第六十九話 〜解決とは〜
中庭に向かう間に、アルヴェラはラディスから謝罪を受けていた。
謝られることは何もないと言ったが、仮死状態になった肉体をデュラッツォから守れなかった事を、自分の責と感じているらしい。
「結果は同じだっただろうし、むしろ早く事が進んだから。
私はあれで良かったと思うのだけど……」
そうは言っても、責任感の強い者には納得できないだろうことは解っていた。
自分もそうなのだから。
「でも、その後は任を全うしてた。
それに、最後の一撃の時……ラディスも祈ってくれたでしょう?」
確かに感じたとアルヴェラは笑う。
答えに窮したラディスは困った様子で顔を背けた。
そこで中庭に着いたのは、ラディスにとっては救いである。
「アル!」
アルヴェラの姿を見付け、皆が駆け寄って来た。
今後のことも色々と思うところはあるが、まずは皆が無事で良かった。
皆に囲まれながら、アルヴェラは安堵していた。
「女王に謁見して、今度こそ終わらせよう」
「あたしとセラ達、この城からほぼ出ないまま終わったなあ」
「みんな似たようなもんだろ。あーあ、もっと冒険したかったなあ」
ガァラとの戦いを乗り越え、こうして無事に居られるだけでも運が良いと思うのだが、仲間達はやはり自由だった。
ロンシャンとグラディズの残念そうな言動に、アルヴェラは苦笑する。
「無事に帰れるんだからいいじゃない」
「そうですよー。どうなるか不安になる事もないですし」
安泰の道が見えたおかげか、マーシアの表情は晴れ晴れとしていた。
「じゃあ、そういうわけで、ロンシャン、お願いね」
「は?何であたし?」
「アイユーヴのことはロンシャンに任せた方が確実かなって」
「ええー?やっと解放されると思ったのに」
ロンシャンはアルヴェラが残った仕事も全て受け持ってくれると考えていた。
その当てが外れたので、肩を落としている。
アルヴェラがロンシャンに依頼したのは、どうにも周りの視線が落ち着かないせいでもあった。
やはり、邪王と共にいるからか、アイユーヴ兵の視線が痛い。
何より、中庭に来た時から、リューベックがずっとアルヴェラを睨み付けていたので、どうにも居た堪れなかった。
「リューさんが睨むから、アルも気にしてるんですよ?
言いたい事があるなら言えばいいのに」
変なとばっちりを受けたと、ロンシャンはリューベックへと視線を向ける。
表に出さないようにしていたのだが、ロンシャンには筒抜けで、アルヴェラは肩を落とした。
「に、睨んでなんか……」
「リューさん眼光鋭いので、見てるだけでも睨まれたと思うんです」
「理不尽だな」
「とりあえず、そんなわけなので、謁見できます?」
サラリと話題を戻し、ロンシャンはリューベックへと尋ねた。
「ああ、解った。手配しよう」
そう言うと、リューベックは近場の兵を呼び付け、些細を伝える。
「まあ、リューさんは私も最初は苦手でした」
セラヴィーンがそう溢すと、マーシアも頷いた。
「ちょっと怖いよね」
「お前ら……」
心外だと溜息を漏らすリューベックに、皆は笑った。
その光景を、シャイレンドラは胸を痛めながら静かに見守っていた。
謁見の準備が整うと、兵が中庭まで呼びに来た。
アルヴェラは邪王達に確認するように目を向ける。
丁度カシュガルと目が合い、彼は小さく頷いた。
兵の案内で謁見の間へと向かう間は、誰も口を開かない。
戦いとは異なる、独特の緊張感がその場に満ちているようだった。
謁見の間に入ると、座していたダミエッタがすぐに立ち上がる。
「ようこそ、皆様方。お待ちしておりました」
「失礼致します」
ロンシャンは会釈程度に頭を下げ、広間の中程へと進んだ。
アルヴェラと邪王四人も共にいるので、謁見の間は緊張に包まれていた。
「まずは……目を覚まされて良かったです。光の使者殿」
誰のことかとアルヴェラは首を傾げたが、「目覚めた」「光」に当てはまるのは自分しかいないと消去法で気付く。
