幸福論「シマチャンの話」
この物語はフィクションです。でも知り合いに「シマチャン」のような人はいます。
幸福論「シマチャンの話」
やっと少し暖かくなった五月初め、あいにく天気は小雨、小腹が空いた私は、カップ麺でも買って食べようかと、外に出ました。
ちょっと先にコンビニがあり、きょうはラーメンがいいか、カレー味がいいか、ぼんやり考えながら傘を広げました。少し歩くと、雨はたいしたことなく、「傘、いらない」とたたむことにしました。
「キュッ」ちょうど自分の前にオレンジ色の外車が止まりました。
「ボンッ」ドアが明いて、ちょっと小太りの男が降りてきました。
オレンジ色の車はちょっと派手なので、なんとなく気になり、その男の人に目が行きました。
「アッ」、「オッ」同時に声が出ました。
降りてきた男は「島田洋平、こと、シマチャン」だったのです。
「ひさしぶりじゃん……」、「だよなー」これもほぼ同時に声が出ました。
シマチャンに会うのは15年ぶりぐらいです。彼とは自動車関係の仕事で知り合い、一時イベントの関係でよく一緒に仕事をしました。
「今日はちょっと車を見て貰おうと思ってね……」と言いながら二、三歩歩くと、「ん……」、シマチャンの歩みがおかしい。
「おっ、なによ、どうしたの?」思わず私が尋ねると、
「目がさ、片目ダメなのよ」と返事が来ました。
「なに、目がダメって?」
「そう、片目見えないの」
ショックでした。
――そうか、もしかして――、思い当たる節がある。
「あれの影響?」私は恐る恐る尋ねました。
「そう、あと半年ぐらいで、両目がダメ、もう車乗れないじゃん、だから持ってる車、全部処分しちゃおうと決めてさ、この店知り合いだから見せにきたんだ」
なんてことだ、彼を知る私としては自然体で会話したいのだが、出来ない。顔に力が入ってしまって笑顔が作れない。
「ごめん、約束の時刻、ちょっと過ぎちゃいそうなんで、行かないと」と彼は片手を上げて挨拶すると車屋へ入って行きました。
「シマチャン」と初めて会ったのは20年前です、仕事上の取引先の社長と一緒に現れました。
打合せで向かい合ったテーブルに着いた。目の前に「シマチャン」が座りました。
彼はイベント関係のとりまとめが本業だと聞きました。そこで私はそれまでに合ったことのない、「どうしていいか分からない」状況に陥ったのです。
「シマチャン」の顔を正面から見れない。
彼の顔はまだら模様で、そこらじゅうに「かさぶた」がある凄い顔だったのです。
目を反らすとまずい、かと言って見ると、こちらの顔がゆがんでしまう。
それほど凄い顔なのに、話し方は全くそれを感じさせない。――全く。
「ははは、そうでしょう、やっぱお客さんの対応次第ですね……」なんて、笑顔で話すんです。10分ほどすると、こちらも少し慣れ、正視できるようになりました。
ところが、ちょっと彼の話が止まることがあります。その時、彼はティッシュを出して、かさぶたから出るウミを拭っているんです。
「ウエッ」私はまた目を反らしてしまいました。約30分ぐらいの打合せだったのですが、3時間ぐらいかかったように感じました。
彼の症状は「重症アトピー性皮膚炎」だそうです。おそらく子供の頃からずっと。
彼と頻繁に仕事をしたのは5年間ぐらい、さすがに慣れました。でも慣れたというだけでなく、ずっと自然体である彼に、尊敬の念さえ生まれました。同時に、彼を育てた親御さんをもっと尊敬します。
彼はちょと「間抜けなキャラ」なんです。なので誰からも好感を持たれます。
あるお店のイベントに絡み、彼はしょっちゅう出入りしていました。その店にはアルバイトの若い女の子が入れ替わり来ます。店の性格上、けっこう美人の子が多かったのです。中でもA子さんは人気者、彼女を狙ってくる若い男性は多くいました。
ここまで書くと分かりますね、「シマチャン」はA子さんをゲットしたのです。
その話を聞いて、「シマチャン、凄い」って本当に思いました。
その後、確か子供も二人生まれて、「幸せな家庭を築いたなあ」と安心していたのです。
あのシマチャンが全盲になっちゃうなんて……
それが運命なんだ。でも彼は落胆していないはず、彼の態度は以前と変わらなかったから。
思い出すと彼と初めて会ってから半年後だったか、彼の会社に行く機会がありました。千葉県の工場地帯だったと覚えています。その時の用事は私の新製品に彼の会社のレーザーマシンが使えないか? それを確認することでした。当時、その機械はまだ一般的では無く、凄い性能なのは知れ渡っていますが、実際に稼働している会社は希でした。
