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お待たせしました。遅れてしまい、申しわけありません。投稿予約をしたと思って油断していました。

「其方も知っているかと思うが、余の代になってから、力を入れている事がある。大きくは魔獣の討伐、そして身分に関わらない実力ある人材の登用だ」


 父の言葉に、ブレインは頷いた。ロメオ王国はその国土の多くは森が占めており、多種の魔獣の棲家となっている。近年の研究で、森の中に発生する魔力溜まりの影響で、森の生き物が魔獣化したり、魔獣が変異する事が分かってきた。これは父により登用されたエリフィス率いる魔法省の特別部門が突き止めた事であり、ロメオ王国ならず、他国にも大きな影響を与えた。現在は、森の中で魔力溜まりが発見されれば、神殿による浄化が行われる事となっている。


「はい。父上の政策により、魔獣による被害が大幅に減ったと……」


 ブレインが誇らしそうに笑みを浮かべる。それを見て、王は気まずそうな咳払いをした。


「まぁ。最終的には余が決めた事であるのだが、これを提案したのはラース侯爵家なのだ」


「はっ?」


 魔力溜まりの研究は魔法省の特別部門が行なっている。しかしラース侯爵も嫡男のハリーも魔法省の所属ではない。どこにラース侯爵家が関わる事があったのか。


「そもそもあの発見もな。森に魔力の偏りがある事に気付いたエリス嬢が、エリフィスに調査を命じ、魔力溜まりの存在が明らかになったのだ」


 王の言葉に、ブレインは再び混乱した。


「父上、私には理解出来ません……。エリス嬢が何故、森の魔力の偏りに気付き、その上、エリフィスに調査を命じる事が出来るのですか?」


 普通の侯爵令嬢は森になど入らない。いや、討伐演習で何故かドレス姿のまま森にいたが、普通はあんな格好で危険な森の中に入るはずがない。


 ブレインの言葉に、王は頷く。息子の混乱はもっともな事だった。


「順を追って話そう。ラース侯爵家は古くからある貴族家であるが、代々、それ程目立った功績はない。侯爵家としても中堅、領地も特筆すべきものはない。だがな、殆ど知られておらぬ事だが、どこにも負けぬ特技がある。それは人材の育成だ」


「人材の育成?」


「うむ。その代々で多少、違うのだがな。ラース侯爵家の長が武の部門の職に就けば兵士の、文の部門に就けば文官が、優秀に育つ。先先代の頃の槍の英雄ガラト、先代の頃の宰相ユラックも当時のラース領から出た者だ」


 槍の英雄ガラト、智の宰相ユラックは、隣国との関係が不安定なロメオ王国を圧倒的な武力と智力で守った伝説的な人物だ。ロメオ王国では物語や逸話が語り継がれ、大人から子どもまで大人気だ。


「今のラース侯爵家も、優秀な文官を育てている。宰相補佐のダント、財務のザールもラース領の者よ。どちらも平民出身だが、他の部門からの引き抜きが掛かる程の優秀さなのはお前も知っているだろう」


 その名はブレインも知っていた。平民でありながら抜きん出た才能と発想力、そして人望でメキメキと頭角を現している文官達だ。まだ年若いが、ブレインの代の中核を担う文官になる事は間違いない。


「ラース侯爵領には表立ってはいないが、平民が通える教育施設が幾つもある。あの2人はそこの卒業生で、その後はラース侯爵家で高等教育を施し、王宮仕えとなったのだ」


「まだ領内で高等教育を施せる体制が整っておりませんが、今後は体制を整え、より多くの人材を育てていきませんとなぁ」


 穏やかなラース侯爵の声に、ブレインは愕然とした。王国内には平民に教育を施す機関などない。精々、教会で文字や簡単な計算を教えるのみだ。学園は貴族の学ぶ場所で、教育を受ける事は貴族の特権なのだ。


