悪役令嬢に転生したけど、心は入れ替えねーよ。だってヒロイン、マジムカつく!
この世界は、ハッキリ言ってクソである。
私、ヴィオレッタ・パールスはそれを常々思っており、腹の底に常に怒りを抱えて生きている。
だって、ほんと、やってらんない!!!
◇◇◇
物心ついた頃から、私には不思議な記憶があった。
それは成長とともに、徐々に鮮明になってゆき……私はある時、気付いた。
あ、これ、転生してるわ、って。
しかも、前世でハマった乙女ゲーム『恋する彩りの魔術学園』ん中だわって……。
そう、ありきたりと言えばありきたりなのだが、どうやら私は乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたらしい。
しかしながら、ゲームはゲーム、現実は現実らしく、すべてがゲームそのままって訳では無かった。
ゲームでは、一人娘なはずの私には兄と弟がいたし……なにより決定的に違った点は……私の婚約者であるはずの王子様が、すでにヒロインと婚約していたのである。
……えーと、学園にすら入学してないのですが?!
ゲームのタイトルすら回収できてないっすよ?
つまり、ここからラノベの悪役令嬢ものよろしく巻き返す事も不可能でして……。
ま、やってらんないよね……。
……常識として考えてもみれば、ゲームのように、王子様とポッと出の身分の低いご令嬢が結婚できる訳が無い。
その辺が現実仕様に変更となった結果なのか、ゲームでは男爵令嬢だったヒロインは、現実では侯爵令嬢となっていて、私より早く生まれていたがために、王子様の婚約者の座にサクッとおさまっていたのだ。王子様には6人もお姉さまがいたが、男の子ははじめてだったので、王家としては、なんとしても早い結婚と跡取りの誕生を望んでいる……。
同じく侯爵家な我が家にも、跡取り息子が居ない訳がなく、嫌味なくらい優等生だがデブで不細工な兄と、顔はマシだがクソ生意気で、兄しか慕っていない、感じの悪ーい弟がいる。
……そこはさ、カッコいいお兄様と可愛い弟だろーが、転生っていったらさ!って内心叫びたいが、まぁ……うち、お父様、デブいしブサいからさ。……お母様は美人だけど。
金持ちの家、あるあるですよ。
つまり、……現実は極めてクソなのである。
ちなみに、ここは乙女ゲームの世界なので、王子様以外にも攻略対象がいる。
その1、王子様の側近で宰相の息子のシーニー・ブラウ。彩りってだけあって、青い髪に青い目の青い男。こいつは、ゲームの中で1番興味が無かった知的キャラだ。……ゲームではメガネをかけて無かったが、現実ではメガネをかけている。密かにガリ勉野郎なんじゃないかと思ってる。
その2、やっぱり王子様の側近。騎士団長の息子のルージュ・ロッソ。赤髪に赤目の赤い男。こいつもイマイチ推せなかったキャラ。いわゆるスポーツマンタイプ。しかし、現実では脳筋バカ。ゲームではカッコ良く見えた男らしさも、現実で見るとただの乱暴者。
その3、やっぱり王子様の側近の、リュイ・ベルデ。緑髪に緑目の緑の男。ゲームでは可愛いショタ枠だったのに、現実では同級生。可愛い顔はしてるが、ゲームではあざと可愛いく見えてた事も、同い年の男の子がやってると、ぶん殴りたくなる。ただのビビり弱虫。
その4、アーテル・シュバルツ。ゲームでは隠しキャラで王子様の次に私の推し。噂では魔王になると言われているけど、実は……ってキャラ。黒目黒髪でミステリアスで憂いを帯びた雰囲気……のはずか、何をどう間違えたのか、基本塩対応なのに、口達者な煽りキャラ。どうしてこうなった?
その5、ジョーヌ・アマレロ。ヒロインの幼馴染み枠。身分は低いが魔力が高位貴族と同じくらいある、黄色い髪に黄色いっぽい目の、地味だけど心優しい黄色い青年。……だけど現実では不在。……まあ、ヒロインもう登場してるし、不要だからカットされたのかも?……私的にも要らないキャラだし、どーでも良い。……そもそも、乙女ゲームにさ、地味キャラっている?
ちなみに王子様は白い。白銀の髪にライトブルーの目。……え?なんで目がライトブルーなのかって?……白い目って怖いからだよ!!!そこはツッコミ入れんな!!!
それでもって、ヒロインはピンク。ピンクの髪にピンクの目の可愛い系の女の子。悪役令嬢役のはずな私は、紫の髪で紫の目のキツめの美人キャラだから、覚えといてね?!