機械の担当は彼の兄で、工業大学出の優秀な技術者でした。
当日「シマチャン」が待ってくれていて、社長さん(島田剛士)と、お兄さん(島田洋一)を紹介してくれました。
「やあ、いらっしゃいませ」そう言って社長さんが握手を求めて手を差し出しました。
「握手か、ここ、外人のお客が多いんだな」私は瞬間、そう思いました。
「お会いするのは初めてですけど、洋平からお話はよく聞きます。もう、数年のお付き合いなんですね」と、社長さんはご機嫌です。
「シマチャン」の好意で、私が持参した図面の部品を実際に加工してくれることになりました。
「ジー」という加工音と「シュー」という加工ガスの音を出し、見る間に製品が出来上がりました。
「凄い、こんなに細い部分も忠実に切れている……」私はあっけに取られて言葉が出ませんでした。
「問題はコストだけですよね……」、「シマチャン」が製品に見とれている私に声を掛けました。
その通りだ、機械が高価なだけに加工賃が高い。私は腕を組んでソファに深く座り直しました。
突然「おっ」と「シマチャン」が立ち上がり、「すいません、時間なんでちょっと行かないと」何か用事があるようで、ひとこと言うと、そそくさと出かけてしまいました。
「すいませんね、まだ機械についてご質問があれば私どもは大丈夫ですので、何でもどうぞ」社長さんと、お兄さんはまだ大丈夫なようです。
「ヤツは今日、病院に行く用事が出来ちゃった、先生の都合で予定が変わっちゃったんで」
「ああ、何かの治療に?」
「そう、これですよ」お兄さんが自分の顔を指さして少し笑った。
「アトピーの治療だな……」私はすぐ理解しました。しかしちょっと違和感がある。
「シマチャン」の症状は、私が慣れたとは言え、それを話すのに笑顔はないだろう……。
この一家では彼の症状は「笑って話せる」事なのか? 少なくともその話が「タブー」ではないのは確かなようだ。
本来の機械の話は私の返事次第なので、これ以上聞くことはない。そうだ、この際「シマチャン」の、ある意味「異常」な明るさについて聞いてみよう、そんな気がムラムラと沸いてきた。おそらく、「その件をダイレクトに聞いても驚くような家族ではない」そう思えた。
「あのう、機械の事はちょっとすぐにはご返事出来ないので、ちょっと別の話をお聞きしたいのですが……」
「あっ、いいですよ、私どもがお答えできることなら何でも」と言って社長さんとお兄さんはちょっとリラックスした感じになった。
「シマチャン、あ、すみません、じゃなくて洋平さんについてなんですが……」
「ああ、はい……」
「ここだけの話なんで遠慮無しにお聞きしたいんです……」
「どうぞ……」
「すみません、私が洋平さんに初めてお会いした時、ビックリしました。もちろん彼のお顔の状態にです」
「はい」
「正直、私は正視できませんでした」
「……」
社長とお兄さんは顔を見合わせ「ウンウン」の仕草で笑顔になって行きました。
ちょっと間を置いて社長さんが口を開きました。
「率直に言っていただいて、ありがとうございます。我が家ではおそらくあなたが理解されているように、洋平の症状についてはずっと自然体で向き合おうと決めているんです」
「……」
「そうですか、私は彼との仕事上のお付き合いが始まって以来、彼の途方の無い明るさ、とでも言うんでしょうか、それに驚いてるんです。私だけじゃない、彼と知り合ったほとんど全ての人が彼に好感を持ちます。なぜそう出来るのか、もし可能ならお聞きしたい、ずっとそう思っていたんです」
「フウッ、……」私はやっとそこまで言い終わると小さくため息をついた。
社長さんとお兄さんは顔を見合わせ、お兄さんが社長に「どうぞ」と手で合図をした。
「うん、いままでその件を正面切って誰かにお話したことはありません。もちろん聞かれた事もありません、あなたが初めてです。こういうことは他人に話すものじゃないと思っていました。でも、勇気をもって聞いてくれたあなたの話で、洋平をきちんと理解してくれていると私は感じました、なあ、洋一(兄)……」
そう言ってお兄さんと目を合わせると、社長さんの雰囲気が変わってきた、キッと背筋を伸ばし、表情も厳しくなった。
「もちろん何もなく現在に至った訳ではありません。我が家は崩壊寸前まで行きました」
