおかしくはない、かな?」


「罪悪感でって、随分勢いよく投げつけてきましたけど……」


「う〜ん、まぁそれはあれかな。何せ、事あるごとに邪魔をしてくる意地悪な魔法使いが、目の前で這いつくばっているのだからね。つい力も入ってしまおうというものかな?」


 いや、『かな?』ってアンタ。


「何にしてもだよ。ここまでの話は、あくまで仮説。

 大雑把ではあるが、君やハンス君から聞いた情報を私なりに組み上げてみただけの物で、当然これには物証どころか状況証拠すらありはしないんだ」


 リニアはそこで改めて噴水に向き直る。そして言う。


「だからこそ、検証したかった。仮に私の想定通りの結果が出たとして、それでこの仮説にどれだけの信憑性を付加できるのかは難しいところだとは思うのだけれど」


 それでも、と続けたリニアの腕が噴水へ向けてすっと持ち上がっていく。


「噴水へと投げ入れるために少年が手に入れた、この記念メダル。どうして土壇場で使い物にならなくなってしまったのか」


 静かに上がっていくリニアの片腕。

 その指先で、月の明かりを受けた金色のメダルが鈍く光る。


「私の推測通りなら、恐らくは」


 リニアが腕を軽く振る。


 それに合わせて彼女の手から放たれたメダルが、月の光に照らされながら冬空の下で弧を描く。


 ああ、そうか。それできっと私のボタンは今、この噴水の中に。


 どこか浮世離れして映る景色を前に、彼女の言う検証とやらのたどり着く先を眺める。そして──



 かこん



 小さな衝撃音とともに、放られたメダルは空中でバウンドして、噴水に届くことなく路面へと落下する。


(って、弾かれてますけど!?)


 路面を弾みながら転がっていく、カランカランとやかましい金のメダルを視線で追いかけつつ。

 ちょっとだけ思っていた展開と違いすぎて、少しだけ盛大に狼狽える私。


 と言うか。普通に噴水の中に投げ込むような雰囲気の場面では?


「ええと」


 そろそろとリニアの様子に目を向ければ。


「うん。検証終了だ」


 満足げな顔をしておいでですが、これで良いのでしょうか?


「どうやら私の仮説は間違っていなさそうだね、これは」


 どうやらこれで良いらしい。


「って、本当にこれで良いんですか?」


「ああ、思った通りだよ。メダルは噴水の結界を通れない。大きすぎるんだねぇ」


 言われて思い至った。


「ひょっとして、私の結界ですかっ!?」


「そ。君、前に自慢してただろ? 変なものとか投げ込まれないように、大きさ制限掛けたって。

 多分ボタンはいけるけどメダルはダメなんだろうねぇ」


 そりゃあ役に立たないよ、というリニアの言葉を聞きながら、私は寒空の中でなぜだか頭を抱えるのだった。



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