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姫宮 3 青葉薫の思念

作者: 東雲しの

日暮元の災難、山中大樹の憂鬱 の続きの作品でございす。

二作品をお読み頂いた方が、解り易いかと思います。

青葉薫あおばかおるはずっと一人で戦って来た。

誰も信じてくれない()()と……。

何故奴らは来るのか?何をしに来るのか?如何して来るのか?

そんな事を知る術も無い薫に、まるで引き寄せられる様にやって来て。

そして、薫の何かを求めて襲って来る。

それは何なのか?

薫の心臓なのか?内臓なのか?魂なのか?肉体なのか?それとも全てなのか……。

ただ、力の有るものも無いものも、薫の何かを求めている。

求めているのは解るのに、何を求めているのかは解らない。

たぶん求めて襲って来る奴らも解っていない〝何か〟だ。


小さい時から何かが見えた。

親を認識する以前から……。

それが不思議な奴らなのかどうかは解らないが、ただ覚えているのは、眩いばかりの神々しい光に包まれていた……という事だけだ。

だがそれに負けぬ程の可憐さに、両親は自慢を持って愛情を注いでくれた。

ただただ可愛い子供……。

可愛い薫は成長と共に、それは美しくなっていく。

男なのか女なのか、解らぬ程の美貌……。

母の自慢であり父の自慢であり、そして見る者全てを魅了する程だった。

だが成長と共に、その美貌と共に薫の周りには、人間では無いもの達が現れる様になった。

薫を拐おうとするもの……。そのもの達によって幾度も危険に曝された。

奴らの拐うという事は……つまり、そういう事も含まれる。

神隠しの様に姿が消えるだけでは無い、薫の肉体全てを拐うのでは無いもの達……。

薫の心臓や内臓や……躰やその美貌、美しい瞳可憐な唇……その一部を欲しがるものも存在()る。

小さい時は少し力のある爺さんが助けてくれた、そして成長すると共に薫は自身で自身を守る様になった。

優しく愛情だけを注いでくれた両親が、薫の素行に訝しげな表情を浮かべた。

薫の言動を恐怖の表情で見つめ、そして明らかに憐れむ様に見つめる様になった。

数多くの医師に薫を診させ、そして薬を飲ませた。

ただ一人の祖父が両親から薫を引き取って、祖父母の家で薫は育った。

祖父を信じ薫に変わらずの愛情をかけてくれた祖母が亡くなってからは、祖父だけが薫の味方だった。

近くに住む両親は、偶に祖父と薫の顔を見に来たが、決して祖父のいう事を信じてはくれなかった。

薫とは五つ年の離れた妹が両親と住んでいる。

残念ながら妹は両親に似ている。

決して薫に似ていない、美貌という言葉が当てはまらない妹だが、薫と違い余計なもの達が見えないし、寄っても来ないし命を狙われたりもしない。

祖父が高校生になって直ぐに死んでしまったが、祖父は両親に家と祖父の僅かな財産を、薫に残すと言い遺してくれたので、薫は祖父母の家で一人で住んでいる。

祖父が財産意外に残してくれた、妖刀村正と共に……。

両親は当然の事ながら、気味の悪い事しか言わず、得体の知れない傷を作ったりする薫との生活は望んでいない。

穏やかな妹と家族三人だけの生活に慣れてしまった両親にとって、何処かに魂が行ってしまった薫との生活は、ただの負担にしかならないのだろう事は、薫はずっと前から知っている。

そして、決して両親に自分が救え無い事も承知だから、薫も両親との生活は望まない。

己の事で精一杯で、両親まで気がいかないというのが、薫の本心だ。

そして死んだ祖父は四十九日が済んだ頃から、再びこの家に戻って来て、当たり前の様に以前同様に、薫と生活をしている。

食事を作ってくれ、容姿に似合わない弁当を作ってくれる。

母が暫く薫の為に食事も弁当も作ってくれていたが、体を壊してしまったから、食事は自分で作ると言った。それでも母は、哀れな我が子の為に弁当を作って持って来てくれる。

それと生活費を出してくれている。

そんな事は心配しなくていい程、祖父は残してくれているのに、親の良心でそうしてくれる。

自分達に理解できない、可愛そうな我が子に……。

そして変わらずに、医者に通わせ薬を飲ます。

薫はそんな母の悲しい気持ちが解る年になった。否、解る筈は無いが、そこは年の功の祖父が薫に言い聞かせたから、今も言い聞かせているから、だから薫は親の心配を煽らぬ様に、素直に医者のいう事を聞き、そして病気は良くなっていると安心を与えている。