……。
ここまでの話を読んで、一部の読者は、『ならさ、もう悪役令嬢とかやめて、ヒロインとも仲良くして、平凡な幸せ掴んだら?』なんて思う方もおられるだろう。
わかる、わかります。
私も最初はそう思ってました。
……ヒロインに会うまではね?!
ヒロイン……めっちゃ、嫌な奴だったんだわ……。
ずげームカつく性格してんのよ、ヤツは……。
何て言うの?簡単に言うとね、同性に嫌われるタイプなんだよね。
男の前では媚び媚びで、気持ち悪い程のぶりぶりぶりっ子。そして女だけになると、めっちゃ態度が悪くなるっていう典型的な嫌な女タイプなんですよね……?
まぁ、考えてもみなよ。乙女ゲームって男を手玉にとっちゃうゲームでしょ?「ええ?そんなつもりは無かったのよ?」とか言って、散々その気にさせといて、良い思いした挙句、別の男を選んだりさ……。そんな事をやってのけるヒロインが性格良い訳ないじゃないっすか……。
しかも、現実ではさ、家格も一緒で同い年じゃない?!
その上、ゲームの設定として、貴族では女の子が少ないってのがあって、それは現実でもなんだよね?
……めっちゃ比べられんのよ。ヒロインと私。
ダンスだろーが、マナーだろうが、魔術だろーが(ゲームのタイトルに魔術学園ってある通り、この世界には魔術があるんだよね。)、何をやっても、ヒロインの方が優秀か、私の方が優秀か……って話になる。
ヒロインもそこは意識してんだろーね?
会うたびに、チマチマしい嫌味を言ってくるんだわ。ムカつくから言い返すけどさ!!!
……それだけでなく、王子、青、赤、緑、黒、ヒロイン、私は、幼馴染みでもある訳。集まると、黒を除いては、可愛くって、ぶりっ子で媚び媚びヒロインをチヤホヤしてさ……ある意味、ハーレム状態なんですよ。
やってらんない!!!
しかもさ、ムカつく事にヒロインに言い返してたら、いつの間にか私が悪者認定されてんの!
まあね、客観的に見て、可憐でおっとり系のゆるふわ可愛いピンク色のヒロインと、美人だけど(ここ重要ね!私、お母様似なんでっ!)ツリ目でキツそうな紫色の私……どっちが悪者に見えるかって話ですよ!
……まあ、私、だよね?
私がムッとしてヒロインに食ってかかると、ヒロインはショックを受けたような顔をして、目を潤ませヒーロー御一行に保護を求める訳ですよ。そうすると、奴らは「ヴィオレッタ、ローザ(ヒロインの名前。今まで言わなかったのは作為的です!)を虐めるのはやめろ!」って、そりゃーヒーロー気取りな訳ですよ。……ヒーローだけどさ。
つまりさ、何が言いたいのかって言うと……。
悪役令嬢に転生したけど、心は入れ替えねーよ。だってヒロイン、マジムカつく!
◇
しかし、そんな私にも転機がやってきた。
「え、お父様、婚約……ですか?」
「ああ。……この国は貴族の女性が非常に少ないだろう?だからお前にも早めにと思って……。私としては、この4人の中の誰かが良いと思うのだ。」
お父様が差し出した釣書は、青、赤、緑、黒のものだった。
……まあ、家の格としては、こん中から選ぶ事になるよね。
私は少し考えてみた。
……なんてったって、ヒロインマジムカつく。
私の最推しだった王子様との関係も良好で、どう考えても割っては入れない。まぁ、あんなクソヒロインに誑かされる時点で、もはや推せなくなってますが。
……ならば!
「お父様、アーテル・シュバルツでお願いします。」
私がそう言うと、お父様は驚いて目を見開いた。
アーテル(黒)には魔王になるという悪い噂があるからだ。
それを恐れて、アーテルを暗殺しようとした者が何人も、突然湧いた魔物に返り討ちにされており、それが更にその噂に真実味を帯びさせている。
「……いいのか?」
「ええ、かまいません。彼は公爵家…一番家柄も良いですし。何より顔が好みです。」
……アーテルはゲームでは隠しキャラだ。
攻略には手間がかかるし、魔王になると言う噂から、何度も襲われて心を閉ざしている。……現実はそうでもなさそうだが。
……ゲームでのアーテルは、魔王にはならない。何よりヒロインがこのルートを選ぶと、色々あった末に、王子様よりアーテルの方が王様に相応しいとなり、王の甥であるアーテルが国王になるのだ。
つまりだ。私がヒロインの代わりにアーテルルートに入ってアーテルを導けば……王子様は失脚(今や可愛さ余って憎さ百倍だからね?!)、ヒロインもあらあら残念、失脚した王子様のお嫁さんに!!!