「これだけの成果をあげているのだ。王家としても、国に教育施設を作る事は、一考の余地はあろう」


 王の言葉に、ブレインは深く頷く。実力主義の官吏登用も平民の能力が上がらなくては絵に描いた餅だ。平民に教育を施せば、その中から優秀な者を掬いやすい。


「その人材育成のプロであるラース侯爵家に生まれた者は、ラース家の歴史で培った、あらゆる教育を受ける。特にエリス嬢は、元々、魔法の才能があり、身体能力も高かった故、幼い頃から侯爵家の選りすぐりの教師達が、よってたかって実験、いや、教育し、ラース侯爵家の集大成と言えるべき人材に育て上げた」


「集大成……?」


 ブレインは首を傾げた。確かに森でのエリスは突出した才能を見せていた。しかし、学園での彼女はブレインの目にも止まらぬほど平凡な令嬢だ。成績も中間あたりだったと記憶している。


 ブレインの疑問に、王は頷いた。


「うむ、お前も知っての通り、我が国の貴族として生まれたからには、学園に通うのは責務なのだが……。エリス嬢に関していえば、学力、身体能力、魔力から考えても、今更学園に通う必要のないレベルだ。余としては学園の教鞭を執ってもらいたいと思っておったのが……」


 そこで王は、残念さを隠し切れない様子で、言葉を続けた。


「エリス嬢がなぁ。目立つから嫌だと」


「はっ?」


 チラリとエリスを見ると、エリスは艶やかな笑みを浮かべた。


「わたくし、幼い頃からずっと厳しく教育されてきまして。10に満たない歳から、お母様とともにラース侯爵家の領政、教育機関の育成や魔術の研究、魔獣の討伐に携わってきたのですもの。学園にいる間ぐらいは、普通の令嬢として過ごしてみたいとお父様にお願いしましたの!」


 目の前で両手を組んで、エリスは目をキラキラさせる。


「ずっと憧れていたんです。普通の令嬢らしくお友達とお茶会をしたり、一緒にお勉強会をしたり、流行のドレスやアクセサリーや憧れの殿方のお話をする事を!わたくし、今が楽しくてたまりませんわ。それに、学園で目立って利用価値が有るなんて思われたら、お断りが面倒な縁談が舞い込んでくるかもしれないでしょう?」


 うふふと笑って、エリスは小首を傾げる。その可愛らしい様子と、婚姻という言葉に、ハルがビクリと反応する。ハルはエリスを穴が空くほど熱心に見つめているが、エリスは一切ハルに目を向けなかった。


「だからしばらくの間、領の仕事はお母様に、魔術の研究はエリフィスに任せる事にしましたの」


「エリフィスに……。まさか彼も?」


 先程から話題に上がる魔法省のエースの名に、ブレインは嫌な予感がした。


「エリフィスもまたラース侯爵家で育てられた者だ。尤も、彼も優秀ではあるが、最も重大な任務はエリス嬢の隠れ蓑だな。彼が開発したとされる魔法具の殆どは、エリス嬢の手によるものだ。確か孤児だったあやつを拾い、エリス嬢が名前をつけたんだったかな?エリス嬢に全て捧げる忠実な部下よ」


「二番目以下の只の部下です。エリス様の一番の僕にして唯一は私ですっ!」


 ブレインの疑問に王が答える。それにハルがどうでもいい補足を入れた。


 突拍子のない話ばかりで、驚かされるばかりだったが。ブレインの頭は、ある可能性について考え始めていた。


 エリス・ラース侯爵令嬢。

 古くからロメオ王国に仕える由緒ある貴族家の令嬢で、侯爵家の跡取りは兄がいる。

 つまり、エリスが王家に嫁すのはなんの障りもない。むしろ、この様に優秀で、価値のある令嬢ならば、王家に囲い込むべきだし、何より、ブレインの妃として誰よりも望ましいではないか。