「今日、家内はおりませんが、あいつは半狂乱になって自殺未遂までしたんです。ギリギリで命を取り留めましたが、ほんとうに危なかった」
「――自殺未遂――、お母さんは、きっと居たたまれなかったんだろう、やはりそんな事があったんだ」そう思っていると、社長さんがお兄さんに一言。
「持ってきなさい」と言いました。
お兄さんは奥の部屋から封筒の束を持ってきました。
「何枚もありますけど、最初の方は洋平の症状について、いろいろな医者に相談した話です。
最期の二枚が、その時の遺書です」そう言って二枚が机に置かれた。
「あのう、本当に見させてもらって良いんですか?」
私は恐縮しながら念を押した。
「はは、家内は今、心が元気だ、それを見せたぐらいの事では動じない、大丈夫です」と、社長さんは少し落ち着いて「気にしないでください」の雰囲気だ。
逆に私は緊張感がマックスになった。恐る恐る目を通す。
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洋平、ごめんね。
おかあさんは旅立ちます。「どこへ?」って私には分かりません。あなたを生んだとき、本当は女の子がほしかったんです。お兄さんの次は女の子、そう決めていたんです。でも男の子でした。
あなたを育ててみて、「やっぱり男の子だな」って感じました。育つに連れて、どんどん行動がお兄さんに似てくるんだもの。オモチャも自動車ばっかり。
でもね、お兄さんと違うのは優しさね、お兄さんがすぐ怒るのに、あなたは決して怒らない。私はあなたが大好きだった。
二年生になったころ、お顔におできができたよね。すぐに直ると思ってた。
いろいろおクスリ買って、なんどもぬったよね。お医者さんにもいっしょにずいぶん行ったよね。でも、どんどん悪くなった。お医者さんにも直せない。「なんでだろう」ってずいぶん考えた。でもいくら考えてもだめ、なおらないみたい。
もすぐ三年生になるよね、先生も変わるし、クラス変えとかあるから、新しいお友達と仲良くできるかな。いまの○○先生は良くしてくれたけど、新クラスでどうなるかわからない。それがずっと続くのよ、ずっとよ。
あなたみたいな良い子になんでそんな事が起きるのよ。
何が悪いんだろう。ずーっと考えてた。運命って知ってる?神様が決めるんだって。おかしいよ、あなたを苦しめるなんて。
私が悪いのかも。私があなたを産んだのだから、私には責任があるの。
私はあなたがもうこれ以上苦しむのを見ていられません、もうダメ。
天国でも地獄でも行って神様に頼んであなたを助けてもらいます。
洋平、ごめんね。 洋子より
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「……」、「……」
遺書という物を初めて見た。リアルだ、お母さんは絶望感に打ちひしがれてる。
私は洋平「シマチャン」が母の自殺行為に、どう向き合ったのか、それを聞かずにはいられなくなった。
「あのう、洋平さんなんですが、どうだったんですか? すみません、それを聞かないと……」と、私は最大限の勇気を出して社長さんに問いかけた。
「話します……」と、ひとこと言うと社長さんが急に涙ぐんだ。
「家内は、手を自分で切ったんです、そして発見した時には出血多量で意識もなく、病院でも『手遅れ』の見解でした。学校から飛んできた洋平はベッドの家内を見て、大変そうだけど『寝ているだけ』と思ったんでしょう、『そのうち目が覚める』と、黙って座ってました」
「数時間経つと、医者や看護師の雰囲気から、どうもおかしい、と思ったようです、『おかあさん、いつ起きるの?』と私に聞いてきました」
「『まだ息がある、生きているうちに洋平にお別れをさせてあげよう』と思って私は『おかあさんは、もしかしたら死んじゃうかもしれない、だからずっと手をつないでいなさい』と、洋平の手を家内と合わせてやったんです」
「『死んじゃうの? 何で?』と、洋平は理解できない様子でしたね」
しばらくすると、「『何で、先生がそう言ったの?』、洋平の言葉がきつくなってきた。私は、いずれ見せなきゃ、と思っていた遺書を取り出して、『洋平、読めるだろ、読んでごらん』、と遺書を開いたんです」
「洋平は黙って読みました。三回ぐらい読み直したようです。突然、『ボク平気だよ、顔なんか平気だよ、だからお母さん起きて、ねえ、起きてよ』と家内の肩を揺さぶるんです」