ふはははは。
最高のざまぁが出来そうではないか!!!
◇◇◇
しかし……。ここまでは良かった。
でもさ……。
アーテルルート、糖度ゼロ!!!
塩対応が辛すぎる……。
私はさ、アーテルを奮い立たせて、なんとしても国王にしたい訳ですよ。だからそうなるように、話を仕向ければ仕向ける程に、塩味がキツくなってく気がします……。
ええっ?!どーしてぇ???
ヒロインはこんな感じて、褒めて褒めて、アーテルを転がしてましたよね???
しかしながら、塩味のキツすぎるヤツの褒めるとこなんて、身分と将来性と顔しかねーし、これ以上、どうしろと???
その上奴は、他の女の子たちと派手に遊びまわっているらしい……。
お、お前……一途なキャラじゃなかったんかよ?!私、私がお相手だからなのか???
◇
「……はあ、やってらんないわ。」
今日は王子様主催の恒例のお茶会だ。
可愛いメイドにちょっかいを出すアーテルとも、ヒーローズを従えるヒロインとも離れ、1人でフラッと庭に出る。
この世界で、貴族の女の子は貴重なんでしょ?!
何で誰も私をチヤホヤしないかな?!かなりの美人だよね、私?!なんてプリプリしながら。
不意に足元に何かが触れた。
「ん……何これ?……鳥?」
足元には、鳥の死骸が転がっていた。
……珍しい鳥だ。誰かのペットだったのかも知れない。籠から逃げて、猫にでも襲われてしまったのかも……。
不意に、前世で飼っていたセキセイインコのピーちゃんを思い出して、うるっとしてしまう。
ハンカチを取り出し、鳥を包んでやる。
「……怖かったね。私がちゃんと埋めてあげるからね。」
キョロキョロと見回して、見晴らしの良い所にしようと思い、街が開けて見える場所に移動した。……王宮は小高い丘の上にある。
ご令嬢がスコップなど持ち合わせている訳もなく、仕方なしに手で土を掘る。ある程度の深さが無いと、掘り返されるかも知れない。高い塀のない王宮には野良犬が入ってくる事があるかもしれないしね。……手なんて、あとで洗えばいいや。
一生懸命に掘っていると、ふと「あ、こういう時こそ魔術だったんじゃね?!」と気付く。
……なんとも迂闊だ。クソ、魔術お得意なのにな……!
「ま、こんなモンでいっか!」
「……こんな所で、何をしているのですか?」
不意に声がかかり、ビクッとする。
振り返ると、そこには青い男こと、シーニーが不思議そうな顔で立っていた。
「シーニー……。さっき、死んだ鳥を見つけたから、埋めてあげようと思って……。」
やましい事はないが、私は慌ててシーニーに説明した。
幼馴染みとはいえ、物静かなシーニーとは、あまり話した事が無かったし、ヒロイン大好きクラブの会員様だ。私の印象はめっちゃ悪いだろう。鳥を生き埋めにする鳥殺しだなんて、思われたくない……。
ハンカチに包んだ、ボロボロにされ息絶えた鳥をシーニーに見せる。
「こ、これは……。」
「誰かのペットかも知れません。猫にでもやられたんじゃないでしょうか。なんだか可哀想で……。」
私はそっと穴に鳥を入れ、ゆっくりと土をかけていく。
「……ヴィオレッタは、優しいのですね。」
「そんな事はないです。ほっておけなかっただけで……。なにも分からないまま籠から出たから、きっと襲われてしまったのでしょう。ずっと籠の中にいたら良かったのに……。」
「貴女は鳥が好きなのですか?」
……どうなのかな?
前世では好きだった。セキセイインコは手乗りにして可愛がっていたけど……今は……?
さっきまで、それも忘れてたしな?
「分かりません。……でも……憧れてるのかも……。」
こんなクソな世界、全部置いて羽ばたけたら、最高にスカッとするかも……?