身にかかる危険は、以前より大きなものとなっているが……。もはやそんな事など無く、ただ平穏に暮らして居ると見せている。

そんな日々を送って来た薫に、不思議な〝もの〟を持つ友ができた。

不思議な〝もの〟を持つ事の意味は、不思議な〝もの〟を持った者でなくては、その意味が分からない。

恐怖や不安や危機感……。

そんな〝もの〟を共有できる友など、存在()よう筈が無いと生きて来た。

だが今、その痛みと哀しみと疎外感を、共に共有できる友ができた。

ただ一人祖父しか理解してくれないと、悲観して生きて来たのに……。

今はこうして共に同じ〝もの〟を持って、共に歩いている。

ずっとひたすら、山の中を歩いている。


「叡山といえば有名な寺があるだろう?そこに行くのか?」


薫は黙々と歩き続ける大樹(たいじゅ)に聞いた。


「違うと思う」


大樹は神妙に答える。


「違うと思う?」


「叡山の寺々は、歴史に名を遺している物が多い。だが、俺らの云う〝神〟は真の〝神〟とは違う。……とはいえ、姫宮様を先に見つけたいのは同じだから、そういった所で、一族の者が修行してるとは思えない」


「だったら、孤金や孤白達は?かなり有名な神社の山に座す神様だ」


「ああ……。兄達は〝大神〟と言っていた……つまり神様じゃなく、大神様が存在するんだと思う」


「大神……?太陽神で最高神の?」


「……じゃない。だったらそう言うと思う。神話には多くの大神が存在する……たぶんその大神達じゃない大神様が存在するんだと思う……」


「俺ら人間が知り得ない〝神〟か?」


「知り得ないのか、忘れ去ったのか……否、消し去った神達だ」


大樹は閃いた様に薫を直視した。


「日本人に必要とされなかった神様達だ……」


「…………」


「否、必要とされなかったんじゃない……」


大樹と薫は真剣に、何かを追い求める様に思考を凝らす。


「あー!直ぐに姿を消して、再び違う名で現れたりする……」


「たぶん()()だ」


大樹も其処にたどり着いた様に言う。


別天神(ことあまつかみ)五柱(ごはしら)か?」


「たぶんその辺りだろう……それ以前の可能性もある……それなら合点がいく」


「人間とは距離を置いて、地球の均整を測っているのか……」


「ああ……。元来神は人間に興味など、持たれない筈だ」


薫の顔が綻んだ。


「俺らは主役じゃないって事?」


「俺らはこの星に寄生している生き物の〝一つ〟って事だ」


「主人たる地球が癇癪を起こせば、あっと言う間に……」


薫は両手を大きく広げて、山中(さんちゅう)の青々と茂る木々を見やって


「ドカーン!」


大声を出した。


「そうさ。ドカーン!瞬殺だ」


「一網打尽ってヤツか?」


「たぶん……な」


大樹が吐き捨てる様に言う。


「あっちもこっちもドカーンドカーン……」


「大地が揺れ火を噴き水が押し寄せ、全てを飲み込む……」


「はぁ……マジかぁ……」


薫はキラキラと瞳を輝かせて、口元を緩めたまま言った。

その顔は笑顔を作れずに、少し歪んでいる。


「じゃ……太陽神で最高神の大神は?少なからず人間に関係を持ってるよなぁ?」


「ああ……人間に関わりを持つ神様はいるから、だから俺達を護ってくれる神や仏が存在()るんだ。俺の処の菩薩様みたいに……」


「……って事は、姫宮様も神か仏に護られてるのか?」


「たぶん。姫宮様の夫の生まれ変わりの俺が、菩薩様と兄の力でこうして存在してるんだ、姫宮様ならもっとだろう?」


「……なるほど……!!!……なら、力のある神と仏の処を探せば……」