「家内は丸一日、反応しませんでした。かろうじて呼吸は続いていましたが、明日が迎えられるかどうかの瀬戸際でした」
「洋平は夜になっても寝ませんでした。しかし消灯時刻が迫った頃、ウーッ……とうなるような小さな泣き声が聞こえるようになってきたんです、顔を見ると涙が一杯だった」
「洋平、おなか空かないか? と尋ねました。『なんにもいらない』が答えでした」
「『ねえ、もしお母さん死んだら何処へ行くの? 天国?』と聞いてきたので、困りました。『ボクも死ねばそこに行けるの?』と言うんです。『そうかも知れない、だけどまだ死んでないよ。それは考えなくていい』と慌てて取り繕ったけど、子供でもそんな心境になるんだ、自殺が自殺を呼ぶなんて恐ろしい事だ、と思いました」
「翌朝、看護師が動く気配で目が覚めました。洋平を見るとまだ寝てました。心電メーターを見ると変わらず脈は出てます、一日超えたな、と少し安堵しましたよ」
「少しして洋平が目を覚ました。すぐ家内の手を握り、『あったかいよ』と涙で腫れた目で少し笑顔になったんです」
「先生が朝の診察にきました。看護師からの報告と機械のデータを見ると、『おとうさん、奥さん回復してます。これ、大丈夫そうですよ』と言うんです」
「『良くなってる? ほんとですか、先生、ほんとに?』と、重い物が一気に吹き飛んだような、フワッとした感じになって洋平を抱き寄せたんです」
「『あとはいつ目が覚めるかだ』と洋平とグータッチをして一階の売店に向かいました」
「洋平が売店で買ったのは、牛乳とアンパン二個でした。私も同じ物を食べました。その美味かったこと」
社長さんは、完全に笑顔になっていました。その先はもう、聞かなくても分かりました。奥さんは回復したんですね。私もつられて「にっこり」
「安堵しましたよ、家内だけじゃない、我が家の全てが崩壊してしまうところでしたからね……そうだ、あなたアンパン食べますか? あれ以来我が家にはアンパンが欠かさず置いてあるんです」それを聞いて私は自然に「GOOサイン」。
「冷たい牛乳で良いかな?」と社長さんはお兄さんに合図してパックの牛乳を持ってきてくれました。
緊張が解けた私は、アンパンを食べながらリラックス。
部屋の中を見回すと、自動車の模型があちこちに置いてあります。
「皆さん車好きだなぁ」と感心すると、車――「シマチャン」を思い出しました。
自殺話は衝撃だったが、本題に戻らなきゃ、「シマチャン」の無類の明るさは何がもたらした物か。私は改めて質問しました。
「すみません、もう少し突っ込ませてください。おかあさんの事件から洋平さんは何かを学んだのでしょうか、確かに危機は脱したと思いますが、それだけですか?」
アンパンを食べ終わった社長さんは牛乳を飲み干すと話始めました。
「そうですね、その後が重要なんです」と、いうと社長さんは机の中から二枚の写真を出しました。
「このお二人が恩人なんです」そう言って、二人の写真を机に並べました。
「一人目は穂高さんといって私の高校の同級生、凄い秀才で東大の教授になりました。物理学の権威です。もう一人は、後で話しましょう」
写真を見ると、教授の方は目が鋭く見るからに秀才顔をしている。もう一人はすごく温和で自然体、何というか目が優しい。
「家内の事件を知って穂高さんが三日目にお見舞いに駆けつけてくれた。その時は家内は意識が戻っていて、話は出来ないが病状は安定な状態でした。彼は家内のことはよく知っていましたので、ひと安心、その日は私と二人で一日雑談をしたんです。雑談と言っても彼と話すと、どうしても理系の話になっちゃう、私はそっちの方は苦手なので、何を話そうかと考えていると、彼は気を利かせて、『今日は人間の心理と宇宙の真理の話』なんかどう? と言うじゃない、時間もたっぷりあるし聞いてみようかと思ったんだ」
「『面白そうじゃん、どんな話?』と聞くと彼は手持ちの小カバンからA4ぐらいのコピー氏を取り出した」
「『宇宙が、ビッグバンから誕生した、って話は当然知ってるよね、まぁ、それは定説になってるけど、それ自体はどうでも良い事なんだ。問題は、地球があって、太陽があって、銀河系があって、その外には無限と思える宇宙がある。そして地球に戻ると自然があって動物がいる、そして我々人間も……、て事だ』と彼は手書きで宇宙の絵を描いたんだ」