……いやいや、やっぱり贅沢で我儘させて貰えてる今の御身分もなかなかです……。
「……そうなのですか……。」
シーニーは何か考え込んでいた。
まあ、コイツは賢いキャラだから、すげー難しい事を考えてたのかも知れない。
◇◇◇
あの日から、何だかシーニーの態度がおかしい。
やたらと私に優しいのだ。
……もしかして、鳥を埋めてやった私の優しさに、思わず見直してくれたのかも知れないが……。
でも、アーテルが糖度ゼロ(私をガン無視。)だとしたら、シーニーは糖度が100(私の名前を呼んで付き纏う。)くらいになってしまった。(……糖度って最高がどれくらいか知らんから、数値は適当ね。まあ、普通に仲良いが50くらいとしようか。)
ちなみに、他のキャラからの私への糖度だが、王子10(名前を呼べば返事はする。)、赤20(「ねえ」って名前を出さないで呼びかけても返事はする。)、緑30(たまに話を振ってくれる。)、ヒロイン50(表面的には大の仲良し。実は足元では蹴り合うウワベの友人。)というラインナップとなっております。
「シーニーは、なぜ私に、そんなについてくるの?」
「ヴィオレッタが好きだからです。」
……おっと、ナニコレ。
やっときたよ、乙女ゲームっぽさが。
「まぁ、面白いご冗談を……。」
ホホホと笑って誤魔化す。……一番のナシキャラだと思ってましたが、さすが乙女ゲームのヒーローの一人。思わずドキドキしちゃうじゃありませんか。
「ヴィオレッタ、冗談ではありませんよ?……私は、本当に貴女をお慕いしております。貴女という婚約者がありながら、まるで関心を寄せない、アーテルが憎いと思うほどに……。」
苦しげにそう告げられるが……いやさ、お前も先日まで、私に無関心でしたよね???
ヒロイン大好きクラブ会員でしたよね???
……まあ、好きと言われて、悪い気はしないけどさ……。
「シーニー……ありがとう。」
とりあえず、お礼を言うと、突然ギュッと抱き寄せられた。
!!!
な、なにこれ?!?!
……喪女だった私には、前世持ちとはいいましても、こんなのはじめてなんですが?!?!
見上げると、シーニーの顔が間近にあった。
「ヴィオレッタ。貴方が欲しい。」
……。
まあ、美形に言われたらさ、チョロいんですよ、私なんてもんは。ホント前世、モテませんでしたからね……。今世はせっかく美人なのに、嫌われキャラですし?
思わず心の中で叫んでしまいましたよ。
『ハイ、喜んで〜!!!』ってね……。
◇◇◇
……まあ、ハッキリ言います。
私は塩対応すぎる婚約者……アーテルという者がありながら、なんとシーニーと関係を持ってしまいましたっ!!!
最低、クズ、ビッチ、お好きに言って下さい!!!
すいませんでした!!!
……だってさ、塩過ぎんだよ、奴はさ!!!
不誠実……。確かにおっしゃる通りです。
ですが、言わせて?!……アーテルも遊び歩いてますからね?!いわばこれは『やられたらやり返す、倍返しだ!!!』的な???……とにかく、私ばっか責めないで……って、やっぱり言い訳だよね……。
分かってます。
やられたからって、やり返すかって話だよね……。
でもさ……シーニー優しいんだもん。
……好きって言ってくれるんだもん。
甘いし、ロマンチックだし、気持ちよくしてくれるんだよ!!!メンタルもフィジカルも!!!
……とは言え、だ。
「ヴィオレッタ、アーテルのとの婚約を止めて、私と婚約をしてくれませんか?」
ものすっごい甘々な時間を過ごした後に、シーニーが切なそうにそう言った。
……う、うーん???
そ、それなんだよねぇ……。
確かにシーニーは良いんだけどさぁ……シーニーじゃ、あの子憎たらしいヒロインは見返せないじゃん?!ざまぁ出来ないじゃん?!
あいつ、この間も出会い頭に「毒々しい紫のドレス、お似合いですわぁ。」とか難癖つけてきて、言い返したら通りかかった王子様に「ドレス、お似合いですね?って言っただけですのに、ヴィオレッタ様の気に触ってしまったのですわ……クスン。」みたいな事を言って、私は王子様に怒られたんだよ?「てめー。ローザは俺の嫁なんだから、あんま虐めると追放すんぞ。」的な?……まあ、それをお上品な感じで言ってきた感じだけど。……でもさー、女の戯言で追放を振りかざす王子、クソじゃね?
お前こそ、追放じゃーーー!!!