「それが、どっちの味方か分からんだろう?」


「………」


「姫宮様の大神の味方なのか……俺らの云う神なのか……」


「だが、どっちの神だろうが、姫宮様を助けてくれるのには変わりないだろう?事さえ上手くいけば、手柄なんてその神にやったっていいだろ?」


「道理だ。道理だが……」


大樹は言いかけて、木々の先を見つめた。


「何だ?大声を出したヤツが居ると思って来てみたら……悪ガキか?」


このご時世に、それは仰々しく修行僧の格好をした、それはむさい大柄な男が言った。


「ガチかぁ……」


薫が一目で理解して、溜め息を吐く様に言った。


「山中大樹です……一族の……」


大樹が神妙に言うと、むさい修行僧の大男は顔を明るくて大樹を直視した。


「マジで?……」


修行僧男は徐に近づいて来て、大樹の側で跪いて仰ぎ見た。


「マジで?……本当にこの日が来るとは……」


大樹の手を取って仰ぎ見ながら、驚愕の色を浮かべて言った。




山の奥に、それは手作り感いっぱいの掘立小屋に座した大樹と薫に、山中家一族の中でも、群を抜いて〝持っている〟と称された山中宗也が、甲斐甲斐しく自家製の茶など入れてくれて座した。


「もっと、年がいった人だと思ってました」


大樹が言うと、宗也は明るい笑顔を作る。


「山の中の寺に誕生した次男が、我が一族一と目されていたんだが、余りに群を抜いていすぎた様で、神様に見初められてしまって、早逝したからね……二番手の俺がね……」


「兄は早逝した時からずっと、俺の傍で守ってくれてました……」


「そうなのかぁ?そういう巡り合わせかぁ……」


宗也は屈託無く笑むと、自家製の茶に口を付ける。


「全て巡り合わせだ。俺の前の修行者は、何故か急に体調を崩して下山した」


「修行者が体調崩して下山?マジでウケるんだけど……」


薫が何時もの様に、悪怯れる様子も見せずに言う。


「……だろ?笑っちゃうだろ?……で、大学を出て宮司になろうとしてた俺に、白羽の矢が立ってさ……じゃなきゃ、俺は此処に居ない……」


「前任者は、そんなに年寄りじゃなかったの?」


「ああ……五十にはなってなかったはず……で、俺が此処に来て暫くしたら、周りが吃驚するくらい元気になってさ、何処かの寺の住職としてバリバリやってる……」


「マジっすか?」


「マジマジ……まっ、山中一族は大体宮司か坊さんしてるんだが、俺は家を継ぐ嫡子だったから、それなりの教育は受けたし、一応祖先の話しも聞かされてたからさ、可哀想なのは次男?その気無かったのに急に進路がそっちよ。そして跡取りだけが知らされる、祖先の話しを聞かされて覚悟を決めさせられる……って言っても、能天気な家系だから、此処に来て修行する俺より、マシだと思ってるみたいだがな……」


「修行って凄いんっすか?」


「いやぁ……修行っていっても、ほら有名な宗派とかの修行とは違う……第一持って生まれてるからさー、それに磨きをかける的な?……とも違うか……???精神の修行?……でも無いか……」


「じゃ、何も此処じゃなくとも……」


「此処だけじゃないよ、恐山にも居るはずだし……ほら伝説が伝説だから、持ってると疑わんヤツが山中一族には多い……したいヤツはする的な?」


「はぁ……?」


「なんか一族の中には、神の声を聞きたいってヤツいる訳よ……と言っても、聞けるヤツなんていねぇんじゃね?それでも修行して聞きたいって……ほらうちの一族の祖先は、ガチで神様と話したらしいからさ。その名残?此処以外は、ちゃんと修行する所があるからさ……何故だか此処は、本格的にこもらされるんだ……それもこんな所だから、荒業じゃんな?」