「『うん、それは事実であって、いろいろな条件が重なって、とりあえず地球は今みたいになってる、って事だよね』と私が言うと彼は待っていたようにコピー紙に<出来すぎと>書いたんだ」
「<出来すぎ>っていうと、要するに地球が整いすぎてるって言いたい訳?」
「『そうなんだ、偶然の組み合わせだと今の地球は存在しないってこと』と彼は言った」
「さらに続けた。『物理の理論で追っかけて行く、それに確立論とか量子論とか、なんでもいい、無限の可能性を突き詰めて行くと、最後にはゼロではないが、限りなくゼロに近くなる。それが今、ここにある世界、宇宙なんだ、論理的に無いはずのものがここにある、それは事実だ。そうなるとやはり、だれがどうしてそれを作った?となるじゃないか、結局、物理では説明できないのさ』と穂高は両手を広げて、『お手上げ』の動作をした」
「『それが<神>と言いたいわけ?』と聞くと彼は首を横に振った」
「『ぼくらは科学者だ、<神>は認めない。過去、多くの有名な科学者が屈服して、<神>を認めたんだ。しかし私を含め、多くの学者は<神>を認めない。認めるのは敗北を意味するからね』と依然として彼は首を横に振り続けたのさ」
宇宙の真理は最高の学者でも結論は出ていないようだ、それはそれとして、<人間の心理>の方が私は興味があった。
「人間の心理のお話はどんなものでしたか? 私はそれをお聞きしたいです」と、 私が次の話に振ると、社長さんは「来たな」という雰囲気になった。
「実は穂高は<神を認めない>と言ってるけど、それは<物理的に認めない>ということで、心理、つまり心の問題としては大いに認めているんです」
ほう、「心の問題は別」なんだ、私は次の話に集中した。
「この二枚目の写真の人、穂高が紹介してくれたんです。ある集団のリーダーです」
ある集団のリーダー、っていうと宗教家的な人だろうな、と理解した。
「何らかの宗教指導者ですよね」と私が聞くと、社長さんはちょっと首を傾けた。
「そうですね、見方によっては宗教家とも言えなくもない、しかし明らかに既存の宗教とは違う、もっと大きな、広がりのある考え方を持った人なんです」
「それはお会いすれば分かる事ですか?」
「そう、穂高は一度お会いしたようです」
「社長さんは?」
「私はまだお会いしたことはありません」
「そうですか、お忙しい方なんですね」
「ええ、おそらくこの先もお会いする機会はないでしょうね」
「うーん、ちょっと疑問なんですが、社長さんはお会いしたこともないのに、その
集団のリーダーの方の考え方をどうして知ったんですか? 穂高さんからですか?」
「そこが重要なとこですよね、あっ、言い忘れましたが<集団のリーダー>というその集団は<幸福の会>というんです。」
「<幸福の会>? ストレートな名称ですね、普通はイメージ優先で<深山の会>とか<天の使者>とか言うじゃないですか、面白い」
「はははっ、その通りです。格好をつけてない、そのものズバリなんです」
「ご質問の、この会の考え方というのは基本的に会長の説法の形で全部書籍になっているんです。いまでこそ、ネットで動画なんて方法が主流になりましたが、私がこの会を知ったころは、まず本を読むことでした。よく出来ていました。調べて行くと自分の知りたい心の話が必ず見つかります」
だんだん分かってきた、「シマチャン」の明るさは、きっとこの会の書籍から学んだことがベースになっているんだ。
「すみません、洋平さんの明るさは、その本のどんな記事から、どう学んで、どう実践して得られたものでしょうか、その本って簡単に手に入ります?」と、私は一気にたたみかけた。
「一部の書店でも売ってますが、会の支部に行けば必ず全部揃ってます」と社長さんは笑顔で答えた。
その日の話し合いは夕方まで続いた。これは、「とにかくその本を読んでみないと全てが始まらない」と理解した私が、「そろそろおいとましないと」と立ち上がったとき、「お疲れ様です」と、なんと奥様が奥から出てきたのです。
「すみません、私、帰宅して奥でお話を聞いていました」とにっこり。
「ウワッ」驚いたのと恐縮した私は言葉が出ませんでした。
「その件のお話は『 ○○ 』に載っています。今、ここにはありませんが、明日でよかったらお持ちします」と申し出てくれましたが、「いや、自分でその会に行ってみます、他にもいろいろありそうですから」と断りました。
翌日、さっそく社長さんからお聞きした、自分の住所に最も近い<幸福の会、新横浜支部>に向かいました。
