7→6 絡まる 二
二
茶館としての仕事が終わり、美帆はぎこちない動きで店じまいの準備を始める。動作がぎこちないのは、綾弥子と晶の裏の顔を知ってしまったからだ。
「さて」
いつも通り綾弥子は読んでいた新聞を折りたたみ、茶碗の底に残っていた珈琲を飲み干す。
「じゃあ、私は先に上がっているわ。後はよろしくね」
綾弥子の言葉に、晶は無言で頷く。美帆も慌てて声をかけようとしたが、この場でどういった言葉が最良なのか分からず、綾弥子を見たまま口ごもってしまう。
そんな美帆の様子を、綾弥子はフフと笑って受け流し、カウンター横の扉へと姿を消した。晶は無言のまま、カウンター内を片付けている。
クッと小さく唾を飲み込み、美帆は恐る恐る晶に問い掛ける。
「あ、の……き、聞いていいですか?」
晶が顔を上げて、美帆を見やる。
「悪い人を粛清するって……最初に言い出したの、どちらなんですか? 綾弥子さん? それとも……晶くん?」
美帆を見つめたまま、晶は口を噤んでいる。
「あの」
「覚えてない」
素っ気ない、いつも通りの、端的な一言だけの返事。
「そ、それでも人を殺めるっていうのは……すごく悪い事だよね? そういうの、晶くんは分かってやってるの?」
晶の手が止まり、無言でじっと美帆を見つめている。美帆はきゅっと両手を胸の前で握り締め、怯えるような視線で晶の言葉を待つ。
「汚いモノはいらない」
綾弥子が口にしたものと同じ答え。
「綺麗だから、汚いから。人をそういう区別で見るの、間違ってるよ。人は完璧じゃないもの。間違いも犯すし、失敗もする。つい魔が差してしまう事も、違うと分かっていても逆らえない時も事もある。だから、流されるのが可哀想で考えが綺麗だからとか、汚い選択肢を選んだから悪いとかって、関係ない他人が、無責任な判断で勝手に決めつけて粛清するって、そういう区別の仕方は絶対良くないよ。言い方悪いけど、人の生死を自分たちの判断で勝手に決めつけちゃう綾弥子さんと晶くんは何様なの? 人の人生を歪めて決められるほど偉いの? 絶対二人の考え方はおかしいよ。あたし……そう思う」
晶は目を細めて、興味なさげに斜に構えている。視線の先には誰もいない、いつも綾弥子が座っているカウンター席。
「偉そうに意見しちゃってごめんなさい。でも、あたしはこう考えてるから。晶くんにも綾弥子さんにも、人の命の大切さを考え直してもらいたいの」
気だるそうにサイフォンを流しに張った水の中へ浸し、晶は小さく口を開いた。
「今夜、出かける。準備しておいて」
「……っ! は、い」
晶を説得出来ず、美帆は落胆する。そしてどうしても納得できない命令に、「はい」と頷くしかなかった自分を歯痒く思った。