「ご神託ですか?」


大樹が神妙に聞く。


「いやぁ……君の生まれ変わる前のお方は、ご神託所じゃ無かったって話しだぜ……」


「?????」


「こんな感じに?」


宗也は大樹と自分を、交互に指しながら言う。


「マジで?普通に会話?」


薫が唖然としたように言う。


「……じゃ、言葉が解らない、なんてないじゃん?」


「おー、そうそう。次元が違うのよ次元が……」


いとも簡単に宗也は返事をする。


「……だから、本格的に修行を?」


大樹と薫が宗也の格好を見て言う。


「あー違う違う。これは俺の嗜好ね……」


スマホを取り出して、写真を二人に見せる。


「マジっすか?」


薫が呆れた様に言い放った。


「……いいね、意外ともらってますね」


大樹も呆れる様に言う。


「これね?友達が送ってくれた……現代人はこういうの、待ってんだと思う」


「えっ?」


「深層心理……脳裏の片隅……自衛本能……救世主をさ……」


「………」


「山の中の寺が焼けて菩薩が現れた……って騒がれたの知ってる?」


「ああ……それうちっす……」


力無く大樹が言う。


「うん。だけど写真載せてるヤツいないんだぜ」


「はぁ?幽霊的な?」


「映らないってヤツっすか?」


「さすがの現代人でも写せ無かったのさ……余りに尊すぎるその姿……」


「…………」


「初めての奇跡だからなぁ……だが、次には姿を写されるかもな」


「…………」


「次があったらの話しさ。人間の記憶なんてあっと言う間に消される。神の力だったら容易だ。だが今回は消されない……どうしてだと思う?」


「写真を撮ってないから?」


薫が答える。

それを宗也は、ほくそ笑んで見つめた。


「これから起こる事を、警告してるのさ……もはや何かが起きようとしてるのは、全ての者達が感じてる。それもさほど、そう遠い事じゃなくなって来てるのも察してる……菩薩の出現は奇跡だ。あの日天から雷鳴と共に激しい雨が、大火となるのを阻止して菩薩の姿を消した……もはや抗う事のできない〝何か〟が起きる前触れと人々に警告したんだ……」


「〝持って〟いる者や勘のいい者には、理解している者が現れてるって事っすね……」


「ああ……」


「……って、ここ電波を受信できませんよね?」


「うん。山奥だからね……だけど、一ヶ所だけ電波を受信できる所があるんだ」


「マジ?」


「俺は其処を、自然と文明の融合、と呼んでる」


「はぁ?」


薫は呆れる様に宗也を見つめた。


「昔は修行僧に負けず劣らずの修行をしていたらしいが、時代と共に俺ら……つまり選ばれた俺らね」


宗也はそう言って指を指す。


「……の感覚も変わるじゃん?まったりと精神を鍛えながら、自然観測してる者もいれば、千日回峰行をやり遂げた者もいる」


「ずっとこもり続けるんスカ?」


「まさか……他のヤツらは、自分の気が済めば終える。だけどここだけは違くて、次の者が現れるまで待機……前任者みたく体調を壊さん限り」


「……って長い人はいるんスカ?」


「……まぁ、体力の問題もあるから、そう年寄りは……とは言うものの、此処に居ると体力半端無く付くからさぁ……修行の他に野菜とかも作ってるし……自給自足的な生活はさせられるわな……俺は現代っ子だからちょくちょく充電しに降りてるけど……」



「……って、かなりの距離ですよね?俺ら丸一日かけて登って来た……降りて一泊して充電して登って来るとしても……」


「は?降りて充電して登って来る……半日ちょいはかかるけど……」


「はぁ?冗談でしょ?」


薫は唖然として言う。


「いやぁ……マジマジ……で、修行の場はこのもっと上な。さっき言った〝自然と文明の融合〟の先……」


宗也は上を指差して言う。


「さすがに其処は暫くこもらないと、まだ行けん」


「……まだって?」


今度は大樹が、唖然として聞いた。


「十何ヶ月か此処に居ると、ここから通える様になるらしい……前任者はそうしてたらしいが、体壊したから……ははは……」


豪快に宗也は笑ったが、話しを聞いている二人はただ単に、体力だけつけているとしか思えない。


「だが、そろそろだろうとは思ってた……そういう事は鋭くなってるから、念入りにコイツ確認してたんだ」


宗也はスマホを二人に見せる。


「大事が起こる前には、きっと何かがあると思っててさ……そういう事は此処に居ると研ぎ澄まされる……そしたら山寺が燃えた……たぶん一族一の〝者〟の所だと思った……マジで……マジで言い伝え通りに〝生まれ変わり〟が一族にいるなんて……」


宗也は感慨深い表情を作って言う。


「宗也さんには、解ってたんすか?」


「……我が一族の言い伝えなんて、本当かどうかなんか解らない……ってのが本心だ。此処にこもる者の大半は、きっと信じていない者の方が多かった筈だ。だが昨今の状況からして、良い方には行って無いのは、全ての人間が察してる。いつ何が起きるのか……明日ではないが、そう遠くないと感じてる……なんだか俺は、感覚がどんどん研ぎ澄まされていく感じなんだ……持って生まれた以上に……そして君達が来た事で、〝俺〟なんだな……って確信に変わった」


大樹と薫が宗也を見つめた。


「何故かは解らないが、そう思う……一族二番手で、今や一族一の勘かな?」


宗也はそう言うと、大樹を見つめて微笑んだ。

ただジッと、食い入る様に見つめる。



薫と大樹は宗也と共に、手作り感いっぱいの掘立小屋で雑魚寝する事になった。

夕飯は何と、カップラーメンにアウトドアなコンロで温めた湯を注がれて、きっちり三分待たされて頂いた。ゴミは宗也が充電の為に下山した時に、買い物のついでにきちんと、コンビニかスーパーのゴミ箱に捨てて来るのだという。