……って訳で、やっぱり私としては、アーテルルートを行きたいんですよ。
「シーニー……ですが、父が……。」
ぶっちゃけお父様はアーテルを怖がってますから、婚約破棄がしたい!って言えば、反対しないと思う。上手くいってない事もご存知だしね。
でもさぁ、恋愛はシーニーと、結婚はアーテルと、なんて言えないじゃないですか、さすがに。
「……そうですよね。婚約は個人の問題ではありませんからね……。」
……。
シーニー、聞き分けが良い子で私は嬉しいよ。
人生2回目のズルい女でゴメン……。
……。
シーニーは言うだけ言うと、気持ちを切り替えたらしく、数年後に入学する学園の話を始めた。貴族の子たちは大抵がゲームの舞台となる魔術学園に入学するから、その話はみんな興味や関心がある話題のひとつだからだ。
シーニーは学園にある図書館で沢山の本を読みたいと語った。……だから私は、これ以上目が悪くならないように、明るい所で読まなきゃダメですよ?って言って、入学が楽しみだねって笑い合った。
……ごめんね……。
……シーニー……。
◇
そんなある日。
私の屋敷に、シーニーが訪ねて来た。
私たちの関係は秘密だから、王子様のお茶会の後とか、みんなが集まった時にコッソリって事が多くて、シーニーが私の家に来た事は数える程しか無かった。
「シーニー、どうしたの?」
「……今日は、ヴィオレッタにお別れを言いに来ました。……私も近日中に婚約しようと思っています。そうなると、さすがにこんな関係は続けていけない……。」
シーニーの言葉に頭が真っ白になる。
……ずっとシーニーは居てくれるって、勝手に思っていたから。
でも、これはゲームじゃない。
現実なんだ。……シーニーには、シーニーの家があり、跡取りとしての責任がある。いつまでも私とこんな事をしてはいられないのだ……。
……シーニーと付き合い始めて分かった事は、シーニーがとても真面目で一途なタイプだと言う事だ。……婚約者が出来たら、シーニーはきっと大切にするだろう。……私やアーテルとは違って……。
「……シーニーは……すごく……良い人だから、婚約する人は、きっと幸せになるわね……。」
とりあえず、取り繕ってそんな言葉を紡いだが、それ以上はもう続けられなかった。
……仕方ない、私が悪いんだから……。
「今までありがとう、ヴィオレッタ……。私はヴィオレッタを本当に……。」
シーニーもそう言って俯き、言葉が続かない。
……嫌われ者の私を唯一大切にしてくれたシーニー。
真面目で一途で本が好きなシーニー。
優しくて甘く包んでくれたシーニー……。
何やってんだろ……私は……。
だけど、きっとすべて今更だ。
婚約の話はもう書面を交わす段階まで来ているのだろう。……少し前に、私にアーテルとの婚約をやめて、自分と婚約して欲しいと申し入れた時には、すでにこの話があったのかも知れない。
あれは、シーニーからの最終通告だったんだ……。
気がつくと涙が溢れていた。
……いけない。泣いたりしたら、あのクソヒロインみたいじゃん。チョイチョイ嘘泣きを入れて、いつだってみんなのアイドルでいる、すげー嫌な女。……私が泣いたら、シーニーが気持ちを切り替え辛くなる。悪いのは私なんだし、我慢しなきゃ!!!
必死で目を見開いてみるが……やっぱ、そんなんじゃ止まんない……。シーニーが居なくなるなんて、卑怯者って言われようが、悲しいんだもん……。
「ヴィオレッタ、泣いてるのですか?」
「……。」
こっち見んな。
「……私を惜しんでくれるのでしょうか?」
「……。」
……ええ、まぁ。
でも!!!
わたしにはあのクソヒロインをブチのめし、クソ王子をギャフンと言わせるアーテル育成が待ってますんで!……この国の為に……!!!
……なんてのは嘘で、主に私情による恨みつらみとストレス解消の為ですが……!!!
苦悶の表情でシーニーに見つめられ、なんだ心が折れそうになる。
ダメだって私、シーニーは推しキャラじゃないよ……?
……いや、シーニーはキャラじゃない……。
私と一緒に今を生きてて……。ちゃんと気持ちのある、かけがえのない人で……。
不意に、掻き抱くようにシーニーに抱き寄せられ、息が出来なくなる。
「ヴィオレッタ……!たとえ離れる事になっても、私は永遠に貴女だけを愛しています……。」
「シーニー……!!!」
私もシーニーを強く抱きしめかえした。
……。
……。
まあ、お分かりだろう。
簡単に言うと、ハイ、流されました。
だって「シーニー好き!」って思っちゃったんだもん。
ヒロイン、王子、アーテル?……そんなんどーでもいい!私はシーニーが好きっ!!!……いや、そこまでも考えて無かったです。とりあえず、シーニーに抱きつく事しか考えてませんでした……。
はい、私、アホなんで。
……で、何ていうの?
ついついこの余りにもドラマチックな展開に、盛り上がってしまったんですよ。……私たちってば、お若いお2人ですからね?!
そこに、何故かお父様が急遽帰宅されて……。
……。
……。
パンパカパーン!!!
おめでとうございます!!!
私は晴れて?アーテルの婚約者からシーニーの婚約者にジョブチェンジしたのです!!!