「私は使者ではありません。
アルヴェラという、ただの人間です。
別の世界から来たという面では稀有な存在かもしれませんが」
「……では、アルヴェラ。改めてお礼を言わせて下さい」
ダミエッタは胸に手を当て、柔らかな笑みを向けた。
「貴女の力添えで、大いなる闇は討ち払われました。
私達は、闇に躍らされ無益な争いを広げるところでした。
その力がなければ、ディヴァース全土まで禍は広がったことでしょう」
自分はそこまで大きなことはしていないと思っているアルヴェラは、少し困った様子で笑みを返す。
「諸悪の根源であるガァラはまだ生きています。
その存在を滅することはできませんでした。
なので、一時的に危険が去ったに過ぎません」
全て終わったのだと思っていたダミエッタはそれを聞き驚くが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうですか……。
それでも、貴女が居なければ、私達に明日はなかった。
だから、礼を言わせてください」
ダミエッタはアルヴェラに向かって頭を下げる。
「その……これからのことなのですが」
自分が納得していないことに対して礼を言われ、アルヴェラは困った様子で話題を変えた。
「邪界に対して、どういった考えでしょう?
過去の柵があったとはいえ、アイユーヴは被害者ですが」
「それに関しては私から言うべきだろう」
シャイレンドラが一歩前に出ると、ダミエッタもそちらへ視線を向ける。
「まずは……貴国への一方的な侵略に対して、正式に謝罪させて欲しい。
邪王の一人として、一国を治める者として……。
本当に、すまなかった」
迷いなく頭を下げるシャイレンドラに、広間は騒ついた。
「その謝罪、しかと受け取りました。
被害は決して小さくありませんが……。
ガァラの力の強さを思えば、軽いものだったと思います」
一国を治める者だからこそ、シャイレンドラは事の重大さを理解していた。
思い詰めた表情のシャイレンドラに、ダミエッタは穏やかな笑みを向ける。
「復興に助力頂けますか?」
「ああ、勿論。私にできる事であればいくらでも助力しよう」
「ありがとうございます。これで、良いかと」
邪界と人間界では勝手も違う。
政治的な制裁などは出来るはずもないので、発生した責任に対する措置という意味では着地点が難しい。
それを、ダミエッタは丁度良い落とし所として「復興の手助け」を提案した。
起きた事件の大きさからすると、あまりにも軽い沙汰に思えるが、相手が邪王であることを鑑みれば意味も変わってくる。
「……それと、デュラッツォについてなのだが……」
歯切れ悪くシャイレンドラが切り出すと、ダミエッタは首を傾げた。
「彼の処置も、今ここで決めて頂きたい」
「……解りました。
我々としても、どうすべきか考えておりましたが……」
どちらも話し難そうにしているので、アルヴェラは外堀を埋めようかと口を挟むことにした。
「アモイ、天界側の処分はもう決まってるの?」
真実をここで聞いてしまった方が良いだろうと、アルヴェラはアモイを呼んだ。
すぐに姿を現したアモイはアルヴェラを見やると溜息を漏らす。
おおよその見当はついているという顔をしていたのだ。
「他者の魂を捕らえ、一個人のいいように扱うのは重罪。
他者の体を乗っ取り、その魂を取り込むのも重罪。
ただし、後者は事故である事を考慮して多少の免除はされる」
ひとまず事実に基づく罪状をあげ、それから困ったように頭を掻いた。
「なお、他者の体で過ごした時は長く……。
それは新しいひとつの生とも考えられる。
生者の魂は、その存在に問題がない限りは搾取出来ない。
今回の一件もガァラが介入しなければ起こらなかった。
そこは天界側の落ち度でもある。
ってことで、現状どうこうするという話はないぜ」
天界が表立って動いてまで正す歪みではない、という。
聞いている限りでは結構な罪の重さと、複雑な構図に思えるが、前例のない話ばかりだからということも大きいようだ。