なんか、覚悟をして山奥迄やって来たが、想像していた以上ではないが、と言って楽な所でもない。

明日は〝自然と文明の融合〟の場所と、修行場に連れて行ってくれるというが……。


「青葉」


寝付けないのか、大樹が名を呼んだ。


「あー?」


「何処までが本当で、何処までが想像なんだろう?」


大樹は大真面目に聞いた。


「全部が本当だろ?」


薫は起き上がって、寝ている大樹を見て言った。


「……そうだよなぁ。次兄がずっと俺の側に居たのは、ずっと不思議に思って育ったもんな……夢でも無く想像でも無く……じゃ、天変地異が起こるのは本当だろうか?騒いでるヤツが騒いでるだけで、本当は何も起こらずに……今まで通り暮らしていけるんじゃないのか?」


「……かもしれんが、そうじゃ無いかもしれん」


薫が大樹を見つめるから、大樹も薫を見つめた。


「俺のじいちゃんはガチで死んでる。葬式をあげて火葬をした……納骨をする前に、じいちゃんは俺の所に帰って来て、何時もの様に世話をやいてくれた。肉体が無いのに、今まで通りの生活を送ってる……それはずっと続く事じゃ無いって、なんだか解ってて……だけど、ほら車……運転してくれた。お前の所に行く時……お前のうちは焼かれて、お前のお兄さんは、お前にキャッシュカードを持たせた……宗也さんは宮司にならずに、此処に来させられた……此処は何も起こらず静かだから、だからちょっとそんな気になるが、今迄の俺たちはどうだった?」


「そうだなぁ……此処は静かすぎる……今迄の事が嘘に思えるくらいにさ……」


大樹は瞳をキラキラと、輝かせて言った。


「お前ぐっすり寝ろ……疲れ過ぎてるんだから……」


薫は今までに見せた事もない様な、優しい顔を向けて言った。


「……そうかな……ちょっと疲れたかもな……」


大樹は大粒の涙をスーと流すと、目を閉じて眠りについた。

久しぶりに深い眠りについた。


……いつからだろう?ぐっすり眠っていなかった様に思う……


次兄がずっと護ってくれていた時からか?

