第七十六話 〜そして日常へ〜
校内に鐘の音が響き、思わず肩を震わせた。
顔を上げると見慣れた放送室に居て、パイプ椅子に座り鞄を抱える姿勢で目を瞬かせている。
何もかもが一瞬の出来事のようにさえ思え、白昼夢でも見たのかと思ってしまう程だった。
放送室を見渡せば、皆も同様に困惑した様子で顔を見合わせている。
それを見て、初めて夢などではないと実感した。
「午後から何する予定だったんだっけ?」
未由斗はごく普通に尋ねる。
次の瞬間、横から襟元を掴まれ、倒れそうになるのを何とか堪えた。
「アルさん!そんな……何もなかったみたいに言うなよ!」
「……何も、なかったよ? ゆいりん」
それは未由斗なりの気遣いでもあったが、唯李には伝わらなかった。
皆に宥められ、唯李は悔しげに手を離す。
「何で……どうして、そんな……」
「私達は、ここではただの女子高生でしかない。
何もなかったと、言うしかないんだよ」
異世界に行って、冒険してきたなどと言っても信じる者は居ない。
ディヴァースのことを夢で終わらせるつもりはないが、ここでは秘匿せねばならないのだ。
その切り替えを、未由斗は逸早くしてみせた。
こういう時は、淡白な未由斗の性格が羨ましく思える。
「あー、間違ってアルとか呼びそう」
郁恵が苦笑すると、弥栄子も頷いた。
「やっと呼び方に慣れて来たところだったもんねぇ」
すぐに戻せそうにないと実星も困った様子で呟く。
そんな仲間達とは別の不安を、涼子は持っていた。
ディヴァースでは過去の柵もなかったかのように自然と触れ合えていた、未由斗との関係である。
「さみぃ、あの……」
声を掛けられ、未由斗が振り向くと、涼子は恥ずかしそうに俯いてしまった。
それに苦笑し、未由斗は一度視線を外す。
「……さ、放送局の活動、やっちゃおうか」
その為にここにいるのだと、未由斗が言うと、皆は渋々といった感じに動き始めた。
「みんな、サプライズ誕生日、ありがとう」
少しぎこちないながらも、未由斗は謝意を笑顔で伝えようとする。
皆は驚き、顔を見合わせると、未由斗を囲んだ。
「そうだった!すっかり忘れてたわ!」
「次はちゃんとニ月にやってよね?」
「おーおー、言ったな、このじゃじゃ馬娘!」
「脈略なくじゃじゃ馬とか言われても……」
首に腕を回され、未由斗は郁恵と顔を並べる状態になった。
「今度はもっと楽しそうにしてよー?」
「壬生っち、そんな私が楽しんでないみたいな言い方──」
「え?あれで楽しんでたとかマジ?」
そこまで酷かったのかと、未由斗はさすがに反省する。
「あーあ、明日からってか今からイケメンなしの生活に戻るのかぁ」
「莉音ちゃんはイケメンが、っていうより……」
「そうそう、莉音は特定の一人が……」
実星と季織が目を細めながらニヤニヤしながら言うと、莉音は怒って手を振り上げた。
慌てて逃げる二人を、莉音は追う。
その光景を見て、未由斗は改めて思った。
ここに居ても、ディヴァースに居ても、場所が違うだけで皆の本質は変わらないのだと。
勿論、それには自分も含まれる。
「涼ちゃん、私は……昔のように戻れるのかな」
「っ勿論!あ、でも、無理はしなくていいの」
「ありがとう。……放送室だと不思議といける気がするんだ。
異世界と繋がってるのかな?」
苦笑する未由斗に、涼子は寄り添う。
「私はね、どんな未由斗ちゃんでも構わないんだよ。
だって……全部、未由斗ちゃんでしょう?」
「涼ちゃん……」
「中でも、笑ってる未由斗ちゃんが大好き、ってだけ」
涼子は未由斗の腕をギュッと抱き締め、さらに身を寄せる。
「はい、そこ、妖しい雰囲気出さない!」
「えー?せっかく拒絶されなくなったのに?」
郁恵の指摘を不満げに涼子が返すと、しばらく落ち込んでいた唯李がフラリと未由斗に近付いて来た。
「さみさん……俺というものが居ながら、酷い!」
「勝手に人を女遊びする奴みたく言わないでくれるかなぁ?」
「さみは私のよ⁉︎」
「いーや、俺のだね!」
「いやいや、あたしのだよ」
「どうぞどうぞ」
どこかで見たようなやりとりに、笑いが起きる。
未由斗も、つい笑ってしまった。
「二人ともあっさり……酷くない?」
「冗談だって!愛してるぜ、さみさん」
「ありがたくない愛をありがとう」
「そっちの方が酷くない⁉︎」
これで良かったのかと、未由斗は過去の自分に言い聞かせるように自嘲する。