横浜駅のごく近くにその支部はありました。「けっこう良い立地だな……」
と感じました。白い建物、協会風ではない、といって神社風でもない。「なるほど」
と入り口の大きな扉の奥を見ると女性が二人、何かを食べています。横の壁沿いに
本棚が見えました。「あるある……」と、ちょっと勇気が要りましたが、大きな扉を引き明けました「けっこう重い」それが第一印象でした。
「すいません……」と、中に入るとお菓子とコーヒーカップを持った二人が、「はい、どうぞどうぞ」と立ち上がって迎えてくれました。一見で部外者と分かったようで、「すいません、お行儀悪くて」と言いながら、「お茶飲みます? コーヒーの方がお好き?」と声をかけてくれました。
「よろしかったら、こちらへどうぞ」とイスも引いてきてくれました。
「なんとアットホームな場所だ」と緊張していた自分がリラックスできました。
「すいません、じゃ、お茶だけを……」というと、「今日はお菓子が余っちゃって、
食べるのが大変なの」と「ザクッ」とお菓子の束を並べてくれました。
一見して甘い物ばっかり、「これは女性が多い場所だな」と想像しました。
お茶を飲み終わると「すみません、じつはこの本『 ○○ 』を捜しているんですが……」とメモを渡すと、二人は「中段の『 ○○コーナー』あたりにあるんじゃない?」と一生懸命捜してくれます。「ダメ、老眼鏡がないと」とメガネを捜し始めます。そうこうしていると、「こんにちは、何かお探しですか?」と男性が二階から降りてきました。三十代のスッキリした体型の方です。
「ああ、こんにちは、これ、『○○』を捜しているんです。というと、「ああ、はい、それならこちらにあります」と一発で捜し出してくれました。
「とりあえずお代を」というと、「すいません、じゃあ、これにお名前と、よかったらご住所を書いてください」と紙片を渡されました。
収納箱みたいな所にそれを入れ、手を合わせます。ここで初めて「宗教施設なんだなぁ」と感じました。
ドヤドヤと人の気配、エレベーターから人が沢山出てきました。
「だからね、そういう事もあるのよ」、「でもさ、△△だったらどうするの」など、
普段着の会話というか、宗教っぽい感じは全然ありません。皆さん普通の人。
ちょっと「今は自分の居場所じゃない」と感じ、「また来ます」と挨拶をして外に出ました。
家に着くと早速『○○』を開きました。
せっかちな私は「はじめに」など読まず、すぐ目次へ。ずーっと項目を追って行くと4:[心の美人]とありますP41、サブタイトルが[受け入れましょう]です。
このあたりじゃないかな……と、41ページをめくりました。
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動物に「美人」ってあるのでしょうか。人じゃないので、美しく見える仲間とでもいいましょうか、となると動物にも美人はいるのです。ただ、人間と違うのは、
顔の美しさではないと思います。おそらく体全体の健康美、毛の状態とか、それは
健康が生殖ににとって最重要だからです。病気があって不健康そうなのは見ればわかりますから。あとは雄だったらケンカの強さ、雌だったら人間には分からないけど雄を誘う雰囲気とか、まぁ、そういう態度でしょうね。
人間の場合、まず最初に「顔」に目が行きます。それは男でも女でも。
でも顔が良いから性格も良いとは限らない。それでも「美男美女は、心も美しいに違いない」と思えてしまうんです。分かっていてもそうなんです。
「なぜなのか」は、おそらく生物学ではけっこう明確な論があると思います。その論は専門書に任せておいて、人間には「心の美人」がいるのです。
顔が良いかどうかに関わらず、心が美しい人、美しいとはだれからも好まれる事を指します。私の知る限りでは二人の女性が浮かびます。一人目は大ちゃん。
大ちゃん、こと大山さん、顔は普通です。体型は転がしたら止まらないような太っちょ。彼女は中学の学級委員でした。成績は優秀、優しくて、怒った姿を見たことがありません。
立場上、学友(同級生)に注意しなければならない場面があります。そんなとき、悪童は「うるせえ、このデブ」ぐらい言うのが普通なんですが、「わかったよ」と、
すごすごと引き下がっちゃうんです。大ちゃんの事を悪く言う人は誰もいませんでした。もう一人は上田先生、この方は国語の教師でした。二年生に上がった最初の授業、悪童は何か言われたら逆らってやろうかと狙っていたみたいでした。