それだったら、そうとう長い間ぐっすりと眠れないでいた。

神気の高い神聖な山の奥だから、安心してゆっくり眠る事ができるのかもしれない。



翌朝大樹は、陽が高く昇る迄ずっと寝ていた。

静かに……本当に静かにゆっくりと、大樹は瞳を開けて目を覚ました。


「おっ!起きたか?」


薫は大樹が目覚めたのを確認すると、満面の笑みを浮かべて言った。


「早く出て来いよ。孤白と孤金が合流した」


「ああ……」


そうだった……叡山に着いて山を登っている間に、あいつらと逸れてしまったんだった。

……っというより、故郷の山の森林に似た景色に、有頂天になって二匹がはしゃぎ過ぎて、逸れたというのが正しい。


「お前ら……」


大樹は外に出て、二匹を見て顔を顰めた。


「お許し下さいませ。散々薫殿に小言を喰らいました」


孤金が項垂れて言った。

尖った耳を伏せ、大きくふわふわの尻尾を垂れている。


「……ってゆーか、当たり前だろーが?一応心配をしてやったんだからな!」


「心配などされずとも、二人の事を探し当てるなど、造作もない事にございます」


孤金とは正反対に全く悪びれずに、孤白は赤目を薫に向けて言う。


「あーそ?心配してごめんなさいね!」


薫は負けじと孤白に言い放つ。


「いやいや二人共、そんなに心配して無かったってーのが、本当の所なんだからさ……だろ?」


大樹は薫を見て言った。


「はん。はっきり言うの悪いじゃん?」


薫が孤白を一瞥して言いやる。


「うおー!」


そんな薫と孤白の間に、宗也が割って入って来た。


「狐……狐か?マジ?喋る狐か?」


すかさずスマホで写真をカシャリ。


「喋る狐ではございません。我らは遣わしめにございます……そちらのカシャリは、勝手にご使用になられませぬ様に……」


「へっ?」


宗也は、したり顔の孤白に唖然とする。


「我らも多少なりと〝力〟は持ち合わせておりますゆえ……」


「遣わしめ……?神様の?」


宗也は力無く笑んで、大樹と薫に目をやる。


「マジかぁ?君達凄いんだね」


「凄いのは山中しょ?姫宮様探しの重要人物……」


「あ?ああ……そうか……そうだ……」


宗也とてこの状況を、完全に把握して納得するにはもう少し時間がかかる。

代々山中に伝わる伝説……。

真か否か……。

それは誰も知らない。かの、かの昔愛し合った姫宮様と、そのお方に全てを捨てさせた山中の祖先以外は……。



昼もカップラーメンに、湯を注いで三分待つ。


「遣わしめもカップラーメン食うのか?」


尚も薫は孤白に、難癖を吐きたい様に言う。


「我らは貴方様方と違い、食さずとも構いませぬが、カップラーメンは実に美味うございますれば、頂ける物は頂きます」


孤白は動ずる事なく言って、カップラーメンを見つめる。

赤い瞳がジッと見入って、大きくふわふわした尻尾がゆらゆら揺れている。


「お前ら食った事あんだ?」


孤白の瞳に負けぬ、黒目が大きな薫が言う。


「主人にお仕えいたす身ゆえ、多少の経験は致します」


「……経験?」


「あなた方人間について……」


「ええ?マジで?」


宗也が薫と孤白の間に割って言った。


「我らが主人は、あなた方にそれは慈悲深き〝大神〟にお仕え致しておりますゆえ……」


そう言うと、ピンと耳を立てて、カップラーメンの蓋を嗅いだ。


「頃合いでございます」


ポンと蓋を剥ぐと、暫くカップを見つめる。

孤金も孤白に習って、同様に蓋を剥いで覗き込んだ。


「はん。猫舌め」


薫が嘲る様に言って、麺を啜って渋面を作った。


「慌てる者は火傷を致しますゆえ、お気をつけなさいませ……」


孤白が鼻で笑う様に、舌をヒリヒリとさせてベロを出す薫を一瞥して言った。


「…………」


「あの二人……って言うか、一人と一匹は何やってんだ?」