……。
……。
まあ、娘とシーニーの絡みを目撃しちゃったら、父親としてはそーするしか無いよねぇ……。
……。
……。
因みに、婚約破棄をアーテルに告げると、アーテルは鼻で笑った。その上、一緒にいたシーニーに「シーニーは、僕からヴィオレッタを取ったつもりかもだけど、自分の大好きな婚約者が、大っ嫌いな僕のお古って……ねえ?どんな気持ち?」って、ケラケラ笑いやがった。
私にも「シーニーに唆されて、こんな事しちゃうって、ヴィオレッタって、やっぱりアホの子だったんだね?……可哀想に。主に頭が。」って言ってきて、悔しくて泣いた。
うるさい!!!
人は本当の事を言われるのが、1番傷つくんだぞ!!!
そんな訳で、私はシーニーと愛ある婚約者生活を始めたのだが……。
シーニーは実は非常に重い男であった。奴は常に私に纏わり付き、つまらない事にまでヤキモチを焼き、とってもヘビーな愛を一途で熱心に注いできてくれるのだ……!!!
……あれ???
知的キャラがお好みで無い私は、実はゲームでシーニールートを選択してない。だから良く知らなかったのだけど……。シーニーは……本当にただの知的キャラだったのだろうか???
それともまさかのヤンデレキャラだったり……しないよね?!しないっすよね?!
そんな胸騒ぎを抱えていた私は、ある時、ふとシーニーに尋ねてみた。
「ねぇ、シーニー?シーニーは私の何処が良かったのかしら?」
「……ヴィオレッタ……。そうだね……。あの時、貴女が『鳥になりたい。』と言ったのを覚えていますか。」
柔らかな午後の日差しの降り注ぐ、穏やかな日で……私たちはあと数日で、学園への入学を控えていた。婚約者になった私たちは、私の家の温室に繋がるサロンで、良くお茶をするようになっていたのだ。
「ええ。そんな事がありましたね。」
そう言えば、シーニーと接近したのは、あの鳥の埋葬からだ。……あれで、多分だかシーニーは私の本当の優しさに感心して……。
「あの時、私は思ってしまったのです。……貴女を鳥にしてあげたいと。」
「……?」
ん?……自由にしてくれるって事?……の割には、シーニーの纏わり付くような愛は重いなぁ……って思ってしまうのですが……?
なんか、がんじがらめで、羽ばたける感ゼロっすよ?
「鳥のように、籠に入れて貴女を愛でたい。私だけの為に、鳴いて欲しいと……。」
……。
……。
……。
……げ。マジか。
やっぱりコレは、ヤンデレルートなんかーーーい!!!
◇◇◇
なので私は、学園生活に一縷の望みを託す事に決めた。
……だって、ヤンデレルートはお断りですからね?
シーニーは好きだが、重いのも病んでくるのも嫌なんです、私。そういうのってさ、お話だからキュンとくるんで、現実じゃウザいこと、この上ないと思いませんか?
ぶっちゃけ、最近はシーニーが、ちょっとウザい……。
乙女ゲームの設定では、下級貴族の娘であるヒロイン(現実では侯爵令嬢だし、すでに王子の婚約者だけどさっ!)が、女性が少ない貴族ばかりの魔術学園でモテまくり、卒業する時にその中から一人を選んでゴールインする、チヤホヤ系乙女ゲームだ。
つまり!私だって、この女が少ない学園でモテまくれるかも知れない!!!
ヤンデレでない、素敵な殿方の目に留まるやも知れないのだ!!!
それに、私と婚約破棄してから、お可哀想な事にアーテルには婚約者が居なかった。……この世界ではアーテルは魔王になるって噂を信じてる人が少なからずいて、婚約者になってくれるご令嬢が見つからなかったからだ。
アーテルよ。
……逃げたヴィオレッタ(私)は大きいとは思わんか……。
つまり、やっぱりまだアーテルルートにもワンチャンあるかもって事だ!!!
ちなみにアーテルはヤンデレではない。アーテルルートはちゃんと攻略済みだから知ってる!!!……奴はツンデレなのだ!!!デレたら尊い!!!
そんな訳で学園に入学し、入学式を終え、迎えた晩餐会。
人混みでも紛れる事のない、輝くような美貌のアーテルを見つけ、私はニコニコと走り寄る。
……ん?
んんん???
アーテルの隣には、何故か黄色い頭の子が居た。
は、はぁ?!誰だよ、こいつ???
アーテルによると、この子は、どうやらジョーヌ・アマレロという女の子らしい。……おい待て。ジョーヌ・アマレロはヒロインの幼馴染枠の素朴な男の子では無かったか???
……アーテル、お前まさかのBLだったのか……。
だから私のこの美貌を持ってしても塩だったのか……?!
そう思いつつチラ見してみるが、ジョーヌ・アマレロはどう見ても女の子にしか見えない。……だって、あの胸元、ものすっごいご立派ですよ?!……その地味顔についててイイレベルじゃない。それは大人しく私によこしなさい!!!
