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白銀の左手  作者: 蘭千阿
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第二話

「ドラ・・・ゴン・・・」


赤い竜は、侵入者の存在に気づき、ゆっくりと体を起こす。

長い首を伸ばすと頭の高さは人の身長の5倍はあり、

その高さから黄色く光る眼光が鋭く彼らを睨みつける。

その圧倒的な存在感に、5人は血の気が引いて体が震えだすのを感じた。

過去の報告によればレッドドラゴンを退治できた冒険者は5人1組のパーティでそのレベルは平均で60、

レベル30を超えたばかりの5人にとっては絶望的な戦力差であった。


「リアンナ・・・転移魔法の準備を・・・」


「は、はい」


目の前の怪物が暴れだす前に一刻も早くこの場を脱出しなければと

レオンは小声でリアンナに転移魔法の準備を指示した。

転移魔法は白魔法でも上級魔法に位置し、詠唱には2分程度の時間がかかる。

それまでにドラゴンが何もしないことを彼は願った。

だが、その願いは儚くも打ち砕かれた。


「グオオオオオオオ!!」


ドラゴンは5人を敵意をこめてうなりを上げる。

そして丸太のような太い後ろの二本足で立ちあがり、右側の前足を振りかぶる。


「レイはリアンナを守れ!ランは後方で魔法攻撃!ティトと俺は前で奴の気を引く!」


「散開!」


レオンは体に生じる震えを抑えながら声を張り上げ、仲間たちに指示を出した。

ドラゴンの注意をそらし、その間にリアンナの転送魔法を完成させて隙を見て脱出する。

その筋書きを立てて彼は命懸けで怪物と向き合う覚悟をした。


「こっちだ!」


ティトは叫ぶように声を上げてドラゴンの気を引く。

そしてドラゴンの右側に回り込むように走り出した。

それにつられるようにドラゴンは体の向きを変え、鋭くとがった爪を彼に向けて振り下ろす。

ティトは奥に向かって跳び、受け身を取る。硬いもの同士が衝突する轟音とともに地面が揺れる。

ドラゴンの爪は床である岩の一部をえぐった。

これに当たれば人体など一瞬で肉塊と化すことは想像がたやすい。

迫りくる死の恐怖と向き合いながらティトは体を起こす。

彼の反対側ではレオンは震える足を奮い立たせて、竜の背に向けて剣を振り下ろした。


「硬い!」


鋼で出来たそれは竜の強靭な鱗により弾かれ、彼もまた体勢を崩した。

ドラゴンは背中に受けた衝撃に全く意を介さない。

レオンは立ち上がり、剣にできた刃こぼれを見る。

幾多のモンスターを狩ってきた鋭い刃は一瞬にして朽ちる寸前のようにぼろぼろとなった。


「ブリザード!」


レオンの後方に控えていたランが呪文により鋭くとがった氷柱を作り出す。

杖をドラゴンに向けると氷柱がドラゴンめがけて飛翔した。

ドラゴンに当たったそれはガラスが割れるような音を残して砕け散った。

ドラゴンはフンと鼻を鳴らせると体を回転させ、尻尾を鞭のようにしならせてレオンたちを襲う。

とっさにレオンたちは体をかがめる。

頭上に尻尾が通り過ぎる際の重く低い風切り音にレオンの額には冷や汗がにじむ。


ドラゴンはなおもティトに向けて爪を振り下ろす。

2撃目、3撃目。

そのたびに彼は体を跳ねさせてドラゴンの攻撃をかわす。

重い甲冑を装備しての回避は彼の体力を奪い、チトは汗を大量にかきながら肩で息をする。

膝が笑い、思わず片足を地につける。

レオンの剣戟やランの魔法によりドラゴンの注意を彼からそらそうとするもそれは全く見向きをしない。

これは狩りである、強きモノが弱きモノを蹂躙し、その肉を喰らうための。

そしてその対象として選ばれたのはドラゴンの目の前で力を使い果たそうとしている少年。

ティトの目にはドラゴンがまるで自分の無力さをあざ笑うかのように見えた。

ふざけるな、と彼は瞳に怒りの色を滲ませる。

せめて目の前の強者に対して一矢でも報いようと、

彼はすっと立ち上がり、剣を持つ右手を握りしめる。

ドラゴンは彼を絶命させんと右腕を振り下ろした。

それを確認したティトは前へと跳びあがり、振り下ろされたドラゴンの右手を伝って走る。

その余裕に満ちた邪悪な目を潰さんと、彼は跳躍してドラゴンの右目を突いた。


「アアアアアアアアアア!!」