「あと……『光の意思』を尊重させたい、だとさ」
最後の言葉に、アルヴェラは目を瞬かせる。
アルヴェラの考えはアモイを通して天界側にも伝わっており、その意を汲んでくれるという、ありがたい話だった。
「犯した罪は死後に天界で清算する。
そいつに対する天界の決定はそれだけだ」
「随分と甘いな」
それまで沈黙を貫いていたグラーツが、アモイを睨み付けながらそう吐き捨てる。
「天界は本来、下界不干渉だからな。
ガァラの勝手な行動の責を問われると何も言えなくなる。
だから、あとは下界の当事者に任せるっていう方針だよ」
つまり天界からは現状で何の咎めもないのだと、アモイは肩を竦めた。
「グラーツ、君の怒りはもっともだ。
ただ、デュラッツォ……彼については私に任せて欲しい。
今や、信用などないかもしれないが……」
闇に意識を侵食され勝手なことをした手前、シャイレンドラは自分に発言力などないことを気にしていた。
「……アルヴェラ、お前も何か言いたそうだな」
あえてシャイレンドラには応えず、グラーツはアルヴェラへと視線を向ける。
「私はティフリスの最期の願いを今度こそ守りたいだけ。
人間と邪族が争わず、共存する道を。
そして、もうひとつ。消える寸前に託された願いも。
……彼を、救って欲しいっていう」
胸に手を当て、アルヴェラは弱々しく笑みを浮かべた。
「赦せとは言わないし、私も無理。
それでも、救えるのなら救いたい。
彼が望んでいなくても、ね。
望まぬ生を歩ませることも、ある種の罰になるだろうし」
どうかな、とアルヴェラはグラーツに答えを求める。
「咎めは私も受けよう。
私にはまだ……あれが必要なのだ。
デュラッツォでも、アスターでもどちらとしてでも良い。
私と共に歩んでくれた時間は、確かにここにあるのだ」
シャイレンドラの訴えを受け、グラーツが渋い顔をしていると、ヴィアハスは思わず笑ってしまった。
「グラーツ、意地悪しないで『解った』って言ってあげなよ」
意地悪なのかとアルヴェラは眉を顰める。
「生半可な覚悟では背負えぬものもある。
また同じことが起きては困るからな」
意地悪など心外だとばかりにグラーツが告げると、シャイレンドラは確かにそうだと頷いた。
「まあ、二度目があったら今度こそ天界に直訴かな?」
「笑えねぇよ、マスター……」
今回の事件は天界の意思が関わりすぎている。
さすがに同じようなことは起きないだろうが、天界側の考えが甘かったり、一枚岩でないなど問題も浮き彫りになった。
ガァラの後始末をしながら、是非とも反省して欲しいと、アルヴェラは神妙な面持ちで頷く。
それから、ダミエッタへと向き直り、アイユーヴ側の意見を求めた。
「私達も、それで構いません。
イスファハーンを見捨ててしまった我々には……。
彼の者を処罰する権利はないでしょう」
「ありがとうございます!」
いの一番にアルヴェラが礼を言うので、シャイレンドラは謝意を伝える機会を逃す。
「じゃあ、後はロンシャン、いい感じにお願いね。
私はシャイレンドラ達と迎えに行ってくるから」
「は?ちょ、ま──」
「シャイレンドラ、あと、そっちのキミも。行こう!」
流れに付いていけていないロンシャンを尻目に、アルヴェラはシャイレンドラ、そしてダガーラを連れて謁見の間を出て行ってしまった。
「あんの……バカ娘ぇ!」
ロンシャンの叫びは謁見の間には響いたが、アルヴェラには届かなかった。
次の瞬間、謁見の間は笑いに包まれていた。
カッ「いやあ、アルさんらしかったねぇ」
ディ「あんなに嬉しそうに、活き活きしたアル、久し振りに見たよ」
ロン「時と場合ってもんがあるでしょう⁉︎」
リュ「あれのお守りが俺でなくて良かった」
ラデ「それは俺に対する嫌味か」
レオ「ラディス、護衛役なのに置いてかれてるし」
重苦しい空気は吹き飛んだものの、終始こんな感じだったとか。