宗也が二人を見て大樹に囁いた。


「似たもの同士のいがみ合い」


大樹は気にする様子も無く、宗也に言った。


「あーなる程……」


腹拵えが済むと宗也は、〝自然と文明の融合〟と呼んでいる場所に、二人と二匹を伴って向かった。

手作り感いっぱいの、掘立小屋から更に山を登る。

木々が更に鬱蒼とし、人道は無くなり獣道すら無い所を、宗也はそれは驚く速さで登って行く。

それは、遣わしめの孤白達が感心する程だ。

マジで、体力のみを鍛えているとしか思えない。


「マジでアイツ凄え……」


さすがの薫が、口汚い言葉など発せられない程の険しい山間を、宗也はとっとと早く行っては、大樹と薫が辿り着くのを待っては先をゆく。


「ほら見えて来た、もう少しだから頑張れよ」


宗也が指をさした彼方を見つめて薫は、荒い息を吐いて立ち尽くした。


「マジかぁ……」


太陽が歪む様に真っ赤に大きく揺れている。

その方向に目を向けると、其処は山の端の崖っぷちの先の先……の様に薫には見えた。


陽が沈む……。

先程まで大きく揺れて燃えていた太陽が、空を染めて名残惜しい姿を見せながら沈んで行く……。


「ほら……」


宗也はスマホを二人に見せて笑った。


「ゲッ、マジ?電波……立ってる」


薫は自分のスマホを取り出して、驚愕の声を上げた。


「お、お、お?なんだ?日暮から凄え着信にライン……」


「俺も……」


大樹はそう言うと、山間を響き渡る着信音にスマホを見つめた。


「もしもーし!もしもーし」


元が大声で怒鳴り声を上げている。


「もしもし、日暮?」


「おっ!やっと繋がったか?今何処だ?お前ん宅大変だったろ?学校休みだし、青葉も居らんから心配した」


「あーいろいろとあって今叡山なんだ」


「ひ、叡山?山か寺か?」


「山だが寺じゃない……」


「じゃ……って、何処だ?俺も其方行くわ」


「はぁ?」


「いや、なんかずっと落ち着かんから、俺も……」


「……ってお前は……」


大樹が言いかけた瞬間、頭上を燃え盛る炎球が天から投げ落とされて、地上に落ちて行った。


「ヤバい!」


「えっ?」


宗也は二人を岩穴の中に連れ込んだ。

地上に落下した炎はパッと花火の様に光を放ったかと思うと、物凄い音を立てて地上を焼いた。


「見つかった」


「コイツで?」


「……かもしれない……」


「日暮、此処はヤバい来るな。必ず連絡するから、だから来るないいな!」


大樹はそう言うと慌てて電源を切った。


「人家がやられた?」


「いや、寺だ……」


「寺?」


「ガチの方だ」


宗也は今まで見せた事も無い、真顔を作って言った。


「ガチ?」


「お前らを狙ってる」


「…………」


「此処は神山だ。神や仏に護られてる……だが、相手が神や仏だったら争えない。とにかく反対側から降りよう」


「下山するんすか?」


「下から焼かれたら仕舞いだろ?」


「神山ごと焼き殺す気?」


「……とは思えんが…今の相手は?」


「ああ、友達です……」


宗也はジッと大樹を見つめた。

大樹が恥じ入る程に見つめた。


「下山したら、その友達と合流した方がいい」


「はぁ?日暮は何も持って無いのに?」


薫が不満げに言い放った。


「何も持って無いって?」


「ああ……青葉や俺みたいに、見える能力が無いんです」


「違うんだ……そうだ、違う……」


宗也は再び、天から放たれた炎を見ながら言った。


「俺が選ばれたのはこの為だ……」


「えっ?」


「前の修行者だったら、彼とは連絡ができなくなってる……。此処を探し当てたのは俺だから……そして、君達二人も彼をこの災いに引き込まない……つまり連絡は断つ、だろ?……だめなんだ、三人居ないと姫宮様は見つからない?……いや、違う。大事が行えないんだ……」