表に出すのは正直な感情を。
戒めだとか、けじめだとか、そういった個人的なものに、周りを巻き込んではいけない。
色々と思うところはあるけれど、少なくとも放送室ではそれを受け入れられる気がした。
その後、わいわい騒ぎながら放送室の掃除をしているうちに、日が暮れてしまった。
寄り道するという皆を放送室で見送り、未由斗は一人だけ残る。
一緒にと誘われたが、遅くなる前に帰宅したいというのと、さすがに疲れた様子を見せると、皆も承知してくれた。
誰も居なくなった放送室で、未由斗は帰る支度を済ませると、ゆっくり深呼吸する。
「アモイ」
短くそう呼ぶと、目の前に彼が姿を──現さなかった。
『何だい、マスター』
呼び掛けには応えてくれたが、姿は見せない。
『声に出して呼んだの、すっごい恥ずかしかったじゃない!』
『悪い悪い、あまり姿見せない方がいいだろ?』
『駄目なら声に出さないよ……』
『一応、まだ周辺に人の気配もあるしな。念の為だ』
気を遣ってくれているので、無下には出来ない。
『まあ、ありがと。……あと、ちょっと安心した』
夢などではないと解っていても、やはり実感が湧かない。
異世界との繋がりがアモイという形でそこにあることに、未由斗は安堵した。
すると、唐突にアモイが姿を見せ、未由斗の頭を乱雑に撫で始める。
「あれ?ちょ、グシャグシャになるから……!」
「へへ、これからもよろしくな、マスター」
「うん?まあ、はい。こちらこそ」
放送室にアモイが居るのはさすがにまだ違和感があった。
それでも、これまでの平凡な日常と違う世界がそこにあると思うと、童心に返ったようにワクワクしてしまう。
「何だ、まだ居ったのか」
ガチャリと放送室のドアが開けられ、顧問の教師が入って来たので、アモイはすぐに姿を消した。
一人になった未由斗は慌てて鞄を手にする。
「あ、はい。もう帰ります」
「早く帰るんだぞ」
「はい!」
忘れ物がないかを確認し、未由斗は教師の後を追うように放送室を出た。
その場で鍵を顧問に手渡し、職員室に立ち寄る手間を省く。
「それでは、さようなら」
「おう、気を付けてな」
ぺこりと頭を下げ、未由斗は足取りも軽く帰路に着いた。
夏休みが終わり、あっという間に二ヶ月が過ぎた。
刺すような陽射しは穏やかになり、空気も少しずつ冷えてきた時節、制服の衣替えが済んだところである。
放送局には新たな仲間が増えていた。
莉音や季織と同学年の、未由斗達からは後輩にあたる一年生の二人である。
この二人は同じクラスなのだが、どうやら犬猿の仲らしく、何かと衝突しては周りに仲裁されていた。
一人は女子で、腰までの長い髪を三つ編みにした、見るからに文学少女という雰囲気の子である。
だが、性格は郁恵や唯李に近く、黙っていれば清楚に見えるのだが、なかなかに残念な中身をしていた。
もう一人は待望の男子で、ようやく男手が増えると最初は皆喜んでいた。最初は。
彼はいわゆる中二病の類で、扱いが少し特殊だったのだ。
何しろ、一人称は「吾輩」で時には「ござる」口調になることもある。
放送室に置いてあった廃材の鉄パイプを杖代わりにクルクルと意味なく回すこともあった。
ただ、それさえ受け入れてしまえば、他に問題のあるような生徒ではない。
むしろ、それが全てだった。
異世界の話をしても真っ先に受け入れてしまいそうで、話すつもりはないが、うっかり口が滑ると面倒になりそうでもある。
そういうわけで、新しい後輩も得た未由斗達は今日も元気に活動していた。
その胸に、曝け出せない思い出を秘めて──。
異世界での出来事が徐々に風化していく寂寥感があるものの、これが普通なのだと皆割り切っていた。
しかし、あの日あの時、確かに彼女達は異世界ディヴァースに居て、元の世界とは別軸の成長を遂げたのだ。
それだけは忘れるものかと強く誓い、少女達は今の現実を生きる。
次の戦いがそう遠くないことを知る者は、まだ居なかった。
未「後輩が増えたねぇ」
郁「そうだねぇ」
弥「もうちょっとまともな人が良かったなぁ」
唯「だよねえ。一緒に冒険はちょっと……」
未「その思考はおかしいよね?」
唯「次はあいつらも巻き込まれるんだろ?」
未「死なば諸共みたいに広めようとしないで」
第一部はこれにて終了になります。
第二部は少し間を空けてから開始予定なので悪しからず……。




