偽・職業怪談1 タクシー
元々は、私、大手のタクシー会社にいたんですよ。
決められた時間に、稼働して、決められたお給料を貰えはするんですけどね。お客さんが多い、忘年会シーズンとか、散々稼働しても、手取りが変わらないのってのは何だか、味気ない感じするじゃない?
そんな時に、会社辞めて独立した先輩が、個人タクシー引退するってんで、権利買わないかって、持ち掛けられたんでね。最初は、迷いましたよ。一応、決まった譲渡額はないんですけど、やっぱりそれなりの額を払わないといけないんでね。他にも、独立したいって奴は、結構いますしね。妻にも相談して、思い切って買ったんですよ。
そんで、今は個人タクシーとして、やってるんですけど、権利買うのに、退職金を結構使っちゃったんでね。大手に、いた頃より深夜の稼働が多くなっちゃったなぁ。まぁ、張り合いもあるし、やりがいはありますよ。子供らは独立したけど、まだまだ妻は元気だし、休みも自由だから、妻を旅行とか連れていってやりたいんでね。
怖い話でしたっけ?あるっちゃありますけど、あれはねぇ。忘年会シーズンの年末頃だったかな。さっきも言いましたけど、かき入れどきですからね。その時期は。だいたい、駅前でお客さん乗せて、送って。また、駅でお客さん乗せてが一番効率が良いかな。時間帯もあるけど、下手に遠くの自宅に送るより、近場の飲み屋に送るのをこなすほうが稼げる日もあるんですよ。
一次会、二次会が終わって、三次会に向かうお客さん拾おうとしてた頃だから、だいたい深夜の0時前かなぁ。お客さんを、飲み屋に送って、駅に戻ろうとして、県道線から一本奥にある線路沿いの市道を走ってたんだけど、ちょうど踏切に引っかかちゃって。
お客さんも、経験おありだと思うけど、急いでる時の、踏切とか信号って長いよね。そんときも、踏切が長くてね。深夜だから、工事関係とか、貨物だと、また長いじゃない。周りが静かだから、響くんだよね。音がさ。カーン、カーンって。また、そういう時に限ってタイミング良く私のタクシーしかいないのよ。
でね、ふとサイドミラー見たらさ、タクシーの左後ろに男性が立ってんですよ。灰色上下のスーツでさ、革靴履いた。良い具合に、酔っ払ってるみたいで、赤ら顔でニコニコしながらさ、左手をヒョイっと上げるから、お客さんかな?って思って。首ひねって、左後ろ見たんですよ。ほら、ドア開ける時って、しっかり目視してからじゃないと危ないでしょ。実際に、前いた会社で、そう習ってましたからね。
でも、居ないんですよ。お客さん。おかしいなぁって思って、またサイドミラー見たら、やっぱり、さっきのサラリーマンがニコニコして写ってる。あれ?って思ってもう一回、目視で左後ろ見たけど、やっぱり居ない。でね、あぁ客じゃねぇやぁ。って思って、そっからは無視ですよ。サイドミラー見ないようにして、前だけ見てね。そうしてるうちに、貨物列車が目の前、通過してって。踏切あきましたから、急いで、駅前戻って、次のお客さん乗せて、送っていきましたよ。そんだけです。
怖くなかったかって言えば嘘になりますけど、せっかく独立したんで、まだまだ働かないといけませんし、そんなのかまってる暇はないですからね。稼がないと。
実は、先輩から、権利買ったって言ったじゃないですか。あの時、他にも欲しい人がいるって、あおられて言い値で買っちゃったんですけど、後から周りに聞いたら、だいぶ割増されてたみたいでね。だから、今日みたいな平日の深夜も稼働してるんですよ。幽霊は、見えるけど、人は見えなかったんですよねぇ。
だから、金にならない客にまで、かまってられないんですよ。
そう言って、彼は笑った。日本海に面する政令指定都市で、個人タクシーを営む60代Aさんのお話。




