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私はもう一つ同じものを取り出すと、アパートに向けて、中身を少しずつばらまきながら歩いて行く。あと、少しでアパートの敷地に入るとおもい、少し気持ちが緩んだ。
ふっと何かが動いたと思ったら、手に何かが当たって、持っていた紙包みがぱらりと落ちた。
そして私を拘束するかのように、黒い縄のようなものが伸びてきて、手首へと絡みついた。
今更ながらに声をあげようと口を開けたら、口を塞ぐように何かが巻き付く。そのままジリジリと暗闇へと引っ張られていった。
助けも呼べず、これまでかと諦めそうになった時に、声が聞こえた。
「目を閉じろ!」
何かを考える前に反射的に目を閉じた。瞼が強い光を浴びた時みたいに、白くなった。それが収まると、私は自由になったことを知った。腕や口の動きを阻害していたものが消えたのだ。
瞬きを繰り返して視力が戻るのを待った。そうして目の前に立つ人がいるのに気がついた。その人物が助けてくれたのだと気がついた。お礼を言おうと口を開こうとしたら、腕をグイっと引っ張られた。
ザシュ
その人物の後ろに庇われる形になったから、その人の動きは見えなかった。でも恐る恐る振り返った私の目には、剣を捧げ持った男の姿が写った。油断なく辺りに目を向けていた男が、ふっと力を抜いた。そして私のことを見つめてきた。
「大丈夫か」
低い声で問われて、一瞬ポーッとなりかけた私は、ハッとした。今までにこんな美丈夫は見たことがなかったのだから。
「あっ、だ、大丈夫です」
「本当に? 痛むところとか、違和感を感じるようなところはないのか」
問いかけながら男は近づいてきて、私の頬に右手を当ててきた。親指の腹で下唇をなぞるように触られて、背筋をゾクリとしたものが駆け抜けた。ビクリと体が跳ねたら、男の左手が腰に回って男の方に引き寄せられた。
「あっ」
思わず声が出たら、男は眉間にしわを寄せて顔を近づけてきた。近さに耐えられなくなり、私は目を瞑った。
?
私が目を瞑っている間に、男の手は顔を撫で、腕を掴んで手首を触ったり、体の至る所を撫で回していった。
バチーン
その手が足に触れ、タイトスカートから太腿に達した時に、私の右手は彼の頬を張り倒した。
「何をするんですか! いくら変なものから助けてもらったとはいえ、体を許すつもりはありませんからね!」
男から一歩離れて睨みつけたら、頬を張られて呆けていた男が、ハッと正気に戻った。
「すまない。『穢れ』に侵されていないか見るのに夢中になり、年若い女性に対してすまないことをした」
そういうと、潔いくらいに深々と頭を下げた。穢れとは何だろうと思ったけど、そういう意味で触りまくっていたのではないとわかった私は、恐縮してしまった。
「あっ、いえ、その、ごめんなさい」
「いや、『穢れ』を見るためとはいえ、了承も得ずに触ったのは、こちらの落ち度だ。言葉だけで許されることとは思えない。何かお詫びをしたい」
「いえ、私も頬を叩いてしまったので、それでおあいこということにしませんか」
美丈夫に謝られて、私はドギマギと答えた。男は少し思案した後、ふっと笑った。
「そうしてもらえると助かる」
その笑みに再びポーッとなった私の耳に、彼の声が聞こえてきた。
「ところで、こんな深夜に女性の一人歩きは感心しないな。家はどこだ」
「あっ、今日は残業で遅くなったのです。うちはここのアパートです」
そばの建物を見上げてそう言ったら、男の視線も建物へと向いた。
「そうか」
とだけ言い、それきり黙ってしまった。私もどうしたものかと、困ってあらぬ方を見ていた。そうしたら視線の先の闇の中に、何かが蠢いている気がした。
男が私の視線に気がついた。身振りで下がれといわれた。私と男の位置が入れ替わった。と、闇が広がったと思ったらその闇は、私の横を通り抜けて飛んで行ってしまった。
「キショウ! そちらに行ったぞ!」
男が声をあげた。決して大きな声ではなかったのに、応じる声が聞こえてきた。
「ソウゲツ、取り逃すなよ。あっ、こいつ素早い。待て~」
声が遠ざかるのを聞いて、男もこの場から離れようとした。行きかけて止まると、男は私に言った。
「あなたは早く部屋に入ってください。ああ、そうだ。気休めですが、これを」
シャツの中に手を入れた男は、掴んだものを私に渡すと、立ち去って行った。私はその姿を呆けた様に見ていたけど、男の姿が闇に紛れるように見えなくなって、慌てて自分の部屋へといった。
部屋の中に入り扉に鍵をかけて、やっと安堵した。そのままヘナヘナと座り込みそうになったけど、何とかパンプスを脱いで部屋の中に入った。
受け取ったものを摘まんで目の前に持ち上げた。
「これって……勾玉?」
紐がついているそれは蒼い色をしていた。彼の体温が移っていたのか、ほんのりと温かい。
先ほどのことを思い出して、私の顔は一気に赤くなった。
勘違いをするにしても、あれはないと思う。
あったばかりでキスをされると思うなんて。
「それよりも、明日も仕事なんだから、さっさと寝ないと」
私は呟くように言った。お風呂に入り布団に横になったけど、そう簡単に眠ることは出来なかったのだった。