第六十八話 〜消えぬ思いを抱いて〜
カシュガルとラディスを伴い、アルヴェラはシャイレンドラが眠っているという部屋を訪れた。
アイユーヴ城は初めてだが、場所を知るカシュガルに案内してもらっている。
ここもリヴォニア城のように一通り探検したいなどと思っていたことは彼女の心に留められた。
「ここ?」
カシュガルがある部屋の前で足を止めたので、アルヴェラは首を傾げながら尋ねる。
「ああ」
応えている間にラディスが扉を叩いた。
程なくして扉が開かれる。
「お前か……目が覚めたのだな」
出迎えたのはグラーツだった。
「こんにちは。おかげさまでぐっすり休めました」
「そうして、律儀にシャイレンドラの様子を見に来たのか」
「もちろん。入っても良いです?」
グラーツは無言で横へと移動し、アルヴェラ達を招き入れる。
「お前……」
「どうも。面と向かっては……初めまして、ですね。
アルヴェラです。異世界から召喚された」
「何しに来たんだよ。恨み言でも言いに来たのか?」
眠るシャイレンドラの側から、四天王の一人──ダガーラが声を掛けてきた。
先に事情を聞いて来た彼は、自分達が悪者であると開き直っているのか卑下しているのか、どちらにせよ覇気のない言葉を返してくる。
「あはは!アルがそんな意味のないことするわけないよ」
ダガーラとは逆側に座るヴィアハスが笑うと、ダガーラは怪訝そうな表情を浮かべた。
アルヴェラは二人から眠るシャイレンドラへと視線を移す。
ダガーラとのやりとりは後回しにしようという考えだったが、結果的に彼を無視してしまったことに、アルヴェラは気付いていない。
「シャイレンドラは……ずっとこのまま?」
「……うん、そうなんだ」
「うーん……やるだけやってみるしかないか」
シャイレンドラが目覚めない原因に心当たりがあるかのように、アルヴェラは呟く。
「何するの?」
「シャイレンドラと対話を」
ニッコリと笑うアルヴェラにはふざけている様子などない。
「この状態でどうやって?」
「精神体やら魂やら、色々あったので何となく出来るかなと」
「キミってホントすごいや。
そこまで簡単に言えて請け負っちゃうなんて」
邪王が揃ってお手上げだというのに、アルヴェラは「何となく」で出来そうだと言う。
これで「出来ませんでした」は罷り通らないので、必ず何とかするのだろう。
少なくとも、アルヴェラの中では何とかなる見込みが既にあるということだ。
「仕方がなかったとはいえ、無理に闇を引き剥がしたせいですし」
たぶん、と付け加え、アルヴェラはシャイレンドラを見詰める。
「とにかく、やってみます。ちょっと失礼しますね」
ヴィアハスが握っていたであろう、シャイレンドラの左手を取り、アルヴェラは寝台の横で床に膝を付けた。
一度だけ深呼吸すると、アルヴェラは目を閉じる。
自分の中でティフリスと対話した時の感覚を思い出しながら、少し冷たいシャイレンドラの手を通じて意識を流し込んだ。
アモイと同調する感覚に近いかもしれないと、意識だけ潜らせながらアルヴェラは感じていた。
奥へ奥へと潜っていくと、やがて異物に辿り着く。
アルヴェラが感じる異物ということは、自分以外のものであり、すなわちシャイレンドラの意識であると見込んでいた。
『こんにちは』
努めて明るい声色で、アルヴェラは声を掛けた。
人の形を成していない、ぼんやりとした影のようなものは、声に反応して震える。
『あなたを連れ戻しに来ました、シャイレンドラ殿』
『な……ぜ……』
微かだが、声が返って来た。
応答があり、アルヴェラは心底ホッとする。
『あなたを待っている人達がいるから』
『私は……大変なことを……』
『あなたの意思ではなかった』
『抗えなかった……邪王ともあろうものが……』
『邪王とて完璧ではない』
『救えなかった。大切な……大切な……』
『彼女はあなたが救われることを望んでいる。私の中で』
短い問答を続けるうちに、影は少しずつ形を成していった。
『私は、どう償えばいい?』
『その思いさえあれば如何様にも』
『だが、私は……』
『あなたを大切に思う人達を、悲しませるのが償い?』
アルヴェラからの問い掛けで、シャイレンドラの意識ははっきりと彼女の形へと切り替わる。
『私の浅はかな思いが生んだことだ』
『誰かを大切に思うことは、浅はかではない。
あなたが大切に思うのと同じように……。
あなたも大切に思われていることを忘れてはいけない』
そう言うと、アルヴェラは手を伸ばした。
『本当に償いたいのであれば、ここから出なくては。
誰の手も声も届かないところで償いは出来ない。
逃げてはいけない、現実から』
『君は厳しいな。……あの子を思い出す』
悲しげな笑みを浮かべ、シャイレンドラは己の右手を見詰める。
『私は……あの子を過去の思い出にしたくないのだろう。
現実は否応なしに加速する。
いつか、あの子のことも思い出さなくなるのではと』
『その思いがあなたの一部であるなら、消えることはない。
思い出せなくなるような軽いものでもないでしょう』
そう応えた次の瞬間、アルヴェラは自分の内から零れ出る光を感じた。