案の定、一番前列のB太郎が脚を机の前まで突き出して寝た振りをしていました。先生が歩くのに邪魔になるほどです。
上田先生、それに気づくと「B太郎くん、疲れて眠いのかな、目がさめたら脚を引っ込めてね」と言うんです。B太郎はとぼけてそのままでいます。
「B太郎くん、聞いてくれてありがとう」そう言うだけで上田先生はそれ以上何もしませんでした。
次の授業のとき、B太郎の脚は出ていませんでした。
この二人に共通すること、それは何かイヤな事をされた時、あるいは注意に反発された時、黙って受け入れ、返さないことなんです。返すと相手は更に反発するか、もともと狙っていた反撃をする訳です。この時、もしB太郎が反撃したら、「ありがとう」と言われた相手に、「なぜ反撃するのか」と自分の立場が悪くなってしまう。それはB太郎にとって格好悪い事です。
それ以来、上田先生の授業では何事も起きませんでした。
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「ふうん、心の問題が書かれてる、『受け入れましょう』か、それは分かるが「シマチャン」は攻撃されたわけじゃない。彼自身が決して卑屈にならない、その心理が知りたいんだ。もう少し先を読んでみよう、次のページに進んだ。
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美人の定義を考えて見ましょう。顔についてですが、まず、目が大きくてくっきりしている事、顔の形もアゴが尖っていて、掘りが深い、鼻筋が通っていること、口が小さく、歯がきれい。などでしょうか、顔の各パーツの位置関係も重要です。 それが美人というもので、「不美人」とはその逆になります。
目が小さい、顔が平坦で鼻が低い、口が大きく、歯並びが悪い。ここまでで立派な「不美人」です。前述したように、そんな「不美人」には引きつけられません、男も女も、それは現実です。
「美人は良いな、いつも良い思いが出来て」と思うでしょう、が、違います。
美人なだけで、スターになれた、金持ちと結婚できた。そういう例はあるでしょう、ではその美人は本当に幸せなのでしょうか? 実は美人と言われる人の大半は、本当に自分が好かれているか、自信がないのです。自分の心を好んでくれているのか、それとも外観だけで近寄ってくるのか、強い「疑心暗鬼」を抱えているのです。
有名な俳優、女優の自殺者が少なくないのはその明かしです。
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「心の美人」になるためには何が必要か。
相手の所作に対してまずは受け入れましょう。それが良くても悪くても。
大事なのはリアクションです。良い事を言われた、それで嬉しくなって笑顔、
それは問題ありません。問題は、反発と落胆です。
悪いことを言われた時、すぐ反発してはいけません。まずは受け入れる事。
「そうか、そうかもしれません、自分も気をつけます」と、まず受け入れるのです。
そうすると相手は二の矢を出すことはないです。
「落胆」、それもいけません。相手は「自分の仕打ちで傷つけてしまった」と次に普通のアクションを起こすことが出来なくなるのです。以後、何をするにもマイナス面を持ったお付き合いになってしまう。
「反発をせずにまず受け入れる。落胆せずに平静を保つ」この二点を実践できるのが「心の美人」なのです。相手とはそれ以降、きっと良い関係が保てるでしょう。
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「これだ!」と思いました。「シマチャン」が実践していること。その通りです。
彼は自分の顔のこと、本当に全然気にしていません、だから顔の膿を拭う動作もそのまま、決して恥じてはいないのです。最初は誰でも「ウエッ」と来ます。でもそれは慣れてしまう物なのです。それ以降の彼との関係は何も忖度しないで済む。そうして友達を増やしていった。――なるほど。
先日会った彼の事を思い出しました。「全盲になる」それを彼は受け入れ、不幸だとは思っていない。ならば私もそれを受け入れよう、彼の事を決して「可愛そう」などと思わないことだ。
テーマが難し過ぎて、うまく書けませんでした。幸福ってなんだろうか、考えてみましょう。