「宗也さん、何を言ってるんだか?」


「……俺は山中家で二番目に〝持ってる〟。その為に修行させられた……この為だ。君達三人を(はぐ)れさせぬ為だ」


宗也は大樹の肩を力強く握った。


「彼には気の毒だが、彼も駒の一つだ。いいかい?下山したら、とにかく彼と合流してくれ」


「俺達どうすれば?」


「神山は分かるよね?」


「ええ……」


大樹が頷くと孤白が宗也を見つめた。


「私共が分かります」


孤白が言うと、宗也はニヤリと笑んだ。


「そうだった……遣わしめが居るんだった……じゃ、間違う筈はないか……神山に潜めば気配を消せる筈だから、そうしながら霊峰に……」


「霊峰?」


「日本の霊峰だ……其処に存在(ある)はずだ……」


「何が?」


空かさず薫が聞く。


「答えだ……残念だが其処迄しか俺には分からない」


宗也はそう言うと、洞穴を出て歩き始めた。

地上が赤々と燃えている。


「かの昔焼かれた時は、神も仏も沈黙して寺や山を燃やされました。それは人間達のする事だから、決して手を差し伸べる事はされないからです……」


孤白は共に歩きながら言った。


「だが、今回は神が関与されている……」


ポツポツと天から大粒の雨が降り始めた。


「また、消火を手助け頂けるって事?」


「あなた様方の〝神と仏〟も、奇跡としてお助けくださりましょう」


「……って事は、俺を狙っているのは〝真の神様達〟か……」


孤白と孤金の力で、雨に濡れる事無く大樹は天を仰いだ。


「山中、お前だけじゃないかもしれない……」


薫が白い顔を向けて言う。


「青葉……お前にも役割があるって事?」


「……たぶん……」


宗也は先を歩きながら言った。


「姫宮様に何らかの関わりが?」


「たぶん……」


宗也は振り向きもせずに言う。


「俺もそう思う……」


薫は小さく呟いた。


小さい時からずっと……ずっと……それがこれと関わりがあるかは分からないが、〝真の神様達〟の仕業だとは思えないが、だけど、何か関わりがある様に思っている。

……そう、山中の寺が襲撃された時から……。

否、祖父が帰って来た時から、何かが起こる事は理解していた。

そうでなければ、死んだ祖父が帰って来て、変わる事無く世話をしてくれられる筈が無い。

自分の為に神が、仏が慈悲を与えてくれたなどと、そんな甘い考えは持たない様に育った。

物心が付く前から、異様なもの達に狙われて来たのだ、そんなにこの世界が甘く無い事は知っていた。

そして遣わしめ達と会ったのは、決して偶然では無い事も想像された。

ただその理由が分からない。分からないが、山中が姫宮様に関わりのある人物であったのならば、自分も何かしらの関わりを持っていてもおかしくないのは理解している。

それを知る事は、薫にとって幸せな事だろうか?それとも……。

まあ、今まで一人で来たのだ、どんな事になろうと今は山中が一緒なら、一人だった今までよりもまだマシだ。

薫は白い顔を蒼白くさせて、真顔を崩さない。

雨は激しさを増して降り続く。

大樹の寺が焼けた時よりも激しく……。


「ここで少し休もう……」


宗也はそう言うと、山の中腹辺りで腰を落とした。


「凄い雨なのに、神使の力って凄いんだね」


宗也は力無く笑んだ。


「容易い事でございます」


孤白は神妙に言った。


「そう言えば大樹君」


宗也は大樹を見つめて言う。


「はい」


「連絡先の交換しておこうか?」


「あ?はい」


大樹がスマホを取り出した。

すると宗也はそのスマホを取り上げた。


「???」


「いや、無いとは思うんだが、もしも〝これ〟で見つかるといけないからさ」


「……でも……」


「俺の……一族の者の連絡先は入ってる。君のお兄さんのも……」


「…………」


「跡取りの会的なものがあるんだよ……マジで……跡取りは覚悟ができてる。本当か否かなんか関係なくだ……」


「だったらこれはここに……」


「いや……少しでも、君達が霊峰に行く時間を稼ぎたい」


「ちょっと待ってください、それって……」


「俺はここから君達とは反対に行く」


「いや……」


「これは俺の役目だ。だから君は君の役目を果たしてくれ……」


「……………」


「これが深刻に考えなくていい物だったら……また会おう。今度は修行場に連れて行く」


「もしもそうじゃなかったら?」


「役目を果たすまでだ……一族一の君のお兄さんは、ちゃんと己の役目を果たした。二番目の俺が果たさなくてどうする?……だろ?元気だったらインスタに、こいつらあげるから……」


「宗也さんのはこっちですって……」


「そうか……」


宗也は笑うと、少し唇を震わせた。


「霊峰へは行けるよな?」


孤白と孤金の頭をさすって、宗也が聞いた。


「お任せくださいませ」


「うん、任せた……」


宗也はそう言うと、大雨が降る山の中に飛び出して行った。

走る速さは驚く程だ。

かの昔の忍者が、修行をして人間離れした活躍をしたと言い伝えられるが、それは嘘では無いと思わされる程に……。


……此処までしても惜しくない……


宗也はそう思いながら走った。


宗也が大樹を見つめた時、彼の脳裏に青い大きな鳥が降りて行くのが浮かんだ。

天から降りて来るのか、何処かに向かって降りるのか……。

其処には美しい姫宮様と、かの昔こよなく姫宮様をお慕いした、山中一族の誇るべき祖先が……。

その全てを捧げて、姫宮様に全てを捨てさせた祖先、その生まれ変わりが大樹だ。

伝説は本当だ。本当に起こる。

その為に一族は存続してきた。

そして自分が生まれ育った意味が、其処にある。




「我らも参りましょう」


孤白が二人を促して歩き始めた。

大雨は降り続いて、地上の火災を消しやっているだろうか?

この神山の一つである、神と仏に護られた山を焼かずに済むだろうか?

泥濘む足元を気にせずに歩き続けて、山の麓まで辿り着いた頃、山の反対方向に向けて、炎の玉が天から物凄い勢いで落下した。そしてその辺りを真っ赤に染めた。


「宗也さんじゃないよな……」


薫が蒼ざめた顔を強張らせて言った。


「…………」


「なぁ……違うよな?」


「……日暮と何処で落ち合うか決めんと……」


「なぁ?」


薫は大きな瞳から、大粒の涙を溢して言った。

大樹が視線を伏せて涙を流す。


「俺ら何をしてんだ?何をされてんだ?」


薫が絶叫する様に言う。


「……其処迄の事をして来たって事だ」


「俺達がか?……違うだろ?……じゃ、なんで?どうしてさ?」


「……じゃ、やめろよ。お前はやめろ……」


「……じゃ、お前は?お前はやめんの?」


「俺は行く……兄さん達の言う通りに、宗也さんの言う通りにする……」


「どの道半分だ。半分は死ぬ……」


「ああ……半分生きる為に行く」


大樹は無表情で、俯いたまま言い捨てた。

薫は蒼白く強張らせた顔を、大樹に向けて佇んだ。

激しさを増す雨の中……。



最後までお読み頂き、ありがとうございます。

〝姫宮〟で再びお会いできれば……と思っております。

ありがとうございました。

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