「エリス嬢。貴女にはまだ婚約者はいなかったよな?貴女は、ラース侯爵家はどのような相手を、結婚の相手として望んでいるのだ」


 ブレインは勢いこんで聞いたが、答えは分かっていた。貴族令嬢の誰もが夢見る、国の淑女の頂点、王妃という答えを。

 だが、エリスの答えは、ブレインの予想だにしない言葉だった。


「わたくしの望む結婚は、恋愛結婚ですわ」


 恥ずかしそうに頬を染め、エリスは顔を両手で覆う。


「恋愛結婚?」


 ブレインはエリスの言葉を繰り返す。貴族は殆どが政略結婚だ。物語の中では身分差を越えた恋愛結婚などが描かれたりもするが、実際問題としては、殆どあり得ない事だ。貴族なら、家格や政情などを勘案して家同士の縁を結ぶのが、当然の義務なのだから。


 だが。ブレインとエリスなら政略結婚ではあるが、それが恋愛に発展する事も可能だろう。ブレインはエリスを好ましいと思っているし、エリスは王太子であるブレインに憧れているようで、学園ですれ違うたびに顔を赤らめている。好意を持たれているのは確実だ。


「ならばエリス嬢。私の妃に!」


 そうブレインが言った途端、ハルの殺気がブワリと膨れ上がる。射殺さんばかりの圧を孕んだ瞳が、隠す事なくブレインに向けられ、思わず近衛が剣を抜き、ハルに向ける。


「ハル、止めなさい」


 穏やかに嗜めるラース侯爵の声にも、ハルは殺気を収めない。侯爵家に仕える者が王族に無礼を働いているというのに、ラース侯爵には全く動じる様子はない。

 聞き分けのないハルに怒る事もなく、ラース侯爵は肩をすくめ、エリスに視線を向けた。


「ハル?皆さん驚いているわ」


「エリス様。エリス様のご命令でもこればかりは見逃せません。エリス様を権力で囲おうなどと、約定に反します」


 ハルから立ち昇る冷ややかな殺気に気圧され、ブレインは思わず一歩退いた。上級冒険者であり、あれ程の魔獣を瞬殺したハルだ。本気を出したら、護衛や密かに控える影に守られている王族とて、無傷では済まないだろう。


 緊迫したその場の空気にも関わらず、エリスはコロコロと笑い声を上げた。


「考えすぎよ、ハル。ブレイン殿下は、ただ求婚しただけだわ。わたくしを王家で囲い込もうなんてしていないでしょ?求婚をお受けするかお断りするかはわたくしの自由だわ」


 そうでしょうと言わんばかりにエリスが王に視線を送ると、王は冷や汗を流しながら重々しく頷く。


「陛下はラース侯爵家との約定を違えたりする方ではないわ。それに多分、ブレイン殿下は王家と我が家の約定の事をご存知ないのよ?」


 エリスの言葉に、ハルは渋々、戦闘態勢を解いた。執事服の下に隠された物騒な得物から手が離れるのを見て、護衛達や影が、緊張を解く。


 恐怖から解放されて、ブレインはタイを緩めて息を吐く。外面を取り繕う事に長けているつもりだが、ハルの殺意には意味をなさなかった。


 しかしそれよりも、ブレインには気になる事があった。あの森で、ダフがシュリルに渡した侯爵家の紋章が書かれたカード。約定とやらと関係があるのか。


「……約定とはなんだ、エリス嬢」


 絞り出す様な声で尋ねるブレインに、エリスは極上の笑みを浮かべた。


 



★書籍化作品「追放聖女の勝ち上がりライフ」


★書籍化進行中「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。」


こちらの作品も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドキドキ(゜∀゜*)(*゜∀゜)ドキドキ
[一言] なるほど。 平凡(自称)とか 平凡(希望)とか、そういう……
[一言] 約定次第ではドンマイ!殿下!ルートになるんだな…
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