表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放送室は異世界への扉  作者: 雷華
第一部 初めての異世界召喚
8/80

第六話 ~その手を離れて~

未由斗は涼子の護衛ではないし、彼女を護らなければならない立場でもなかった。

これは、彼女の信念というべきもので、そこに主従関係があるわけではない。

それは逆に未由斗と涼子、それぞれの行動を阻害する可能性があった。

互いの思いが強いが故に、互いのためを思うが故に、その思いが噛み合わない。

今回はまさにそれが起ころうとしていた。

「……さみ、私……この人と行く」

「涼ちゃん⁉︎」

膠着状態になれば、荒事になってしまう。

涼子もまた、未由斗に傷付いてほしくなかった。

言うとおりにすれば、身の安全は保障される。

グラーツの言葉を、涼子は信じようとしていた。

「私は大丈夫。だから、無茶……しないで?」

震える声でそう言った涼子に、未由斗は自分の無力さを思い知る。

「……いつまでかは解らない。でも、また会えるんですよね?」

涼子を抱き締めた体勢のまま、未由斗は視線を落としてグラーツに尋ねる。

「全てが終われば、元の世界に共に戻ってもらう」

「それまで、この子の身に何かあったら……」

ゆっくりと顔を上げた未由斗の瞳は、またもや赤い光を帯びている。

「お前達を許さない」

「……ああ、解った」

もう一度だけ、未由斗は涼子を強く抱き締めた。

「涼ちゃん、これを」

「え……?」

持っていた鞄から瑠璃色の石で出来たブレスレットを取り出す。

「これ、さみが大切にしてる……」

「姉からもらったお守り代わりのやつ」

「……ありがとう。しばらく、借りるね」

「必ず、状況は変わる。……変わってしまう。

 そうなったら……いや、変なこと考えない方がいいね」

自嘲するように吐き捨て、未由斗はブレスレットを持つ涼子の手を、そっと包み込む。

「大丈夫。絶対、大丈夫にするから」

「うん……!」

名残惜しそうに手を離すと、涼子は不安げな表情のまま、グラーツの元へと歩く。

「……すまない」

「さみ……」

最後に振り返った涼子の顔をしっかり確認する間もなく、グラーツと涼子は消えてしまった。

黒い影のようなものが一瞬で二人を包み込み、空間を歪めてその中に消えたようにも見えた。

涼子の温もりが消え、未由斗は目的を失ったように大人しくなる。

「まるで迷子の子供だな」

「っ……私を、どうするの」

反抗する気も起きず、未由斗は覇気のない声で尋ねた。

「来い。これ以上、余計な手間を掛けさせるな」

カシュガルの背後にある扉から、この部屋を出るのだろうと、未由斗は足を踏み出す。

足取りは重いが、それ以上の疲労感が未由斗を襲っていた。

無言で動き出した未由斗に、カシュガルも扉を開けて出て行く。

扉の先は登り階段になっていた。

さっさと登っていくカシュガルに遅れないよう、重い体を引き摺るように付いて行く。

少なくとも、未由斗はそう動いていると思っていた。

だが、実際は階段の下で止まり、そこから動かない。

「何をして──」

少し離れているだけだと思い、しばらく放置していたカシュガルも、さすがに異変に気付いた。

しかし、カシュガルが振り向き、未由斗に声を掛けたとほぼ同時に、彼女は突然支える力を失い、前へと倒れ込む。

ガツっと嫌な音が響き、そのまま未由斗は動かない。

何が起きたかは解らないが、未由斗が倒れた。

恐らく、意識もないのだろう。

そう理解したカシュガルは意外にも焦りの表情を浮かべた。

「っ……おい⁉︎」

もう一度声を掛けるが、やはり反応がない。

慌てて階段を駆け下り、先程の部屋へ戻る。

未由斗の側で膝を折り身を屈めると、彼女の肩に手を伸ばした。

触れる直前で手を止め、恐る恐る未由斗に触れる。

下手に揺すらない方が良さそうだったので、その手は未由斗の体を仰向けにさせるように動いた。