ドラゴンは慟哭と共に身をよじりティトを振るい落とす。


「皆さん!あと少しで脱出できます。私の周りに集まって!」


リアンナの声と共に時間稼ぎをしていた3人が集まり始める。

ドラゴンは残った左目に怒りの色を滲ませ、集まった5人を睨む。

そして、思い切り息を吸い込んだ。


「ブレスが来る!」


ドラゴンの様子を見たティトが4人より前に立ち盾を構えて攻撃に備える。

それから数秒後、あたりに響き渡る轟音とともに炎が彼のもとに襲い掛かった。

一瞬で盾は高熱になり、鋼でできたそれは赤く輝く。

盾から左手につけた籠手へと熱が伝達し、まるでオーブンで熱せられているかのように左手が熱くなるのを覚える。


「あと10秒です!持ちこたえてください!」


盾を持つ手からは肉の焼けるにおいがし始め、籠手のすき間から煙が立ち上る。

すでに左手の感覚は失われている。

鋼の盾が飴のようにひしゃげる。

守り切る、その一心でティトは歯を食いしばった。

彼の後ろには肩を寄せて吹きすさぶ業火から身を守る4人がいる。


「テレポート!」


リアンナの詠唱により辺りが光に包まれる。

その光と共にティトは意識を手放した。


オールドフィールド国立学園の中庭。

辺りは芝生や木々が生い茂り、木製のベンチやテーブルが配置され

生徒たちの憩いの場所となっている。

レオンたち5人はそこの芝生の上に転移した。


「ティト!しっかりしろ!」


ただ一人、気を失って倒れていたティトの体をレオンが揺さぶる。

彼の顔色は白く、表情はピクリとも動かない。


「落ち着いてください」


リアンナは倒れているティトの体を確認する。

唯一の気がかりは今も煙を発している左手。それ以外は目立った外傷はない。


「レイさん、ハゼット先生を呼んできてください」


「わかった」


プリムラ・ハゼットはこの学園で白魔法を教える教員であり、

この国でも有数の名医でもある。

彼女ならばとリアンナは考え、レイに連れてくるよう頼んだ。

その内に彼女はレオン、ランと共にティトの装備を外し怪我の有無、程度を確認することにした。

幸い胸部や脚部で守っていたところは大きな外傷、火傷はなかった。

胸に耳を当て心音、呼吸を確認。弱々しく不規則になっている。

残るは一番被害が大きいと考えられる左手の籠手。


「・・・外れませんね」


籠手を外そうと引っ張るも腕も一緒についてしまう。

熱により皮膚と籠手がくっついてしまったと考えられたため

無理やり外すことは得策ではないと彼女は判断し、


「ヒール」


ティトの体全体に向けて治癒魔法をかける。

少しでも助けになるようにと彼女はレイと異常事態を察した教師たちが来るまで魔法をかけ続けた。


数時間後、ほのかなアルコールの臭いを感じてティトは目覚めた。

目を開けるとともにダンジョンを探索していた4人が周りを取り囲んでいることに気付いた。

4人とも探索装備を付けたまま、レオンは神妙な面持ちでレイとリアンナは

眼から涙をボロボロとこぼしている。ランもまた憔悴している。

仕方あるまい、とも彼は思案した。

今までで一番の、自分たちの歯が立たないほどの強敵であった。


「すまない、ティト。俺の判断ミスだ」


レオンは声に嗚咽を交えながら俯いた。


「その腕のことだって、ッ・・・」


ティトは先ほどから全く感覚のない自身の左手を見る。

包帯でぐるぐるに巻かれ、肘の先からは途中で喪失していた。


「いいんだ。みんな無事ならそれで」


ティトは顔に微笑を浮かべてレオンに応えた。

その表情はまるで仮面を貼り付けたようで4人からも彼が無理をしていることが分かった。


「ごめん皆。少し一人にしてほしい」


その言葉を受けて4人は陰鬱な表情のまま病室を後にした。

結局ティトの左手は籠手を外した時には炭化しており、治癒魔法を持っても回復が不可能であった。

重度の火傷による命の危機があったことから彼の左手は切断された。


「これでよかったんだ・・・」


一人になった病室で呟く。

他の誰にも取り返しのつかない被害は出ていない、

仲間を守り切ったことを誇りに思え、そう心に言い聞かせるも


「何で・・・」


彼の両目からはとめどなく涙があふれた。

その日、彼は声を押し殺して一晩中泣き続けた。

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