そうか……胸か……。
アーテル、お前、実は巨乳好きだったんだな。……最低だ。
確かに私は、若干コンプレックスになるサイズ感だ。それを寄せて上げて、極厚パッドで仕上げている。……言わば養殖もんである。一方のジョーヌ・アマレロは……あれは天然だろう。『大きいのがコンプレックスなんです……。』とかほざく予感しかない。
……しかもアーテルのやつ、ジョーヌ・アマレロには、あっという間にデレている。……どう言う事だ!!!あの塩はどこにいったんだ!ツンはどうした?……おい誰か、塩と唐辛子を持ってこい!!!
……やっぱり胸か、胸なんだな!!!
く、くそっ!!!マジか、ふざけんな!!!
魚のブリはな、天然より養殖が旨いんだぞ!!!
……そう思ったら、ジョーヌ・アマレロにもムカついてきた。
別に何もされてないけど、推しのデレを掻っ攫われたのだ。優しくなんかしてやらねーよ!!!
「ああ!アーテル……!なんて可哀想なのかしら?私との婚約がダメになってしまったからって、こんなのを選ぶしかないなんて……!元婚約者として、心から同情するわ……!!!」
意地悪くそう言ってやると、ジョーヌ・アマレロは泣きそうな顔になってしまった。
「ヴィオレッタ、やめてよ。……ジョーヌちゃん、あのね……。」
あははは!!!
あの激塩男が狼狽ておる。これは愉快だ!!!
ジョーヌ・アマレロにキツく当たると、お前が弱い事くらい、この私は、まるっとお見通しだ!!!好きな子が悲しんでいて、嬉しい男など、そういない!!!
「あら?あら?……新しい婚約者はご存知無かったのかしら?!貴方に、私という釣り合いのとれた素晴らしい婚約者が居たって事……?……私はね、貴方と婚約者でいたかったのよ?だって本当に貴方の方が顔が好みだったし、家柄も将来も素敵だったんですもの。でも、お父様がね、シーニーにしなさいって……。」
「それはさ……仕方ないだろ……。」
……はい。仕方ないです。あんなの見られたしさ……。
「……ええ。そうね。……そうして私はシーニーの婚約者になってしまった。……だけどね、アーテル……。私まだ、貴方の事が……。」
そう言いつつ、私はアーテルに腕を伸ばす。いつもなら問答無用で振り払うだろうに、ジョーヌ・アマレロの前で、あの激塩ぶりを発揮できないんですね?!アーテルは戸惑う顔をしただけで動けずにいる。……だよねぇ、女の子に酷い態度を取るヤツって好きな子に思われたくないですよねぇ……。わかりますぅ。……だから敢えてのこの態度っすよ!!!
ふはは……良い気分だ!!!ざまぁ、アーテル!!!
そんな気持ちで、アーテルに絡んでいると、背後から冷え冷えとした声が聞こえた。
「ヴィオレッタ!!!……アーテルと何をしている。君は今は私の婚約者だろう?忘れたのか?」
!!!
……げ。ヤバ。
シーニーに見つかってしまった…。
いつも宝物を扱うように優しくしか触れて来ないシーニーが、私の手を強く掴む。
いつもの敬語も乱れてるし、コレ、ものすごく怒ってるよね?!?!
その後の晩餐会では、シーニー怖さに、私は上の空で、クソムカつくヒロインの足を、テーブルの下で激しく蹴り続ける事しか出来なかった……。
◇◇◇
その晩、私はシーニーの重い愛で潰れかけた。
若干、中身も出てた気もする。
「ねぇ、ヴィオレッタ?……どうして私から逃げるのですか?私ではご満足いただけないのですか。」
寂しげに、そう呟かれ、私はシーニーを見つめた。その目には深い悲しみが宿っている。
もはや、色々尽き果てて、声になりませんので言いませんが、満足しないって言うよりね、充分すぎて苦しんだよ?!ヤンデレ気味のシーニーの愛は、常に重すぎだからね?
……だけど、その目はやめて欲しい。
だって、そんな目で見られたら、ついつい抱きしめ返してしまうじゃないか……。あーだめだ。
私が抱きつくと、シーニーは嬉しそうに微笑む。だから私もやっぱり笑い返してしまうじゃないか……。
でもさ……本当に私、このルートで良いのかな???
確かに幸せっちゃー、幸せだ。
でも……クソヒロインにざまぁ出来てないしなぁ……。
そこでふと、私の頭に妙案が過ぎる。
あ。……そうだ……。
乙女ゲームではまるで出てこなかったが、王子様には6人の姉がいる、末っ子長男なんでした!!!
ほうほう……?
何もアーテルを国王にするだけが、ヒロインに出来る嫌がらせではありませんよね???
