第七十五話 〜告げる別れは再会の約束〜
アイユーヴ城の謁見の間に、一同が集まっていた。
本来ならば魔法陣と複数の術士が必要となる、異世界への送還だが、今回はアモイが簡単に行うと言うので、広い場所だけ用意してもらった形である。
なお、時の精霊の術を一目見ようと、宮廷魔術士が全員この場に来ていることを知る者は少ない。
最後に邪界へ挨拶周りに行くと言ったアルヴェラが戻って来たので、アモイが術の下準備をしている。
その間に、皆はアイユーヴで世話になった人達と言葉を交わしていた。
「何だかんだで長期滞在になりまして……。
ご迷惑をお掛けしました」
「いいえ、ロンシャン。
貴女方が居なければ私達の明日はなかったのです。
迷惑であろうはずもありません」
ダミエッタが微笑みかけると、ロンシャンは苦笑する。
「また、いつでもいらしてください」
「アモイがいいって言えばですけどね」
行き来するにはアモイの協力が必要だが、無意味に何度も行なって良いものではなさそうなので、そこは妥協することになるだろう。
「……アルヴェラ」
「え?は、はい!」
ダミエッタに呼び掛けられ、アルヴェラは慌てて振り返った。
アイユーヴに滞在している間に、ダミエッタとは殆ど話もせず、絡むこともなかったので、少し緊張している。
「改めて、礼を言わせていただけませんか?」
「え……。いや、だから、もう良いのです。
私は自分がやりたい事をやりたいようにやっただけなので」
それこそ、勝手に色々と仕込んで周りの了承なしに巻き込んだ挙句に、城ごと吹き飛ばすという暴挙に及んだのだから、アモイに戻してもらったとはいえ、こちらの方が加害者にしか見えない。
「私が、謝意を伝えたいのです」
「十分すぎるほどにつたわっておりますので……」
足りないとばかりに、ダミエッタは首を横に振る。
「アイユーヴはディヴァースの国の中では最弱の小国です。
邪王に目を付けられたこの国を、他国は助ける意味もなく……。
イスファハーン王国も、滅ぶ直前までこのような思いだったのでしょう。
誰からも手を差し伸べられず、伸ばした手は届かない。
私は手を伸ばす場所を変えてしまった。
無関係の貴女方を巻き込んでしまった。
本来ならば、許し難い暴挙でしょう。
どのような誹謗も、中傷も、諌言も、甘んじて受ける所存でした。
一国を治める者としてあまりに未熟であり、退位も視野に入れておりました」
重い、とアルヴェラは思わず眉を顰めた。
王としての責任、国を負うものとしての重圧──。
それは、ただの女子高生である自分達には、簡単に理解できるようなことではない。
軽い口調で受け応え出来るものでもない。
自分自身の立場は、まだ受け止めきれていないものの、特別であるらしいので、アルヴェラはそこに縋るしかなかった。
「私は、元の世界ではただの高校生です。凡人です。
それでも、何故か光に選ばれたらしく、ここに居ます。
何も知らない、召喚された直後のままだったら、違ったかもしれません。
でも今は、ここに来た意味があったと言えます。
天界なんて訳の分からない人達に利用されたんですよ?
この召喚も、私達の思いや絆も。
そして、今はもう、無関係でも、無力な小娘でもない。
手を伸ばしても問題ない相手になりました。
だから、いつでも頼って下さい。こんな小娘でも良ければ。
この世界で紡いだ縁を、無駄にしたくありません」
起きてしまったことに対して、恨み言を宣うのは意味がない。
ならば、開き直ってとことん利用してやればいい。
反省も振り返りも、確かに大切で必要だが、それを理解しているのであれば、過剰な責め苦は割に合わない。
アルヴェラの晴れやかな笑顔と言葉に、ダミエッタは涙を浮かべた。
「はい……!」
「アルさんが女王様泣かしたー」
「え、あ、えっ⁉︎」
辛気臭くならないようにと、グラディズがからかうようにアルヴェラを小突く。
ロンシャン達はその様子に笑い声をあげた。
「そろそろいいか? 準備は出来たぞ」
呆れながら声を掛けたアモイに、アルヴェラは振り返る。
仰々しい魔法陣が、いつの間にか描かれていた。
中央に角度の違う正方形が二つ重なっており、その角に触れる円と、一回り大きな円が基礎になっているようだ。
二つの円の間には文様が刻まれ、何かの術式を表している。
外側の円の四方にはそれぞれ小さな円が付属し、その内側にも術式の文様が刻まれていた。
強い魔力を発するそれに、宮廷魔術士達も呆然とするしかないようで、一気に空気が張り詰めたように感じる。
「じゃあ……帰ろうか!」
「うん!」
アルヴェラの言葉に、残りの七人が声を揃えて返す。
それを受け、アルヴェラは魔法陣の中央へと足を向けた。
「それでは……お世話になりました」
「皆さん、お元気で」
「ありがとうございます!
また……会えるのを楽しみにしております」
胸に手を当て、アルヴェラが頭を下げる。
次の瞬間、魔法陣が強い光を放ち、少女たちを包み込んだ。
謁見の間を眩い閃光が走り、視界が開けた時、少女達も魔法陣さえもその場から消えてしまっていた。
後程じっくり解析しようと思っていた宮廷魔術士達は揃って落胆している。
ダミエッタは玉座へと向かい、まだ歴史の浅いその玉座の手すりや背もたれを撫でた。
それから兵達に向き直り、しっかりと前を見据える。
「異世界の少女達がくれたこの平和を途切れさせてはなりません」
その宣言に、アイユーヴの兵達は一斉に敬礼し、リューベックだけが背を向けた。
「リューベック?」
「俺の仕事は、あいつらの護衛で、それは果たした」
「ええ。ですから、まだ居てもらわねば困りますよ?」
何を、とリューベックが振り向くと、ダミエッタがニッコリと笑い掛けて来る。
「また会えるのを楽しみに、と言っていたではないですか」
「それは……まさか」
「はい。次に彼女達が来た時も護衛をしていただきます。
いつになるかは解りませんから、アイユーヴに居て下さいね?」
リューベックは頭を抱え、大きなため息を吐いた。
「まったく、破天荒な女王様だ……。
俺は傭兵だ。依頼とあらば、引き受けるさ」
他に仕事が入っているわけでもなく、アイユーヴでの給金は通常よりも高く、破格の待遇なのでリューベックも無下には出来なかった。
しかし、あの少女達と再び会うのは、何か手に負えない事が起きた時である。
それはそれで御免被りたいものだと、リューベックは肩を竦めた。
こうして、アイユーヴは新たな一歩を踏み出し始める。
ある種、歴史の分岐点となった今回の事件は、アイユーヴの歴史書にも記された。
そしてこの後、アイユーヴを救った異世界の少女達は、英雄として何度もその名が歴史書に登場するのだが、今の時点でそれを知る者は居ない。
だが、誰もが予感していた。これは始まりなのだと。
闇は息を潜めて、ただその時を待っていた。
ライ「くそ!こんな事ならもっと……」
セイ「そうだね、ライ。僕も残念だよ」
リュ「何だ双子は揃って失恋か?」
ライ「は?馬鹿か?あの魔法陣だよ!」
セイ「うん!すごかったよね!」
リュ「あ、ああ、そうか。すぐ消えたからな」
ライ「今度会った時に問い詰めて吐かせてやる」
リュ「コウライ、コウセイ、程々にな……」
双子は色気より知識。