力なく、まるで人形のようにごろりと転がった未由斗は、こめかみの辺りから血を流している。

それを見たカシュガルは、すぐに彼女を抱き上げると、階段を駆け上がった。

階段を抜けた先を真っ直ぐに進み、やがて開けた場所に出る。

その広間にある大扉へと向かうと、門番の兵がすぐに扉を開けた。

中へと入るや否や、カシュガルは声を上げる。

「ラグーザ!診てくれ!」

「うおっ⁉︎……何だよ、急に……。驚くだろ」

「一刻を争うかもしれないんだ!」

珍しく狼狽している様子のカシュガルに、ラグーザと呼ばれた男性は首を傾げた。

「何をそんなに……って、それ、人間か?」

「そうだ」

「カシュガル、お前……何したんだよ⁉︎」

「詳しい話は後だ!誓って、この状態であることには関与していない」

互いに言葉を投げ掛けながら近付き、玉座の間の中央で、ラグーザはようやく未由斗を間近に確認する。

「女、か……?怪我してるな」

「それは倒れた時のものだ」

「これ以外に外傷はなさそうだが……」

「前触れもなく倒れたんだ」

それだけでは状況が全く解らない。ラグーザは溜息をついた。

徐に未由斗の頭部付近に手をかざす。

「……魔力切れだな」

「何だと……?」

「間違いない。枯渇しているせいで魔力の流れが乱れてる」

そんなバカなとカシュガルは意識のない未由斗を見詰めた。

「どこから連れて来たか知らないが、やりあったんだろ?」

抵抗の際に、魔力を使いすぎたのだと、ラグーザは推測する。

「いや、こいつと戦ってはいない」

「じゃあ、お前に見付かる前に消耗していたんじゃないのか」

再度、カシュガルは首を振った。

「こいつは、術を使えるほど魔力を持ってない」

「は?」

「魔術も使ったことはおろか、存在も知らないはずだ」

「どういうことだよ」

このまま説明をするわけにはいかず、カシュガルは未由斗を一度どこかへ寝かせようと考える。

あまり他の兵に姿を見せるわけにはいかないので、手近な自分の寝室へと運ぼうとした。

「あ、おい!カシュガル⁉︎」

「魔力切れならば、このまま休ませておけばいい」

「いや、まぁ……そうだけどさ」

相変わらず状況が見えず、ラグーザは困ったように頭を掻いている。

「お前がいいなら何も言わないけどな」

「何がだ?」

「だってお前、自分の寝室に人間入れようとしてるんだぜ?」

寝室に入ってから、カシュガルはラグーザの言葉の意味を理解した。

「……ここが一番近く、他の者の目に付かないだけだ」

「まぁ、ほぼ使われないお飾りの寝室だってのは知ってるけどよ……」

カシュガルが未由斗をベッドに寝かせるのを見ながら、ラグーザは肩を竦める。

魔力切れは無理をすれば命を落としかねない、危険な状態だった。

血の気のない未由斗の顔に、カシュガルは胸を痛める。

こんなことになるはずではなかったと。

ラグーザは寝室を出て行き、少しして戻ってきた。

手には木製の箱を手にしている。

「傷、手当てしなきゃな」

「頼む」

どうやら、箱は救急箱のようなものらしい。

箱の中から清潔な布と、液体の入った瓶を取り出すと、慣れた手つきで傷口の消毒を行う。

最後に、傷口に布を当てたまま、包帯を巻いた。

額だということと寝かされているのとで、あまり上手くは巻けなかったが、ひとまずは問題なさそうなのでよしとした。

「さて、説明してもらうぞ、カシュガル」

「ああ……そうだな」

しばらくは目を覚まさないだろうが、念には念をと、カシュガルは寝室から出ることにした。

残された未由斗は、しばらくして何やら口を動かし始める。

それは、静かな寝室でも響かない程に小さい声だった。


「涼ちゃん……ごめん、ね……」


ラ「いやあ、珍しいもんが見れたな」

カ「何がだ」

ラ「あんな慌てふためいてるお前は初めてだよ」

カ「今すぐ忘れろ。でなきゃ忘れさせてやる」

ラ「何する気だよ⁉︎」


まだまだ謎多き二人ですが、仲良しさんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