聡い女は気付くはず。
……ヒロインの猫被りを!!!私みたいに!!!
ヒロインは、子供の頃から男にばかり囲まれて、チヤホヤされてきました。だからアレが女にも通じるって、きっと思ってる。
そんな訳、あるかーーーい!!!
ならば……女社会の洗練、受けてもらいましょう!!!
小姑って厄介らしいですから。
しかも×6!!!
お姉さま方に可愛い可愛いと猫可愛がりされて育ってきた、年の離れた末っ子長男王子!!!……ナニコレ、何かのフラグが、めっちゃ立ってない?!
アレだよ、アレ。
前世で母さんがハマって観てた『渡る世間に鬼はナントカ』ってドラマ……あれへのフラグじゃね?!
あははははは!!!
ヒロイン、王子様と末永くお幸せにっ!!!
私はアンタのフレミーとなって、結婚後にお姉さま方に告げ口を、うっかりお漏らしまくってやるわ!!!
うははははは!!!
そうだ、これはゲームじゃない。現実でしたねっ!!!
ゲームは王子様とのハッピーエンドで終わるけど、現実は結婚生活が続いていく訳で……!!!
なはははは!!!
現実、最っ高!!!
マジ、愉快!これは堪らん!!!
「シーニー!!!私は希望が湧いてきました!」
「え?……きゅ、急に、どうしたんですか、ヴィオレッタ?」
シーニーはキョトンと私を見つめている。
んー……その顔も、なかなか素敵だわ……。
まるで好みじゃなかったはずだが、もはや『うちの子一番!』である。
確かに私は、ヤンデレシーニーエンドかもだけど、もう、それでいいや。
……他の男によそ見しなきゃ、シーニーはきっと素敵な旦那様になるだろう。
まあ、若干は息苦しいが。
もうさ、そうと決まれば、他の男には、よそ見なんてしませんよ!!!
だって、もはや私の最大の関心事は王子様のお姉さま方だもの!!!
カモン、『渡る世間に鬼』ワールドっ!!!
ヒロイン待ってろ……。この3年間でウワベの友情をたっぷりと育もうぜ……!!!
祝え!フレミー・ヴィオレッタ、誕生の瞬間を!!!
「シーニー、拍手!」
「え?はい。」
意味も分からずシーニーが拍手を浴びせてくれる。はぁ、シーニー可愛いわ……。ヤンデレだけど。
うむ、最高に良い気分だ。
シーニーは宰相の家系だから、ゆくゆくは宰相様になるだろう。……王族とのお付き合いは密だ。そこで私はお姉さま方と仲良くなって、クソヒロインを陥れてぐぬぬって言わす!!!そうして、王子様と揉めてる横で、シーニーと私がラブラブ夫婦を見せつける……!
え……。
最高なざまぁじゃない、これ???
「あの、シーニー。結婚しても、私たち、ずーっと仲良し夫婦でいましょうね?」
「!!!ヴィオレッタ!!!……愛しています。」
シーニーが嬉しそうに私を抱きしめて、そのままベッドに倒れ込む。
……ん???
「えっと、シーニー?」
あのさ、ソレ、もう充分なんですけど?
「ヴィオレッタが可愛いのが悪いんです。」
いや待て。
……私はまるで可愛くないぞ?
だってさ、悪役令嬢ですからね???
しかもまるで改心しなかった、真正ダークヒロインですよ?
「シーニー、これ以上、貴方の重い愛を受けたら、私、潰れて中身が出てしまうと思うわ……?」
やんわりと、シーニーを諌めると、シーニーが愛おしげに目を細める。
「ヴィオレッタ。潰れた貴女も、出た中身とやらも、私には全て愛しい。」
そう言うと、私の髪に口付けた。
おい!!!そんな訳あるかーーーい!!!
潰れたり、中身が出たらさ、絶対にグロいから、さっさと埋めてよね?!……それも優しさだからね?
怖っ!!!
ホント、シーニー怖いわぁ……。
……うーん。
これは、やっぱり逃げるべきか???
……いや……きっともう、手遅れだ。
どうせ私には、そんな事はできない。
だって、何だんだ言っても、私はすでにシーニーが大好きで、囚われてしまっているから。……きっと、シーニーが言ってた、鳥みたいに、シーニーという籠に入れられてしまっているのだ……。
むしろ、自ら入って行った感は否めないが……。
しかしまあ、確かに悪役令嬢にも、ざまぁは必要かも知れない……。
だって私が、すげー嫌なヤツなのは確かだからね?!
……だから私は、シーニーの頭を抱き寄せて、私の愛しいざまぁに口付けた。
多分これはこれで、happy end……かな???