それはシャイレンドラを包み込んだ。
まるで、抱き締めるかのように。
『ティフリス……?』
──もう、いいの。ありがとう、忘れないでいてくれて。
そんな声が、聞こえた気がした。
──私は、いつだって「ここ」にいます。
意識の中での交信は、言葉を交わすよりもずっと重く、心の中に響いている。
光はやがて消えてしまったが、それを抱き返すように自身を抱き締めながら、シャイレンドラは膝を付いた。
『……ああ……解ったよ、ティフリス。
私は……前に進まねばならないのだね……』
目元から光る雫がひとつ、落ちていく。
しばらくその体勢のまま、シャイレンドラは動かなかったが、やがて立ち上がると真っ直ぐにアルヴェラを見詰めた。
『すまなかった。アルヴェラといったか。
こんなところまで来させてしまって。
私はもう大丈夫だ。……先へ、進もう』
安堵した様子で、アルヴェラは大きく頷く。
それから、差し伸べたままにしていた手を戻そうと引いた。
が、シャイレンドラはそのアルヴェラの手を握り、笑みを浮かべる。
『ティフリスも君も、過度のお人好しだな』
『自分が納得する終わり方を選びたいだけです』
しっかりと握手を交わすと、二人は笑いながら姿を消した。
互いに意識を元の場所へと、自分の体へと戻したのだ。
目を開けると同時に、触れていた手が強く握り返されたのを感じた。
「シャーイ!」
「シャイレンドラ様!」
ヴィアハスとダガーラが同時に叫ぶ。
「ヴィアハス……ダガーラも……」
知った顔を視界に捉え、シャイレンドラは頭に浮かぶままに名を呟いた。
それから、そっと体を起こす。
「カシュガル、グラーツ……。迷惑を掛けた。……すまない」
「言うべきことは多いが、まずは無事で戻ったことを喜ぼう」
グラーツがそう応えると、シャイレンドラは苦笑するしかなかった。
ふと、左手の感覚を疑問に思い目を向ける。
微かな笑みを湛えた少女が、そこに居た。
混濁する意識の中にもあった顔だと、思い出す。
ティフリスの魂を宿した別人の少女は、その時にはティフリスに見えていた。
改めて見れば、全く違うと解る。
彼女には失礼なことをしたと、申し訳ない気持ちが湧き上がった。
ただ、纏う空気がどこかティフリスに通じるものがあるとも感じ、寂寥感も胸に広がっていった。
しばらくジッと見詰められ、アルヴェラはどうしたのかと表情を曇らせる。
「……やあ。君が、アルヴェラ……なんだね」
声を掛けられ、アルヴェラは目を丸くした。
すぐに一度消えた笑みを戻し、彼女は頷く。
「はじめまして。アルヴェラと申します」
「シャイレンドラだ」
「体は大丈夫ですか?」
「ああ、少し眠りすぎたようだが、異常はない」
「それは何よりです」
手を離してもらえることを期待しながら、アルヴェラは他愛のない掛け合いをしていた。
「シャイレンドラ、そろそろ手を離せ」
見兼ねたカシュガルが声を掛けると、シャイレンドラは今になって手を握ったままであることに気付く。
「ああ、すまない。何故だかとても落ち着いたから、つい」
名残惜しそうに手を離すと、アルヴェラは立ち上がった。
「もう少し休んでいて下さい。
次はデュラッツォのところ……の前に彼の処断が先か」
そう告げたアルヴェラに、邪王達は一様に渋い顔をする。
「私が納得した終わり方にしたいだけですよ。
まあ、単なるわがままですね」
「納得した終わり方……それは戦いの最中にも聞いた……?」
「わだかまりを残したくないので。
……それに、託されちゃいましたから」
誰に、とは言わなかったが、邪王達は理解する。
そして、それを言われてしまうと反論し難くなるのも事実だった。
「私としても、納得のいく終わりにしたい」
事件の中心に居た分際で申し訳ないがと、シャイレンドラは苦笑する。
それから、寝台を降りアルヴェラの隣に並んだ。
「じゃあ、全員で行きましょう。
邪王揃って移動とか、城の人達怖がりそうだけど」
自分は構わないがと、周りへの影響をアルヴェラは心配していた。
「アルが怖くないって見せてくれればいいんでしょ?」
「すごい無茶振り……」
「お前が提示し、成し遂げたこと。そしてその先。
我々も見届けさせてもらおう」
最初の頃とは真逆で、素直にアルヴェラの行動を受け入れているグラーツに、それはそれで抵抗を感じながらも、アルヴェラは頷いた。
「行きましょう。終わらせる為に」
そう言うと、アルヴェラは身を翻して部屋を出る。
カシュガルとラディスもそれに続き、会話を聞いていただけだったダガーラもシャイレンドラに付き従う形で出て行った。
ヴィアハスとグラーツは顔を見合わせ、笑みを浮かべながら頷くと、揃って彼女らの後に続いた。
アル「ラディスと歩くのが久し振りな感じする」
ラデ「一日かそこらで何を……」
アル「それでも、何か落ち着くなって」
ラデ「……お前の体が持ち去られた事は、すまなかった」
アル「え、いきなり何」
ラデ「デュラッツォを止められなかった」
ヴィ「ねえねえ、カシュ、アル取られてるよ?」
カシ「黙れ」
結局このまま話すこともできずに中庭へ辿り着く。




